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第7話 キャット

「く、栗村さん!!」


 いったい、何が起こったんだ。


 何かに突き飛ばされた栗村さんは、数メートル離れた地面に倒れた。


 僕はすぐに彼女の元に駆け寄ろうとした。


 しかし、僕の腕は何者かにぐっと強く引っ張られた。


「行かせない!!」


 まるで暴力のような強さで引っ張られ、電灯のポールに背中から押し付けられた。驚いた拍子に目をぐっとつむる。


「痛い……」


 だ、誰なんだ……


 恐る恐る、瞼を開く。



 そこにいたのは――



「……猫俣さん?」



 チカチカとする電灯の明かりに照らされながら、不穏な表情の猫俣さんが僕を押しつけていた。



 しかし、さっきまで僕の見ていた猫俣さんとは、様子が違う。というか、姿が違う。


 ……猫?


 ブロンドの頭から二つの、三角の耳が飛び出している。

 そしてこちらをじっと見つめる猫目の瞳。縦長の瞳孔と目が合う。

 両頬には横に数本伸びるひげが生えている。

 右耳にあったはずの黄色い宝石のピアスは消えていた。


 顔だけでも異様な点が多いが、身体の方を見降ろすと。


 服装はさきほどと変わらず、白のトップスに短いデニムを履いている。

 だが肘から手先にかけて、膝から足先にかけて、黄色っぽいモフモフとした毛が生えていた。

 さらに手足どちらの指先にも鋭い爪がとがっている。僕の腕をつかんでいる手からは、手の平の部分の柔らかい感覚と、爪先のツンとした硬さがあった。


 コスプレだろうか。猫と人間を合わせたようなこの見た目は、なんだかファンタジー作品に出てくるような獣人を思わせる。しかし、コスプレにしてはリアルで、ひげや両手両足の毛は、とても上からつけているようには見えず、本当に肌から生えているみたいだ。


 しかしなぜこんな姿を?

 僕から腕を離すと、スカートの下から伸びるしっぽが、僕の足に絡みついてきた。


「しっぽ、動いてる……」


 しっぽがどうやってか滑らかに動いている。いや、そんなことよりも。


「栗村さんは?」


 栗村さんの方を向くと、濡れた地面の上に倒れたままだ。


 大変だ――


「栗村さん!」


 呼びかけるも反応しない。


「そんな女じゃなくて、こっちを見て、木野くん」


 猫俣さんはフワフワな両手で僕の顔を挟んで正面に向ける。そして威圧するような低い声で話しかけてくる。


「なんで、ぽっと出の泥棒猫なんかについて行ったの?」


「ど、泥棒猫?」


 なんの話だ?

 というか猫はそちらの気がするが。


「なんでって……」


 途中で抜けたことに怒っているのだろうか。やはり、僕が抜けたから合コンの空気を壊してしまったのだろうか。


「ごめんなさい。さっきも伝えたけれど、ちょっと調子がすぐれなかったから、たまたま会った知り合いに……」


「だから! それならあーしが一緒に帰ったのにさあ……」


 悲しそうな声でいう。


「すぐに追いかけたかったけど他の人らが離してくれないし。てゆーか、知り合いって男だと思ったのに、女について行くなんてさ……いやそもそも!」


 ガンッ!!


「ひっ!?」


 頭上をかすめるようにポールを殴った。ポールの振動を背中で感じる。


「君が帰っちゃったら、合コンをする意味ないじゃんか!」


 ぼ、僕が帰ったら合コンをする意味がない? 

 何を言っているんだ。


「せっかく私から合コンを仕掛けたのに! 君が合コンに来るように仕込んだのに! 自然に仲良くなろうとしたのに!」

「え?」


 合コンを仕掛けた? 合コンに来るように仕込んだ? 

 本当に何を言っているんだ?


「ほ、他の人達は?」

「みんな帰ったよ」

「あ、秋田や丸山は? 僕はあの二人の中に気になった人がいるものだと思ってたけれど」

「あんな気も使えなければ下ネタを言うような男達、誰も相手にしないっての。てか、ヤリたい欲が目に見えてきしょいっつーの」


 彼らひどい言われようだ。

 猫俣さんは合コンのときと違い、ずっと声が威圧的で怖い。


「あんな奴らの前で猫かぶるのもだるかったし」


 そして顔をグッと寄せる。細い瞳孔がこちらをじっと見つめてくる。


「あーしはさあ……」


 そして耳元で囁く。 


「君のことを酔わせて、自然な流れでお持ち帰りして、トロトロに溶かして、あーしに依存させてやろうと思ってたの。そうして、あーしの物にしようとした」

 

 暖かい息と、耳に触れるヒゲが、くすぐったい。


「みみっちが合コンしたいって言うから、君の友達に君を誘うように仕組んだの」

 

 な、なんだって!?

