第89話 可愛い後輩♂にあーんをされる
「うわっ、先輩水揚げされた魚みたいっす」
あまりの身震いに身体は跳ね上がり、自分でも脳裏に一本釣りされたマグロを想像した。
「せ、先輩……やりすぎちゃったかな……」
股間から顔を離し、百地はダラッとして仰向けになった僕を、体を縦向きに、頭をしっとりと太ももの上に乗せた。
「……先輩の穴、ぼくの棒に犯されちゃいましたね」
やけに艶っぽい表情で僕を、まるで愛おしそうに見下ろす。
「ふ、ふざけるな……」
男に気持ちよくされて、それもこんな可愛い後輩に気持ちよくされて、複雑な気分だ。
顔にあの感触が張り付いて離れない。自分にもついているそれに顔を当てられたのだというのに、不快感以上に耳かきによる最高の満足感に満ちていて、気持ちが悪くなった。
「でも先輩が悪いんすよ、太ももに興奮するから」
「だから、してないって」
「本当に?」
すると、百地は正座状態の膝をパカっと開いた。僕の頭はスッと床に落ちそうになるも、即座に百地の太ももが挟んで止める。
もちもちの百地の太ももが、僕の頭をサンドイッチにした。
「もういいっすよ。さ、先輩。休憩が終わったら、罰ゲームをかけた勝負の続きをしましょう」
「ま、まだやるのか?」
「当たり前っす、せっかく買ったんですから。今度は大乱闘で勝負っすよ」
こ、こいつ……
その後も百地に流されて、大乱闘にて三本先取のバトルをしたが。お互い二本を取ったいい試合の後、僕が最後の一本を取って、また罰ゲームは百地が受けることになる。
そこで百地が罰ゲームトランプの山札から引いたカードは。
「こ、これはまた恥ずかしいカードっすね」
「な、なんて書いてあったんだ」
この罰ゲーム、僕にも障害があるため、とても心配だが。
「恋人っぽくあーん、ですって」
「罰ゲーム可愛いいな」
さっきのハードな耳かきに比べたら楽なものだ。
そんなわけで百地が焼いたパイを用意して。
「じゃ、先輩の膝の上に座るっすね」
「ええ、なんで」
「お題は恋人っぽくあーんっすよ。あーんする以外にも、恋人っぽいことしないと」
しかし、僕の膝の上に座ってしまったら、僕の目の前へ後頭部を向けてしまうのだから、あーんをしづらくなってしまわないか。
なんて、罰ゲームに杞憂をするも。
「よっこらしょっ」と百地は、こちら側を向いて、正座する僕の膝にまたがるように座った。
目の前に、百地の照れた表情がある。
「お前、これは……」
「対面座位っすね」
「たっ……」
百地のしっとりとした白い息を肌で感じた。
「じゃ、先輩、口を空けてください。美味しいパイを口の中へ運ぶっすから」
「いや、お前、流石に近いって」
「ああ、口移しの方がいいっすか?」
「ちげーよ」
「あはは、そんなに恥ずかしがらないでくださいよ」
また嘲るような表情を浮かべ、百地はフォークに刺した一口大のパイを持ってくる。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
まだ日和さんともあーんをしていないのに。僕は百地相手に、ちょっと恥じらいながらも大きく口を開いた。
「僕に向けて、大きな口を開けてるの、なんかやばぁ」
小声で変なことをつぶやきながら、百地はパイを僕の口へと丁寧に入れた。
僕はフォークを唇で挟んで、パイを抜き取ってゆっくりと咀嚼する。
これは、リンゴのパイだ。噛めば噛むほどリンゴの甘みが染み出してきて、香ばしさも残る、美味しいパイだ。
「どうっすか、ぼくのパイは?」
「……最高に美味しい」
「良かったー! すっごく頑張って作ったんです。もっと食べてください」
「うん、その前に普通に座り直そう」
目の前で咀嚼しているところを見られるのは非常に恥ずかしい。
◇◇◇
一通り百地と遊び終え、大体四時頃にはバスに乗って帰宅した。
家に帰ってからは、夜のデートのために、シャワーで汗を流したり、髪をセットし直したりと身を整え直す。
「ねえ、お兄」
当たり前のように、リビングには脱いだシャツの臭いを嗅ぐ戌子がいた。
「なんだ?」
「ねえ、このシャツから濃厚な女の匂いがするんだけど。何をしてたの?」
どっと低い声で問いかける。
「お、女って。昨晩に言った通り、百地としか遊んでないぞ」
「ふーん、じゃあこの匂いはその人の? でも、なんだかフェロモンがムンムンで、いやらしくて嫌な臭いなんだよね。本当に男なの、その人」
なんて、百地の匂いに難癖をつける。
「男だって。流石に日和さんという彼女がいるのに、女性と二人きりで遊んだりしないよ」
しかしなぜか、戌子は訝しんで細い目を向けた。
「お兄、気をつけてよね」
「気をつけてって……」
「あのね、お兄のことを好きな人って、別に女だけとは限らないからね」
「えっ」
その言葉にドキッとした。
「別に男の人がお兄のことを好きになる可能性だってあるんだから」
「いや、でもあいつは……」
戌子は、百地が僕のことを恋愛的に好きかもしれないと危惧している。
言われてみれば、今日は百地もかなり距離が近かったけれど。
「このシャツ、まるでお兄にマーキングしてるみたいで気持ち悪いくらいに臭いが染み付いてる」
「あいつは、ただの後輩で、友達のつもりだ」
百地は別に、以前から距離は近い方だったし、僕に懐いているのだし、だからまあ、それが行き過ぎてしまっているだけ、だと思っているが。
それでも、僕を好きな人が異性だけに限らないことを自覚して、危機感を覚えた。




