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第8話 あなたの騎士

「私はあなたを倒す。そして木野くんに、私の想いをきちんと伝える!」

 

 騎士の姿へと変貌した栗村さんは、戦意を向けている。


「させない。木野くんはあーしが持ち帰るんだから!」


 猫俣さんが言い返した。


 その刹那――


 猫俣さんは一直線に、栗村さんへ向かって飛びかかった。

 爪を突き刺そうとしている。


 危ない! 

 と思うもまた一瞬。栗村さんは素早く、大きく、剣を横向きに振りかざした。


 ブオンッという剣を振った音の直後、ガキンッ!! と金物がぶつかるような音を立て、猫俣さんが真横に吹き飛んだ。


 爪で剣から身を守ったのか。


 猫俣さんが藤棚手前の地面に足をつけたその瞬間、栗村さんは素早く、剣を彼女に向けて突き刺す。

 すぐに猫俣さんは背後に飛び上がり、藤棚の下にあるテーブルに飛び乗った。息をつく間もなく栗村さんは踏み込み斬りかかるが、猫俣さんは真上にジャンプすると藤棚の天井にぶら下がって避ける。そのまま栗村さんを蹴りながら、遊具が設置されていない方へ飛び降りた。



 いきなり姿が変わったかと思いきや、二人は戦いだした。

 しかも、とても並の身体能力ではない。

 その素早さや跳躍力は異様だ。


 淡々と目の前で巻き起こっている戦闘。僕は、ただ起こっている戦いの様を見ていた。



 目にも止らぬような素早い足取りで栗村さんは剣で斬りかかり続ける。それを猫俣さんは爪で弾きながら、大きく飛んでは栗村さんを頭上から攻撃をしかける。


 僕は彼女たちに近づこうと、街灯のポールから動こうとした。しかし、足はなぜか地面にくっついたように引くことができない。腕も、胴体も緊張して硬直している。 


「な、なんで動けないんだ」

 

 この身体の緊張は、猫俣さんに睨まれたときから続いている。彼女に何かされたのか。



「あんた、陰から聞いてりゃ、木野くんの目の前で他の男とキスしてたんだって? とんだビッチじゃないの?」


 猫俣さんが片手の爪を突きつける。栗村さんは剣の側面で防いだ。


「ええ、私は木野くんを傷つけた。木野くんの想いを踏みにじった。木野くんには謝っても謝り切れないことをした!」


 猫俣さんがもう片方の爪を顔に向けて突き刺そうとする。それを栗村さんは大きく片足を上げて蹴った。


「それでも――」


 そのまま蹴り上げたかかとを猫俣さんに落とした。


 それに怯み猫俣さんは距離を取る。


 そこへ、栗村さんは強く握りしめた剣を、力強く振り下ろした。



 キーンと甲高い音を立て、猫俣さんは両手の爪で、踏ん張るようにして剣を受け止めた。



「それでも、私は木野くんのことが大好きなの!」



 栗村さんのその言葉が、僕をまたドキッとさせる。状況は分からなくても、それが嬉しくて、頬がニヤけてくる。


「だから、あなたみたいな下品な人に、木野くんは渡さない!」

「誰が下品よ!」


 剣と爪を合わせたまま、互いに胴体を思いきり蹴った。そして反発するかのようにバランスを崩して、二人は距離を取った。


「あんた、ギャルってだけで下品だなんて言ってない? ギャルはファッションだし、あーしは好きな人には一途なんだよ!」 


 目の前の戦いは、僕をとりあって起こっている。それは認識できた。


 とても、私のために争わないで、なんて言えない緊迫感だ。


「何? まさか、彼氏にふられたから、木野くんを手玉に取ろうとしてるの? そんでもって、昔から好きだったなんてほざいて? なんて腹黒い騎士様ね」

「私の気持ちは本当よ! 私はこの世界で一番、木野星也くんが好き!! よく木野くんを知らない野良猫に、汚されたくなんてない!」

「ああもう、うざい!!」 


 猫俣さんが声を荒げると、鋭く長い爪が金色に輝きだした。


「な、なんだ!?」


 僕は声に出して驚く。


 木々がざわめきだした。

 

