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第9話 宝石の力

「き、木野くん、大丈夫?」


 お淑やかで、だけど色っぽくて、それでいて激しい、大人なキスを終えた。


 頭の中がボーッとしてしまう。

 腰が抜けて、立ち上がれない。


 今までに感じたことのない快楽と、好きな人とキスをしていることへの幸福感と、だけれど彼女に対する不信感というか怖さが混じり合い、僕の頭は真っ白になった。


「ごめんね、やりすぎちゃった」


 栗村さんは艶っぽい表情で心配をしてくれる。


 身体の力が抜けてしまった僕を抱きかかえて、「少し休もうか」とベンチに座らせてくれた。若干水滴が残っているが、今更濡れたところで、というところではある。お互い土で汚れているし。


 湿気のある冷たい空気は、熱った身体を冷ましてくれる。


 夜空を覆う雲はとうにどこかへ消えてしまい、三日月が僕らを照らしていた。


 公園の地面は広くえぐられており、まるで爆発でも起こったかのような有様。けれどこれは、今隣に腰を下ろした彼女が、栗村日和が起こしたことだ。


「栗村さん」

「どうしたの?」

「僕らって、今付き合ってるの?」

「当たり前でしょ。さっき、君の告白に答えたじゃない」


 そう、僕は告白をしたのだ。その後に起こった出来事に気を取られて、そんな大事なことを忘れかけていたが。

 栗村さんの濃厚なキス、その最中に答えてくれた告白の返事。

 高校生のころからずっと好きだった人と恋人になれた。それは素直に嬉しいのだけれど。


「じゃあ、彼氏として、聞いてもいい……のかな」

「……うん、さっきのことだよね」


 僕の片手をぎゅっと握る。彼女の手は温かい。でも、怖いと思ってしまい、体がビクつきそうになるのを我慢する。



「話すよ、全部。木野くんは絶対に知っておくべきだと思うから」



 栗村日和は変身した。鎧を着て、剣を振るう、まるで西洋の騎士のような姿に。そして、猫の手足をして耳や尻尾を生やした猫俣さんとやり合った。

 栗村さんは、剣を紫に光らせ、猫俣さんを倒した。

 そうして元の姿に戻った猫俣さんを、剣の先で突き刺そうとした。

 本気の目で、殺そうとしていた。

 

 まるで架空でしかない出来事が、目の前で起こったのだ。とても現実的ではなく、殺伐とした、尋常でない、異常な現実。ただ事ではない何か。



 栗村さんは深呼吸をすると、口を開く。


「実はね、私……」


 固唾をのむ。

 これか話されるだろう不思議な話に耳を傾ける。



「ある日、宝石を渡されたの」


「宝石?」


 そう言うと彼女は、片手にペンダントを乗せていた。


「それって、さっき変身したときに握ってたやつだよね」


 しずくの形をした、縦に直径二センチほどの大きさがある、紫色の宝石がチェーンにぶら下がっている。その宝石を覗き込むと、それは宇宙のようにギラギラと澄んでいて、吸い込まれそうになる。


 栗村さんはこの宝石を握って変身していた。宝石から放出された紫の光に包まれて、騎士の姿に変貌した。


「これを渡されたの。メシアっていう男の人に」

「メシア?」


 救世主?


「そう。若い男の人だった。白いスーツを着ていて、身長が高くて。中性的で、西洋風な顔立ちをした、絵に描いたような、イケメン」

「なんか、ホストにいそう」

「最初は私もそう思ったよ。ホストにキャッチされたのかと。でも、すごく変な話をされて」

「変な話?」

「そう。この宝石を握って、好きな人のことを強く願うと、心を具現化してくれるんだって」


 それは、なんというか胡散臭い話だけれど。でも、それってもしかして。


「心を具現化するって、それがさっきの騎士の姿のこと?」

「多分、それのことだと思う。最初はただのスピリチュアルだと思って、気にしなかったよ。でもさっき、猫の人を見た時、こういうことなんだって気がして」


 ということはつまり。


「猫俣さんも、その宝石で変身したってことか」

「うん。多分、あの人も私と同じだと思う」

「じゃあ、猫俣さんも宝石を、そのメシアっていう人にもらったのか?」

「そうだね」

「それって、何のために?」

「うーんとね、聞かされて入るんだけれど。でも、要素が多くて、ぶっ飛んでいて、訳が分からなかった」

「ぶっ飛んでる?」

「そう。一応、話の内容は覚えてるけれど。聞く?」

「うん、聞きたい」


 だって、僕は知らなくてはいけない。


「僕は君と付き合ったんだよ。だから、君のおかれている状況はちゃんと知りたい。訳が分からなくても、聞くだけ聞きたい。それに……」


 それに、君が殺意を持って剣を突き刺そうとした理由を、知りたい。訳があって、そうしたのか。じゃないと、僕は好きなはずの君のことが、怖いんだ。

  


「わかったわ。でもその前に、近くの自販機で飲み物を買わない?」



◇◇◇



 私が宝石をもらった理由。それは、この世界を救うためなんだって。


 この世界に「カオス」という滅びの存在が近づいているらしいの。それは世界と世界のはざまを移動していて、どこかの世界に訪れては、その世界を崩壊させてしまう。 

 だから、そのカオスがこの世界にやって来たとき、この世界のすべてが飲み込まれてしまうの。

 その対抗策として、この宝石の力を使う必要があるわ。


 この宝石は、複数の人に渡してるって言っていた。

 そして宝石の所有者は、「ラバーズ」って呼ぶの。


 この宝石を受け取った人はみんな、共通の一人に対して恋心を、愛を抱いている。

 人を愛する気持ちは、他の誰ともたがわない、ごく普通の感情。でも、私たち宝石を渡された人の魂に存在する愛は、想う気持ちは、この宇宙の何にも劣らない、強力なエネルギーへ変換されるみたい。



 そして、宝石を持った私たちは、命を懸けて戦わなくてはいけない。


 殺し合わなくてはいけない。


 戦って、命を落とすと、魂が肉体から離れて、エネルギーの塊となり、この世界を救うために使えるようになる。


 この世界をカオスから救うためにも、戦って、戦い抜いて、最後に残った一人が、他の人の魂をエネルギーに変換させて、カオスにぶつけなくてはいけないの。



 なぜ殺し合いをしなくてはいけないのか?



 好きな人を、愛する人をを巡って戦うから。そこから、嫉妬や憎しみ、そして強まる恋心により、エネルギーが増幅されるの。

 私たちの今持つ想いの力だけでは、全ての魂を合わせたところで、カオスを撃退することはできない。私たちの愛が、想いが、恋心が、たとえこの宇宙の何よりも強い力だとしても、それでもカオスには敵わない。だから、エネルギーを増幅させる必要があるんだって。


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