第8話 怖い線の隣へ
『認定クラス、一回戦。第三アリーナ。九条レン選手、準備をお願いします』
アナウンスが、会場のざわめきの中に響いた。
レンはブラックミラージュを手に取り、第三アリーナへ向かった。
足音が、いつもより少しだけ重い。
公式戦。
認定クラス。
周囲にいるのは、公式ランクや過去実績を持った選手たち。
オープンクラスより静かな空気。
騒がしさは少ない。
その代わり、一人一人の視線が鋭かった。
ギアを確認する手。
ランチャーを握る指。
モニターを見る目。
誰もが、自分の勝ち方を持ってここに立っている。
レンはアリーナの前で足を止めた。
大型のレヴアリーナ。
外周レーン。
四つのアクセルスロープ。
バトルリング。
センターゾーン。
そして、全方向に広がるオーバーゾーン。
練習で何度も見た。
それでも、本番では違って見える。
透明な外壁の向こう側。
そこへ飛ばされれば、終わり。
レンは無意識にブラックミラージュを握る。
その時、向かい側から男が歩いてきた。
短く切った黒髪。
落ち着いた目。
派手な雰囲気はない。
だが、歩き方に迷いがなかった。
彼はアリーナの反対側に立ち、軽く頭を下げる。
「御堂カズマ。よろしく」
「九条レンです。よろしくお願いします」
レンも頭を下げた。
御堂カズマ。
認定クラスの中堅選手。
派手な実績はないが、地区大会では何度も上位に残っている名前だった。
レンはその程度の情報しか知らない。
だが、カズマのギアを見た瞬間、胸の奥が少しだけ重くなった。
ブレードは、アイアンホーン。
中量級のバランス寄りアタックブレード。
外周には、角のような突起が二か所ある。
その角は鋭すぎるわけではない。
しかし、浅く触れた相手を引っかけるには十分な形をしていた。
ドライブは、レールドライブ。
外周レーンを安定して走り、アクセルスロープへ入りやすい形状。
外周からスロープへ。
スロープから斜めに突進。
角で拾って、外へ弾く。
主張は分かりやすい。
でも、分かりやすいからといって弱いわけではない。
むしろ、分かっていても怖い。
ブラックミラージュは、浅く触って相手の流れをずらすギア。
だが、アイアンホーンは、その浅い接触を角で拾ってくる。
レンが触れに行く。
アイアンホーンの角が拾う。
ブラックミラージュが外へ流れる。
全方向オーバー。
その線が、もう見えていた。
「九条レン」
カズマが静かに言った。
「名前は知ってる」
レンは顔を上げる。
「神童って呼ばれてた選手だろ」
その言葉に、指先がわずかに固くなった。
神童。
昔の自分。
勝てる線だけが見えていた頃の呼び名。
レンは小さく息を吐く。
「昔の話です」
「そうか」
カズマはそれ以上、深く踏み込まなかった。
ただ、アイアンホーンをランチャーにセットする。
「でも、今の認定クラスで通じるかは別だ」
「……はい」
「来るなら来い。迷ったら、拾う」
その言葉は、真っ直ぐレンに向けられていた。
煽りではない。
ただの事実。
アイアンホーンの主張。
迷えば、角に拾われる。
レンはブラックミラージュをランチャーにセットした。
見える。
勝てる線も。
負ける線も。
その両方が。
審判が手を上げる。
「ファーストバトル」
会場の音が少し遠くなる。
レンはアリーナを見る。
カズマはおそらく外周へ出る。
レールドライブで外周レーンを安定して走り、アクセルスロープへ入る。
スロープを下った直後、アイアンホーンの角でブラックミラージュを拾いに来る。
止めるなら、スロープ出口。
角が入りきる前。
横腹が空く瞬間。
そこへ触れれば、崩せる。
でも、半歩浅ければ角に拾われる。
深く入りすぎれば、ブラックミラージュの姿勢が崩れる。
レンには、どちらも見えた。
「スリー」
審判の声。
「ツー」
カズマの視線は外周レーンへ向いている。
「ワン」
レンは、アクセルスロープの出口を見た。
「リリース!」
二つのギアがアリーナへ落ちた。
アイアンホーンは外周レーンへ走る。
ブラックミラージュは内側へ入る。
カズマのギアは迷わない。
