第95話 祭壇
「ど、どういうことですか……」
「紅茶に混ぜたの、睡眠薬。象も一瞬で眠ってしまう、なんて怪しい謳い文句の薬を」
睡眠薬を飲ませた? いったい何のために。それじゃあ、僕も薬を飲まされたから身体が動かないのか。眠らないから、睡眠薬ではなさそうだが。
「君に飲ませたのはしびれ薬だよ。君には、見てほしいものがあるから」
先生はいったい、何を言っているんだ。
薬を盛られた。かつての先生に、しびれ薬を飲まされてしまった。
こんな自体になってしまったら、もうお決まりの流れだ。 弥先生も、僕のことが好きなのだろう。
逃げないといけない。日和さんが眠らされてしまった以上、先生がラバーズだったら、僕にはないもできない。
先生はテーブルから立ち上がると、不敵な笑みを浮かべながらこちらへ寄って来る。目も虚ろのようで、なんだか底しれぬ恐怖を感じる。
僕はその場から立ち上がろうと、逃げ出そうとした。しかし足は思うように動いてくれず、僕は少しお尻を浮かべたところでバランスが崩れ、背後にあったふすまをバタンと押し倒すように倒れてしまった。
「あーあー、おとなしくしてて欲しいな。君にはケガをして欲しくないの。とりあえず、先生の話を聞いてもらいたいわ」
薬を持っておいてただの話で終わるわけがない。だから僕はここから逃げ出したい。なんとか、猫俣さんか戌子に助けを求めたい。僕だけじゃない。日和さんもここで眠ってしまっているのだ、一緒に助けてもらわないと。
僕は芋虫のようにもがいた。以前にも芋虫のように地面を這った記憶があるが、あのときと違い今は手足も動かせず、身体も言うことを聞かない。もはや芋虫以下、前に進むことすらできない。
それより、この部屋から逃げられるのか。
僕はこの寝室だろう部屋を確認する。
明かりは灯ってないが、襖が倒れたことでリビングの光が入り込み、室内の把握はできる。
右手側にはベッドがあり、その向こう側にはカーテンの閉まった窓がある。が、それ以外の部分、正面の壁を占めていたのは、謎の巨大な赤色の布におおわれた、何かだ。
なんだこれは。
「見つけちゃったね。これを君に見られてしまったら、先生は軽蔑されるかもしれないけれど。でも、君は言ったよね、好きなものの話を聞いてくれるって」
先生は床に這いつくばる僕をまたぎ、その正面にある何かのところへ近づいた。
「先生、夢中になれるものがあるの。嫌なことを忘れられるくらいの。ほかの娯楽には興味はないけれど、それにだけは、先生はのめりこめる」
そう言いながら、先生はその布をバッと取り払った。
そして布に隠されていたものがあらわになる。が、それは想像を絶していて、唖然とする。
祭壇だ。壁一面の広い祭壇がある。祭壇と言ってもそれは宗教的なものではなく、お葬式に使うような形ではない。おそらく押し祭壇と言うやつで、たくさんの飾りがあった。
だが、その飾りが、グッズが、とんでもなくて、開いた口が閉じない。
中央に目立つ大きな額縁に飾られたもの。それは、僕の顔写真だった。高校時代の、卒業式で先生と一緒に写真を撮ったときの写真だ。そこから、僕の顔をアップにして切り取って飾ってある。
そしてその回りには、僕の名前が刺繍されたなくしたと思った高校の体育着や筆箱など、身に覚えのあるものから、櫛からハンカチと身に覚えのないものまで、おそらく僕のなのだろうものがたくさん飾られていた。
何より僕の写真がたくさん立てられていることが気味悪い。カメラ目線、おそらく集合写真やイベント時に撮られた僕の姿から、うっすらぼやけたような、隠し撮りをしたのだろう写真たち。
「な、なんだこれ……」
とにかく僕が、祭壇にたくさんいる。僕の私物がたくさん飾られている。
怖い……
「ああ、ついに君に見られちゃった。先生の秘密、先生の生きがいを」
いたずらに笑い、怪しい表情を浮かべながら、先生は祭壇の前に立った。
「実はね、木野星也くん、いいえ、木野星也さま。あなたは、あのころから、先生の生きる希望、生きがいだったの」
僕が生きる希望。これもまた、誰かさんに聞かされた単語だ。
「い、生きる希望……」
「そう。先生が君の担任だったころ。あのときも、先生は精神的に追い詰められていたわ。みんなの進路を決める時期だったし、やることが多くて、本当に大変でね。そんな中、君は先生を助けてくれたよね」
僕が先生を助けた? そんな覚えはない……こともないけれど。