 賢が強引に合コンへ行かせようとしたのは、猫俣さんに頼まれたからだったのか。


「なのに、抜け出したかと思えば、あんなぽっと出での女なんかといい感じになりやがってさあ!」


 耳元でいきなり声が大きくなり、僕はひるんでしまう。


 僕を持ち帰ろうとしていた、なんて言ったが。


「な、なんだよそれって。まるで僕のことが好きみたいに……」



「うん。好きだよ、木野くん。あーしは君と番に……じゃなくて、恋人になりたい!」



「は、はあ!?」


 いきなり想いを告げられてしまった。


「あーし、告っちゃった。あーしから告るのが恥ずかしいから、そっちから告ってくれるように、計画立てたのに。ホント、合コンした意味ないじゃん」


 なんでブツブツ言いながら、猫俣さんは獣の手で顔を隠して恥ずかしがる。


 僕、今、告白をされてしまったのか。

 それは……素直にうれしい。

 嬉しいけれど……


 猫俣さんは顔を赤らめて、その場でもだえるように足踏みをした。その時、僕の足に絡めていた尻尾が解けた。


 今だ!!


 僕はすぐさま倒れたままの栗村さんのところへ向かおうと走り出す。


 しかし――


「ダメ!!」


 背後から肩を、脱臼してしまうのではないかというほど力強く引っ張られ、僕は後ろにバランスを崩した。

 そして猫俣さんに、後ろから抱きつかれてしまう。


「ギューッ」


 背中に押し付けられる二つの柔らかいクッション。プンプンに漂うどこか獣っぽく、しかし女性っぽい、嫌じゃない甘い香り。温かくモフモフとした腕は、僕を優しく包み込む。


 な、なんだか心地が良い……

 まるで高級な毛布のような肌触り。彼女の体温は冷たい空気から僕を温めてくれる。



 フーッ、フーッ……


 首筋に熱い息が当たる。なんだか猫俣さんの息が荒くなっている。


「ね、猫俣さん?」


 猫俣さんの片手は、僕のお腹辺りをさすった。


「木野くんって華奢だね」


 猫俣さんは徐々に体温が高くなっているようで、じわっと熱くなってきた。


「や、やめて」


 僕は抜け出そうとするも、抱きしめる力が強く、彼女の腕はびくともしない。このままじゃ、この人に溶かされてしまいそうだ。


「駄目だって言ったじゃん。君はもうあーしのものなの」


「ぼ、僕は君のものになった覚えはない!」


 ぶっちゃけ、この状況はすごく良い。男として心に刺さる。猫俣さんのような魅力的な人に、こんなにも情熱的に想われるのは、まったくもって悪いところはなく、むしろこのまま付き合っても良いかもとさえ、一瞬だけ考えてしまう。


 けれども、僕は今さっき、意を決して栗村さんに想いを告げたのだ。その答えをまだ聞いていない。

 それに、その想い人が倒れているのに、放っておけるわけがないじゃないか。


「僕は、あの人に好きだって、付き合ってほしいって伝えたばかりだ。その気持ちは変わらない。だから、僕は君と付き合えない。ごめんなさい!」


「……あ、そう」


 ぐぐぐ……


 僕を抱きしめる力がとたんに強くなる。僕の腕が、背骨が、狂骨が、ミシミシと音を立てている。


「い、痛い!!」

「痛いよね? 君の非力じゃあ、抜け出せないから、このままだとあーしに骨を折られちゃうよ」


 必死にもがき続ける。足で彼女の足元を必死に蹴る。

 なんでこんなに力強いのだ。


 告白を断ったから、怒っている。しかしそれにしては、なんだか声が喜んでいる。


「抵抗しちゃって、無駄なのに可愛いい~」

「やめて……」

「やめてほしかったら、あたしの彼氏になるって言いなよ」

「い、いやだ……」


 力で無理やり、従えようとしている。

 でも。絶対に言わない。そんなの、猫俣さんの思うつぼだ。


「そう。じゃあ、こんなのはどう?」


 ハムッ!!