 鳥肌が立つ。

 殺気に交わる、肌にピリピリと感じるエネルギーっぽいもの。

 

 光る爪からは輝きがしずくのように流れ落ちている。

 溢れんばかりの光。それは止まるところを知らず、光る範囲を広げて、猫俣さんの肘辺りまで輝かせた。


「あーしだって、木野くんに恋をしてる! 愛してる! これはその、木野くんへの想いを力へと変換したもの――」


 猫俣さんの毛が逆立ち、腕や足の筋肉が硬くなっていた。



 とてつもない攻撃を繰り出そうとしていることを察する。



 本能で直感する危険。今まで見た戦いとは違う規模の何か。



 栗村さんが危ない!


「逃げて、栗村さん!!」



 僕の声を聴くと、猫俣が悲しそうな顔をしてこちらを向く。



「なんで、あいつの味方をするの。また、裏切られるかもしれないのに!」


 目つきを鋭くする猫俣さんに僕は言い返す。


「そうだよ、あの時の裏切られた感覚はまだ忘れられないし、もしかすると、またあんなことをされる可能性だってあるかもしれない」 


 なんなら、ついさっき出会ったかと思ったら、お互い好き同士だった、なんて都合の良いすぎる展開に、怖いと思うところもある。

 目の前で起こっている出来事も合わせ、すべてを信じ切れていない。まだ夢を見ているのではないかとも思っている。

 けれど、今、僕の目の前で起こっている戦いは、僕を取り合って起こっているものだ。二人とも、僕のことを想って戦っているのだ。


 だから、夢でも現実でも、その気持ちには正面から答えなくてはいけない。


「でも、僕は栗村さんが好きなんだ。だから猫俣さんの気持ちには答えられない、ごめんなさい!!」



「わかった……だったら」

 

 殺意が伝わってくる。


「あいつをぶっ殺す。そして、あーししか見られないようにしてあげ――」



 ピカッ!!



 猫俣さんの言葉を遮るように、紫色の大きな閃光が視界を奪う。


「こ、今度はなんだ!?」

 


 これは、この色は、栗村さんの光だ!



「木野くん!」


 栗村さんの剣からは、目をまともに開けられないほどの強い光が放たれ続けている。


「私、うれしくて……」


 栗村さんはその剣を天に掲げると、光が一直線に空へと伸びた。

 巨大な光が、空へ高くそそり立つ。


「だから、私、絶対に勝つ! 木野くんの気持ちに答えて見せる!」


 そしてその光は収縮し、五メートル以上はあるだろう、巨大な剣の形へ形成されていく。


「ふざけるな!!」



 猫又さんは両手を交差させると、腰を深く構える。


 腕が大きくギラギラと輝いている。


 そして力強く、また一直線に。


 栗村さんの方へ飛びかかる――



「これはあーしの木野くんへの気持ち――愛念の爪!!」



 鋭く輝く爪を、風切り音を立てながら向ける。



「――私の気持ちも、負けない」



 それに対し、栗村さんは掲げた紫に輝く剣を、まぶしく光る大きな剣を振り下ろした。




「これが、私の木野くんへの想い!!」




 二人の力強い掛け声と、空気を切り裂く鋭い音。



 強烈な一撃が、正面からぶつかった。



 その瞬間に爆発のような光閃が発生する。紫と金の光が飛び散りまくる。反発した空気が突風のように押し寄せる。



「はあああああああ!!」

「うがああああああ!!」


 互いに剣と爪を押し合う。


 空気が熱い。

 気迫がすごい。

 酸素が薄くなる。

 光が大きくなる。



 このまま光に飲み込まれてしまいそうだ。



「あーしが、あんたなんかに、負けるかーー!!」



 猫俣さんの爪が、剣を少し押し返した。


 でも――



「あなたの愛に、私の愛は負けない――」


 