レールドライブが外周を滑るように走り、最初のアクセルスロープへ向かう。
レンは内側で待った。
アイアンホーンがスロープへ入る。
下る。
角が見える。
速度が乗る。
スロープを抜けた直後、アイアンホーンの横腹が空いた。
そこだ。
ブラックミラージュを入れればいい。
見えている。
だが、そのすぐ隣に別の線も見える。
ブラックミラージュが角に拾われ、外へ飛ぶ線。
外壁を越えて、オーバーゾーンへ転がる線。
レンの指がわずかに固まった。
遅れた。
ブラックミラージュが触れる。
カンッ。
浅い。
アイアンホーンの角が、黒いギアを引っかける。
「拾った」
カズマが呟いた。
次の瞬間、ブラックミラージュが外へ弾かれた。
外壁が迫る。
レンは息を呑む。
黒いギアは透明な壁に当たり、跳ねた。
戻らない。
そのまま縁を越え、オーバーゾーンへ落ちた。
「オーバーフィニッシュ。御堂カズマ選手、二ポイント」
モニターが変わる。
九条レン、ゼロ。
御堂カズマ、二。
レンは場外のブラックミラージュを拾い上げた。
手の中が少し冷たい。
やっぱり。
見えた通りだった。
浅く触れれば、拾われる。
半歩遅れれば、飛ばされる。
分かっていた。
分かっていたのに、そこへ入れなかった。
カズマはアイアンホーンを拾いながら言った。
「今のは遅い」
レンは顔を上げる。
「来るなら、もっと深く来るべきだった」
「……はい」
「迷った分だけ、角に拾えた」
言い返せない。
その通りだった。
昔なら行けた。
勝てる線だけが見えていた頃なら、あの横腹へ迷わず入れた。
でも今は、リスクの線が見える。
見えるから、止まる。
止まるから、負ける。
レンはブラックミラージュの外周を見た。
小さな接触跡。
アイアンホーンの角に拾われた跡。
その時、会場の別方向から歓声が聞こえた。
オープンクラスのモニターが目に入る。
橘ヒナ、一回戦突破。
その文字は、もう更新済みだった。
ヒナは勝った。
迷って、選んで、火を残して勝った。
レンは小さく息を吐いた。
ヒナは進んだ。
自分は、まだ止まっている。
でも。
止まっているだけでは終われない。
「セカンドバトル」
審判の声。
スコアは、レンゼロ、カズマ二。
次にオーバーを取られれば終わる。
スピンを取られても三点。
かなり苦しい。
レンはランチャーを構えた。
カズマは、また外周へ出るだろう。
同じ主張を通してくる。
外周。
アクセルスロープ。
角で拾う。
それに対して、レンはどうする。
深く入るのは怖い。
でも、逃げれば勝てない。
ツカサの言葉がよぎる。
怖いなら、深く入るな。
だが、触れろ。
深く入らなくていい。
でも、触れる。
角に拾われる場所ではなく、その手前。
アイアンホーンが角を向ける前に、進入角度だけをずらす。
倒すのではない。
止めるのでもない。
相手の主張を、ほんの少し狂わせる。
「スリー」
レンは外周ではなく、スロープの入口を見る。
「ツー」
アイアンホーンが行きたがる場所。
「ワン」
そこへ入る前に、触る。
「リリース!」
二つのギアが落ちた。
アイアンホーンは外周へ。
ブラックミラージュは内側へ。
カズマは予想通り、一つ目のアクセルスロープへ向かう。
レンはスロープ出口では待たない。
そこまで待てば、角が生きる。
だから、その前。
アイアンホーンがスロープへ入る直前。
ブラックミラージュが内側から浅く触れた。
カンッ。
軽い接触。
アイアンホーンの進入角度がわずかにずれる。
それでもカズマは強引にスロープへ入った。
だが、角度が悪い。
下り坂で速度は乗る。
しかし、スロープを抜けた直後、アイアンホーンの角はレンのいる位置を向いていなかった。
空振り。
ブラックミラージュは深く入らない。
横をすり抜けるように、もう一度浅く触れる。
カンッ。
アイアンホーンが外へ膨らむ。
外壁までは行かない。
だが、姿勢が少し乱れた。
レンは追わない。
内側に残る。
アイアンホーンは外周へ戻り、二つ目のアクセルスロープを狙う。
だが、レールドライブは中央での粘りが強いわけではない。
