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第98話 巫女

「自分が生きていけないからって、好きな人を殺すバカがいるか!!」


 感情的な忍の怒号。ラバーズの力で人を蹴ってしまうのはやりすぎな気がするが、しかし言ってることは流石にその通りだと思う。

 だが、この感情的になったときの少し低い忍の声が、誰かに似ているような気がした。


「こ、殺すなんてひどい言い方をしないで……」


 先生は蹴りつけられた腹部を押さえ、ふらつきながら壁伝えに起き上がる。


「星也さまは、神様になるのよ……」


 その、先生の虚ろな目が怖かった。


「逃げるでござるよ!」


 急くように忍は動けない僕を、お姫様抱っこした。その華奢な体格からは想像できないほど軽々と僕は持ち上げられてしまった。


「いいえ、逃さない!」


 まるで執念でも籠もっているような濁った声をあげると、先生は後ろに髪を留めていた、白色のキラキラしている髪飾りを外した。

 そしてその髪飾りを両手で持つと胸の前に持ってきて、目を閉じ、まるで祈るようなポーズをとった。

 そしてそっと口にする。

 



「先生は神様《せいやさま》の使い……あなたを崇拝する巫女《ミコ》……」




 その瞬間、髪飾りの中央にある真珠のような宝石が、神々しく雪白に光り輝いた。


 その光は瞬きをする間に強くなると、六畳間の狭い空間に敷き詰められ、目が眩む。


「しっかり捕まって!」


 視界が真っ白になる中、忍の声が聞こえた。

 捕まってと言われても、僕はまだ身体が痺れていて動けないのだが。


「ちょっ待っ……」


 僕が有無を言うよりも前に、身体がふわっっとしたかと思うと、僕をか抱えた忍は窓から飛び出してしまった。


 アパートの二階の窓から、地面にストッと着地する。その感覚に僕はタマヒュンする。

 僕らが飛び出した窓からは白い光が漏れ出ていた。がすぐにそれは止み、白銀の粒子が溢れでてくる。


 忍は直ぐに僕を抱えたままダッと走り出した。その速度は無論とっても速く、僕は高速 で揺さぶられる。先ほど居酒屋でいただいたお酒やピザたちが胃から戻ってきそうになる。


 アパートの方を見ると、未だ白く輝く人影が飛び出したのを確認した。

 それは地面にフワッと着地すると、こちらへ何かを持った片手を向けた。すると、煌びやかな光が空から僕らの元へ振り注いだ。


「やっばっ……」


 忍が不穏なことを呟いた瞬間。



 振り注ぐ光の粒子が破裂した。


 まるでガラスが割れるような甲高い轟音が鳴り響き、視界いっぱいに光の波紋が広がる。


 僕には何とも感じない。痛くも痒くもなく、ただまぶしい。しかし破裂を浴びた忍は「ぅ゙あ゛あ゛あ゛っっ!!」と痛そうな声を漏らし、破裂の勢いに身体が吹き飛ばされた。

 そして忍は、神社の境内に僕をかばうようにして倒れ込む。


「し、忍の人!!

「だ、大丈夫……でござる」


 忍は直ぐに僕を持ち上げると、神社の境内から即座に出ていこうとした。だが、鳥居をくぐろうとした途端。


 ガンッ! という何かにぶつかったような音とともに、忍の身体は虚空に跳ね返された。


「なにっ!?」

 

 忍はその鳥居の外側から再び出ようとするも、境内から外になぜか出ていかない。いや、出ていけないようだ。忍は僕を抱えたまま、社の隣にある駐車場の方や、神社を囲む生い茂った杉の木の方、社の上から外へ飛び越えようとするも、まるで見えない壁が神社を包むように存在しているようで、飛び込んだ身体は毎回何かにぶつかるような動作を見せて着地する。


「厄介な……」

「何が起こってるんです?」

「結界だよ……でござるよ」


 結界。そんなことをするのは。


「あの女教師、意外とヤバい能力を持ってるようでござる」


 ザザ……ザザ……と硬い地面を踏み込む柔らかい足音。鳥居の先には階段が続いている。その階段を、何かが登ってきているようだ。


「逃げられそうにない……」


 忍がつぶやく。

 誰がやって来たのかなんて想像できる。

 弥先生だ。


「ごめんなさい、ちょっと降ろすでござる」


 忍は僕を社の手前に建つ鳥居の柱にもたれかかるように座らせた。

 そして足音の近づく鳥居の方を向くと、懐からクナイを二本取り出し、それを両手で逆手に持って構えて、臨戦態勢をとる。


「逃さない……絶対に逃さないわ……先生だけの、神様……」


 執念のこもるじっとりと湿った声とともに、ラバーズへと変身した先生の姿が、階段を登って現れた。


 頭から徐々に視認した先生の姿。それは、まさに巫女そのもの、といった装いだった。

 頭にはティアラのような金色の天冠を被っていた。上半身はまるで汚れのない白衣、その上からは千早を羽織っていて、そして下半身側は緋色の袴を履いている。履物も草履で、片手にはリボンの垂れた神楽鈴を握っていて。

 上品な巫女装束に見を包んだ先生は、凛としていて、神聖さを感じて、美しい。それでも顔色は依然として悪そうで、とても不安定に見えた。


「とても、教師とは思えないぶっ飛んだ独占欲だ。絶対に、貴様に木野さまはわたさないでござる」

「邪魔しないで!! 星也さまを、先生に恵んで! 先生に、敬いさせて、崇めさせて」



 なんてことのない町外れの神社に、結界が張り巡らせられて。僕は鳥籠の中で動くこともできない芋虫のよう。

 ここで、僕という神様を敬う巫女と、僕を守護してくれる忍が対峙した。

 和装同士の対決が、超次元な争いが、また目の前で巻き起ころうとしている。

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