 剣の光が膨張し、猫俣さんを圧迫していく。


「な、何!?」



「この剣は私の彼への想い、誰にも負けない愛の力。これは――最愛の剣!!」


 

 そして猫俣さんは、止まるところを知らない剣の光に飲み込まれ……



「そ、そんな……あーしの想いが、負けるわけがっ――」 




 そして一帯が紫の光に包まれた――



◇◇◇ 



 視界が白い。

 爆音を浴び、耳がキーンとする。

 

 何も見えないし、ないも聞こえない。


 まさか……僕、死んでいないよな。


 

 徐々に辺りが暗くなっていく。

 遊具やベンチらの形が浮かびあがってきた。

 土の雨。パラパラと土が降る音も認識する。

 


 彼女たちはどうなった? 

 


 やっと、足が動いた。

 しかし、足取りは重く、つまづいてしまう。神経がピクピクとしている。猫俣さんの仕業による緊張、ではない。

 異常な出来事に身体が恐怖している。


 それでも、僕は必死になって、土煙が舞う彼女たちの元へと駆けだした。



「栗村さん! 猫俣さん!」



 土煙の向こうに、二人の姿が見えた。そこへ駆け寄るも――


「な、なんだこれ……」


 彼女たちが戦っていた地面には広いクレーターが出来上がっていた。

 そのえぐれた地面の中央に、仰向けになって猫俣さんが倒れていた。その腕や足は人間のものへ戻っている。耳もひげもない、ただの女性の顔になっている。

 目を閉じているから、気を失っているのだろうか。



 それを見下すように騎士の姿をした栗村さんがいる。



「栗村さ――」


 冷たい表情の彼女は、剣の先を猫俣さんに向けている。

 

 そして腕を引き――



 突き刺そうとしている!



「だ、だめ!!」


 僕はとっさに、飛び込むように彼女に抱き着いた。


「き、木野くん?」


 僕は抱き着きながら、剣のガードの部分を片手でつかむ。


 剣に触れる手のひらに、小さな電流を受けているような、ピリピリとした感覚があった。


「いや、だ、ダメだよ!」

「……ごめんね」


 栗村さんは片手で僕の両眼を覆った。


「私は、彼女を殺さないといけない」

「こ、殺す!?」

 

 まるで無情で。

 剣の持つ手が再び引かれ、つかんでいた手は離れた。


 本気で、猫俣さんを殺そうとしているのか。


「な、なんで殺さなくちゃいけないんだよ。ぼ、僕を取り合ったなら、君が勝ったじゃないか。それでいいじゃないか」

「……」


 僕の言葉に答えてくれない。止める気がない。


 僕は抱きついた彼女の身体を、地面に膝まつきながら引っ張る。しかし、びくともしない。


 だめだ。猫俣さんを殺してはダメだ。それは、一線を越えている。

 止めないといけない。これ以上をさせてはいけない。

 僕の好きな栗村さんが、栗村さんでなくなってしまう気がする。

 人の道を外れてしまう。



「そ、それ以上をやったら、僕は君が嫌いになる!」

「っ……」

「もう一生目も合わせたくない! ずっとの想いも冷める! この世界で一番君のことが嫌いになる!」

「……」


 何で何も言わないんだよ……


「僕はそうなるのは嫌だ! 僕は、君のことを嫌いになりたくない!」

「……」


「だって僕は、君の彼氏になりたいんだから!!」


 その時、僕の目を隠していた手が離れた。


「うれしいな……」


 栗村さんは剣を地面に突き刺すと、彼女もしゃがんで僕に思いきり抱きついた。


「うあ"あ""っ」

 