角度を崩された分、外周復帰に回転を使っている。
終盤。
アイアンホーンの姿勢が先に乱れた。
ブラックミラージュは低く内側に残り、最後まで回り続ける。
「スピンフィニッシュ。九条レン選手、一ポイント」
モニターが更新される。
九条レン、一。
御堂カズマ、二。
レンは小さく息を吐いた。
勝った。
でも、派手な勝ちではない。
オーバーで取り返したわけでもない。
深く踏み込んだわけでもない。
それでも、触れた。
怖い線の手前で。
自分が通せる線を、一本選んだ。
カズマはアイアンホーンを拾い上げる。
「今のは嫌な触り方だった」
レンは少しだけ顔を上げた。
「嫌な?」
「角で拾わせない位置で触った。深くないのに、こっちの進入角度だけずらされた」
カズマは表情を変えない。
だが、その目はさっきより真剣になっていた。
「でも、次は同じ場所には行かない」
レンは頷く。
「はい」
四ポイント制。
一度通った形が、次も通るとは限らない。
ヒナもさっき、それを乗り越えた。
なら、自分も。
「サードバトル」
スコアは、レン一、カズマ二。
まだカズマがリード。
レンはランチャーを構えた。
カズマは、もう素直に一つ目のスロープへ入らないはずだ。
ディレイをかけるか。
外周で一拍置くか。
あるいは二つ目のアクセルスロープへずらすか。
レンにはいくつかの線が見える。
また増える。
勝てる線。
負ける線。
角に拾われる線。
触れずに外される線。
全部を追えば、遅れる。
レンは呼吸を整えた。
全部見ない。
カズマの主張を見る。
外周から角で拾う。
それが変わらないなら、見るべき場所はスロープそのものではない。
アイアンホーンの角が、どこを向くか。
「スリー」
カズマの視線は外周の奥へ向いている。
「ツー」
レンはランチャーの角度を少しだけ変える。
「ワン」
来るのは、二つ目。
「リリース!」
アイアンホーンは外周へ出た。
だが、一つ目のアクセルスロープには入らない。
予想通りだった。
レールドライブが外周レーンを安定して走る。
一つ目を通過し、二つ目へ向かう。
レンは内側で待つ。
二つ目のスロープ入口。
そこへ触れようとした。
だが。
カズマは、スロープへ入る直前にわずかに角度を変えた。
ディレイ。
アイアンホーンが一瞬だけ外周を伸ばし、レンの待つ位置を外す。
ブラックミラージュの接触が浅く空ぶる。
レンの目が開いた。
外された。
アイアンホーンが二つ目のアクセルスロープへ入る。
今度は角がこちらを向いている。
下る。
速い。
ブラックミラージュは触れようとする。
だが、姿勢が間に合わない。
カンッ!
アイアンホーンの角が、ブラックミラージュの外周を拾った。
ただし、今度はオーバーまでは行かない。
黒いギアは外壁に弾かれ、かろうじて戻る。
だが、回転は大きく削られた。
アイアンホーンも消耗している。
しかし、レールドライブは外周へ戻り、もう一度加速を作る。
レンは内側に戻そうとするが、姿勢が乱れている。
最後は、ブラックミラージュが先に止まった。
「スピンフィニッシュ。御堂カズマ選手、一ポイント」
モニターが変わる。
九条レン、一。
御堂カズマ、三。
レンはブラックミラージュを拾った。
追い込まれた。
あと一点取られれば、負け。
カズマはアイアンホーンを見ながら言う。
「二セット目の形、もう一度使うと思った」
「……はい」
「だから外した」
カズマは淡々としている。
強い。
派手ではない。
でも、対応してくる。
認定クラス。
一度通った程度では勝ちきれない。
レンはブラックミラージュを見つめる。
スコアは一対三。
ここから勝つには、オーバーを取って同点に近づくか、スピンでつないで次に賭けるか。
でも、逃げていては勝てない。
必要なのは、触れること。
ただし、同じ触り方では拾われる。
カズマの主張は、角で拾うこと。
なら、その角を空振りさせる。
アイアンホーンが角を向けた瞬間、そこにいない。
そして、背中側へ回る。
後追い。
レンの中で、細い線が見えた。
危ない。