「うっ!?」


 首筋に噛みつかれた。

 牙が刺さっている感覚がする。

 痛い。痛いのだけれど、彼女は首筋を舐るように噛み続ける。そしてザラザラな舌で噛み痕を舐める。それを気持ちが良いと思ってしまった。


 そんなことよりも、骨が折れそうだ。

 身体じゅうが悲鳴を上げている。背骨が、腕が、ボキボキと音を立てている。


 温かい身体に暴力的に抱きつかれながら、しかし首筋から変な快感が走る。

 頭がフワフワしてしまい、このまま、彼女の中でつぶれてしまいそうだ。


 そんな……


 やっと、栗村さんへ思いが告げられたのに。ここで果ててしまうのか――


「は、離して!」


 とにかく僕は必死にもがいた。


「離さない。彼氏になるって言うまで離さない!」

「いやだ!」 


 必死に口で嫌がった。


「往生際が悪い!」


 その時だ。



「やめなさい!」

「……!?」



 猫俣さんの抱きしめる力が、少し緩んだ。


「く、栗村さん……」



 いつの間にか、栗村さんが立ち上がっていた。


 ワンピースには泥が付着しており、そしてお腹を痛そうに押さえている。


「意外とタフなのかな。けっこう強く殴ったんだよ。無理しないで、そのままのびててよ」

「そんなわけにはいかない!」


 栗村さんは声を大きくして強く言う。


「その人は私の大事な人なの。だから、その手を離して!!」

「た、大切な人……」


 その言葉に惚れ惚れとした僕を、猫俣さんがまた強く抱きしめる。


「うあっ!!」

「なによ、いい感じになって……」


 猫俣さんの嫉妬に締め付けられる。


「そんなに離してほしいのなら、無理やりにでも奪ってみなよ。ま、あーしはあんたの何百倍も強いから無理だろうけれどね!」



 まるで煽るように言うと、「木野くん、ちょっとこっち向いて」と背後からささやかれる。

 猫俣さんは腕の力をぐっと緩めた。僕の身体には力が入らず、そのままフラッと倒れそうになるも、猫俣さんは僕の胴体を軽々と、ぐるっと後ろ向きに回した。


 そして――



 唇に柔らかいものが触れた。


 猫俣さんの顔が目の前にある。




 僕は、初めてのキスを奪われてしまった。



「ふふ……あははははは!」 


 猫俣さんは顔を赤らめながら大きく笑う。


「やった、唇奪っちゃった! 多分、初チューだったよね。初めてもらっちゃった!」


 気持ちよかった。


 唇が触れ合っただけなのに、幸福感が口から伝い身体に流れていき、頭がボーッとしてしまう。


 ……いや、初めての快感に呆けてはいけない。

 

 く、栗村さんは!?




 栗村さんはまるで絶望したような表情をしている。この世の終わりでも見たように、顔を暗くして。



「……そうか、こんな気持ちだったんだ」


 そしてうつむき、ううっ……と声を漏らした。


「ごめんね……私がモタモタしてたから」


 すると、彼女は自身の首にかけてたペンダントを引っ張って千切った。


「待ってて。今、君を取り返す」


 そして宝石の部分を右手でぐっと強く握った。


「ま、まさか、あんた……」


 それに対して、猫俣さんは顔色を変えた。


 なんだ? 日和さんは何をする気なのだ。


「この宝石が、あなたのように力を授けるのなら。私は――」




 すると、宝石を包む拳から、紫色の光が漏れだした。


「こ、この光は、いったい……」


 目のくらむような温かい光は、辺りを紫色に染める。


「私は、木野くんを守る騎士(ナイト)になる!」



 光の漏れ出る拳から、粒状の光の塊が、長く棒状に伸びて出た。そしてそれは質感を帯び、一瞬のうちに銀色の刃が形成される。



 つるぎだ。ファンタジー作品に出てくるような剣である。片手に握るには少し大きな、両刀の剣。



 剣を持つ手はまだ光る。紫色の発光は即座に強くなり、栗村さんの体を包みこんだ。


 閃光が視界を覆った。

 

 光は一瞬で消えた。

 

 すると、日和さんは装いを変えていた。



 鎧だ。鎧を着ている。



 ワンピースの上から胴体を鎧が包んでいる。手甲やブーツ状の足鎧もつけており、まさに異世界を舞台にしたアニメに登場しそうな、女騎士のような姿をしている。


「栗村さん君はいったい……」

「ごめんね、木野くん。すぐに解放してあげるから!」


 栗村さんは腰を落とし、剣を両手で構えた。


「そう……木野くん、逃げないでね」

「え?」


 僕の身体は猫俣さんに軽々と、ひょいっと持ち上げられ、また街灯のポールに押し付けるように立たされた。


 そして、猫俣さんは僕を睨んだ。獣の険しい瞳が、僕を見つめてくる。

 その目を見ていると、身体中に緊張が走り、固まるように強張った。


 猫俣さんはすぐに栗村さんの方を向くと、両手を地面につけて腰を上げる。猫の威嚇のようなポーズを取り、腰辺りから出るしっぽがピンッと張る。


 その瞬間、両手の爪が長く伸びた。


 一瞬のうちに起きたおかしな状況。にらみ合う二人は、まるで臨戦態勢のように、殺気を放っていた。

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