 とても栗村さんの体格からは想像のつかない力で、痛すぎるほどに締め付けられる。


「あ、ご、ごめん!」


 力強く抱きしめていることに気がつき、彼女は腕を緩めた。僕は脱力し、正面から彼女にもたれかかった。

 その時、胴体の鎧に鼻がぶつかってしまう。


「いっ!」

「大丈夫?」

「いや、僕は大丈夫だけど」


 僕は猫俣さんの方を見る。


「猫俣さんは……」

「あの人は、気絶してるだけ」


 息を吸い込み、さらされた腹部が膨らんでいる。生きていることが確認ができた。


 さっき、大きな光の剣で斬られていたような気もしたが。見たところ、どこにも出血はないようだ。綺麗な肌に軽い擦り傷が散見できるが、それ以上の外傷はないように見える。


 僕は立ちあがると、倒れる猫俣さんのもとへと近寄る。僕の後ろを、栗村さんがついてくる。


「猫俣さん、大丈夫ですか?」 


 猫俣さんに呼びかけると、うう……と声を漏らしながらゆっくりと目を覚ました。


「木野くん……」


 そしてこちらに向かって、手を伸ばすが。

 

 僕の身体は後ろから栗村さんに引き寄せられる。


「今日のところは見逃してあげる。だから、私たちの前から立ち去りなさい」


 栗村さんが冷たい声でそう警告すると、猫俣さんは怖い目を栗村さんに向けながら、ゆっくりと立ち上がった。

 そして悲しそうな表情で僕を見ると、走り去ってしまった。




 猫俣さんがいなくなると、栗村さんの身体は紫色に輝き出した。



「な、なにを!?」



 一瞬で光は消え、栗村さんの身体はもとの汚れてしまったワンピース姿に戻っていた。

 地面に突き刺さしていた剣も消えている。


「く、栗村さん、これはいったい……」


 さっきまでの出来事はいったい全体何だったのだろうか。猫のような姿になった猫俣さんが現れたかと思ったら、栗村さんも騎士のような姿に変身して、そして目の前でとても現実的ではない戦いを繰り広げて。


 何が何だか、わけがわからない。


「今のは何だったんだ」


 僕は栗村さんに問おうとした。

 

 けれど。


「木野くん!」 

 


 それは、とても浮ついた声で抱き着いてきた。


「どわっ」


 その勢いに押され、僕は近くに立っていた街灯のポールへ、またまた押し付けられてしまった。


「栗村さん?」


 ぐっと顔を寄せてくる。惚れ惚れとした、笑みの収まらない表情で目を合わせてくる。


「な、なにを?」

「なにって?」


 ぎゅっと抱き締められた。


 心臓がキュッとした。先ほどのような力強さを連想したからだ。

 だがむしろ女の人が精一杯抱き着いているような心地よい強さで。危機感がほどかれていく。


「そんなの、決まってるじゃない」


 そして彼女は息が吹きかかるくらいに顔をを寄せてくると……


 

 僕の唇と合わさった。



「ん!?」


 キスをされた。

 急すぎて混乱していると。

 閉じている唇に舌をねじ込んできた。


「!???」


 いきなりのことに拒否反応が起こり、僕は彼女の肩を押して離した。


「い、いきなりどうしたの!?」

「消毒だよ」

「え?」

「あの人とのキスを上書きする」


 そうだ。僕は先ほど、猫俣さんにキスをされた。

 けれど……


「い、いきなりすぎて」

「ごめんね。私、君の初めてが奪われたの、悔しくて」


 そう言うと僕の両手を取り、指を絡める。


「だからさ、私とキス、して……」


 囁くように言うと、強引にキスを再開した。



 ずっと好きだった人にキスをされる。それは素直にすごく嬉しくて。


 けれども、僕は彼女が怖い。


 ついさっきまで超人的な戦いをしていた彼女が、猫俣さんを殺そうとしていた彼女が、一瞬でスイッチを切り替えて僕を求めてくる。


 それが、とてつもなく怖いのだ。

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