少しでも遅れれば、また角に拾われる。
でも、見える。
アイアンホーンがスロープを下る。
角が前を向く。
その瞬間、ブラックミラージュは横にいない。
背中にいる。
勝てる線。
そのすぐ隣に、負ける線。
昔なら、勝てる線だけを見て飛び込んだ。
今は違う。
負ける線も見える。
それでも。
レンは小さく息を吐いた。
選ぶ。
「フォースバトル」
審判の声。
「スリー」
レンはアリーナ全体を見る。
「ツー」
カズマは外周へ出る。
「ワン」
角を向けた瞬間、背中へ。
「リリース!」
二つのギアが落ちた。
アイアンホーンは外周へ。
ブラックミラージュは、いつもより少し外側へ出た。
カズマがわずかに反応する。
レンが外周寄り。
その違和感。
アイアンホーンは一つ目のスロープを通過する。
二つ目か。
三つ目か。
レンは追いかけない。
外側にいるブラックミラージュが、カズマの進路を微妙に狭める。
アイアンホーンはそれを避けるように、三つ目のアクセルスロープへ向かった。
誘導。
レンは内側へ落ちる。
カズマが気づいた。
「誘ったのか」
だが、もう遅い。
アイアンホーンが三つ目のアクセルスロープへ入る。
下る。
角が前を向く。
レンはそこにいない。
ブラックミラージュは、スロープ出口の正面ではなく、わずかに後ろ。
進行方向の背中側。
アイアンホーンが下りきった瞬間、黒いギアが浅く触れた。
カンッ。
深くない。
だが、角は拾えない。
背中側からの接触。
アイアンホーンの姿勢が外へずれる。
カズマの目が鋭くなる。
アイアンホーンは外壁へ向かう。
レンは追いすぎない。
外壁で跳ね返って戻る瞬間を待つ。
アイアンホーンが外壁に触れ、内側へ戻ろうとした。
そこへ、ブラックミラージュがもう一度触れる。
カンッ!
戻る力が横へ逃げる。
アイアンホーンが縁へ滑る。
まだ落ちない。
レールドライブが外周を噛み、ギリギリで踏みとどまる。
レンは息を止めた。
ここで深く入れば、自分も外へ流れる。
でも、離れれば戻られる。
触れる。
深く入らず。
でも、逃げずに。
ブラックミラージュが最後に浅く触れた。
ドッ。
アイアンホーンが外壁を越える。
「オーバーフィニッシュ。九条レン選手、二ポイント」
モニターが更新される。
九条レン、三。
御堂カズマ、三。
同点。
会場の音が少しだけ大きくなる。
レンはブラックミラージュを拾い上げた。
心臓が速い。
今のは、危なかった。
でも、行けた。
勝てる線の隣にあるリスクを見ながら、それでも選んで触れた。
カズマはアイアンホーンを拾い、レンを見る。
「今のは、角が拾えなかった」
「背中側に触れました」
「分かってる」
カズマの口元が、ほんの少しだけ上がった。
「厄介だな」
レンは返事をしなかった。
ただ、ブラックミラージュをランチャーにセットする。
スコアは三対三。
次で決まる。
スピンでも、オーバーでも。
どちらかが一点を取れば終わる。
カズマは今度、簡単に外周へ出ないかもしれない。
角を拾わせる形も変えてくる。
レンがさっき使った後追いも警戒する。
なら、最後に通すべき主張は何か。
ブラックミラージュは、真正面から止めるギアではない。
でも、逃げるだけのギアでもない。
相手の流れに触れて、少しだけずらす。
その少しで、勝つ。
レンはアリーナを見る。
アイアンホーンは外周で強い。
アクセルスロープで角が生きる。
なら、その形を作らせない。
スロープへ入る前に触る。
外周を取らせない。
カズマの主張を、最初から通さない。
「ファイナルバトル」
審判の声。
空気が張り詰める。
「スリー」
カズマの目は、外周ではなくレンを見ている。
「ツー」
レンは息を吐く。
「ワン」
怖い線は、まだ見える。
でも。
「リリース!」
二つのギアが落ちた。
アイアンホーンは外周へ向かう。
だが、レンはそれを待たなかった。
ブラックミラージュが内側から半歩前へ出る。
スロープではない。
外周レーンに乗る前。
カズマのアイアンホーンが速度を作る前に、黒い影が浅く触れた。
カンッ。
アイアンホーンの外周進入がずれる。
カズマはすぐに立て直す。
だが、ブラックミラージュは離れない。
もう一度、浅く触れる。
カンッ。
角が働く前。
レールドライブが外周に安定する前。
少しずつ、ほんの少しずつ。
アイアンホーンの進みたい線をずらしていく。
カズマは外周へ出ようとする。
レンは正面から止めない。
ただ、スロープへ入る角度を消す。
アイアンホーンは一つ目のアクセルスロープを外された。
二つ目へ向かう。
レンは内側から先に触れる。
カンッ。
またずれる。
三つ目へ。
触れる。
四つ目へ。
触れる。
深くは入らない。
でも、逃げない。
アイアンホーンは一度も綺麗にアクセルスロープへ入れない。
外周レーンを走ろうとするたび、ブラックミラージュが進入角度を狂わせる。
レールドライブは、外周とスロープが使えれば強い。
だが、中央寄りで細かく触られ続けると、姿勢を保ちにくい。
終盤。
アイアンホーンの回転が目に見えて落ちた。
カズマは最後に強引に外周へ出ようとする。
だが、ブラックミラージュがその背中に触れた。
カンッ。
アイアンホーンの角が空を切る。
黒いギアは内側に残る。
二つのギアが低く回る。
先に傾いたのは、アイアンホーンだった。
レンは息を止める。
ブラックミラージュも傾く。
だが、まだ回る。
わずかに。
本当に、わずかに。
最後まで残ったのは、黒い影だった。
「スピンフィニッシュ。九条レン選手、一ポイント」
モニターが更新される。
九条レン、四。
御堂カズマ、三。
「勝者、九条レン選手!」
審判の声が響いた。
レンはしばらく動けなかった。
勝った。
認定クラス。
公式戦初戦。
勝った。
派手に飛ばしたわけではない。
圧倒したわけでもない。
むしろ、最初は飛ばされた。
迷った。
拾われた。
追い込まれた。
それでも、最後は触れた。
怖い線が見えていても。
その隣へ。
ブラックミラージュを、通せた。
カズマが近づいてきた。
「ありがとうございました」
レンは慌てて頭を下げる。
「ありがとうございました」
カズマはアイアンホーンをケースに戻しながら言った。
「神童って呼ばれた理由、少し分かった」
レンは言葉に詰まる。
カズマは続けた。
「でも、昔の話じゃないな」
「え?」
「今の最後の触り方だ。あれは嫌だった」
それだけ言って、カズマは背を向けた。
「次は拾う」
レンはその背中を見送った。
認められたのかどうかは、分からない。
でも、少なくとも。
今の自分で戦った結果だった。
アリーナを降りると、ヒナが待っていた。
いつの間に来ていたのか、ブレイズリリーのケースを抱えている。
「勝った?」
ヒナが聞く。
レンは小さく頷いた。
「勝った」
ヒナの顔がぱっと明るくなる。
「やった!」
まるで自分のことみたいに喜ぶ。
「私も勝った!」
「見たよ。モニターで」
「ほんと? 私、オーバー取ったんだよ!」
「うん。知ってる」
「レンは?」
「スピンで最後に勝った」
「地味!」
「……すみません」
「でもレンっぽい!」
ヒナは笑った。
レンも、少しだけ笑った。
二人とも、一回戦突破。
別々のトーナメント。
別々のアリーナ。
でも、同じ日に一歩進んだ。
その時、認定クラスの別アリーナで大きな歓声が上がった。
モニターに結果が表示される。
真堂ハヤト。
一回戦、オーバーフィニッシュ勝利。
レンの目が止まる。
その名前の横に、勝利の表示。
そして遠くのアリーナで、赤いギアケースを持つハヤトがこちらを見た。
一瞬だけ、視線が合う。
ハヤトは何も言わない。
ただ、静かに目を細めた。
レンはブラックミラージュのケースを握る。
一回戦は越えた。
けれど、本当に触れなければならない線は、まだ先にある。
ヒナが隣で言う。
「レン」
「うん」
「次も勝とう」
レンは頷いた。
「うん」
怖い線は、まだ消えない。
でも、消えなくていい。
見えていても、選べばいい。
そして、触れればいい。
レンはもう一度、遠くのハヤトを見た。
あの日、行けなかった線。
その場所へ、少しずつ近づいている気がした。




