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第81話 連絡先を交換

 「今朝、ファンのみんなにこの服装を見せたとき、最初はすごく驚かれて、どうしたんだと心配されてしまったよ。でも、これもボクのしてみたいファッションなんだと、女性らしい服も着たいし、可愛いハンカチも使いたいんだと、きっぱりと話したさ。これまでさんざんボーイッシュで売ってきたんだから、見限られてしまってもいい覚悟でね」 


 先輩は胸ポケットから、ピンクのハンカチを取り出した。あのとき、僕が拾った可愛いハンカチだ。


「でも、みんなは認めてくれた。むしろ、ボクの本心を知ろうともしないで、一方的な理想を押し付けてしまって申し訳なかったと謝られてしまったよ。それから、すごく似合っていると褒めてもくれた」


 なんて嬉しそうに口にする。


「言いましたよね、みんな認めてくれるって」

「ああ、君の言った通りだった」


 先輩は再び、僕の隣に座った。


「これからも、別に今まで通りの服装も着るつもりだ。ボーイッシュは保つよ、それがボクのファッションでもあるし、かっこいいのも好きだからね。でも、今まで諦めていた可愛らしい服も、どんどん着てみたいって考えてるよ」

「例えば、どんな服を着てみたいですか?」


 先輩はワクワクしたように言う。


「ロリータ!」

「え?」

「あんなフリルとレースとリボンを多用した、ふわふわしたお人形さんみたいなファッションをしてみたい」


 そ、そうか……思いがけない方へ行ったな。


「ゴスロリもいいな。あと、地雷系も可愛いかも」

「い、いいと思いますよ」


 意外なファッションの希望を浮かべながらも、しかし楽しみそうに無邪気な笑顔を浮かべていて、可愛らしくて。この人ならゴスロリを着ても、案外悪くないかもと考えてしまう。


「まあ、服のことはいったん置いておいて。これも、ちゃんと言っておきたいことなのだけれど」


 いきなり、またかっこいい表情を浮かべて改まる。


「ど、どうしましたか?」

「ボクは、まだボクのことを認めてくれた君のことが好きだ」


 そして、まだ彼女の中に存在する僕への想いを伝えられてしまった。


「えっと、その……」

「わかっている、あんなことをしておいて、君にアプローチなんてできたものではない。もし、本気で君を手に入れようとしたら、再度嫌われてしまいそうな、腹黒いことをしてしまうかもしれない。だけど……友達として、連絡先だけでも交換してくれないかな」


 と、眉を緩めてお願いしてきた。


「連絡先、ですか……」


 あんな危険なことをしてくる人と、連絡先を交換してしまっても良いのだろうか。


「お願い。連絡先だけでいいんだ、それ以外を今は望まないから」

「でも……」

「交換出来たらしばらくは手を出さないって約束するから、ね?」 


 手を合わせて、腰を曲げて、鳩島先輩は懇願してくる。


「……まあ、連絡先だけだったらいいですけれど」


 先輩のお願いに押し負け、僕は連絡先をあっさりと交換してしまった。

 こういう甘いところがいけないのだと自覚していても、目の前で強くお願いされてしまったら申し訳なくて断れないのが、悔しい。

 

「ありがとう、木野くん。これで君とのつながりができた」

「いや、交換したのはいいんですけれど、一つ約束してい欲しいことがありまして」

「約束かい?」

「はい。大井先輩にも、謝罪をしてほしいんです」


 大井先輩はこの人の策略に巻き込まれて、傷ついてしまった被害者だ。


「ああ、それならボクも誠意を込めて謝罪をしようと考えていたさ。現にさっき猫俣ちゃんにも、血反吐を吐くくらい屈辱的な気持ちを堪えながら、頭を下げてきたからね」

「そ、そうなんですか?」

「ま、下手に出ているのをいいことに、あの嫌味ったらしく馬鹿にするようににやけた表情が、ボクの手で崩してやりたくて仕方がなかったが……」 


 まあ、あんなことがあった後だ、猫俣さんを嫌むのもわかる。しかし、それでもちゃんと謝罪したところが、この人の誠意を感じた。


「しかし、大井さんはどうやら今日は大学に来ていないようでね」

「そうなんです。あれから、学校にも来ていなければ、連絡も返してもらえなくて」

「そうか……それは本当に申し訳ないことをしたな」


 眉も視線も口角も下げて、大井先輩は反省の様子を見せていた。



◇◇◇



 今晩もコンビニのアルバイトをしていた。

 絶えず人が訪れる平日の夜七時台は、常にレジで精算を行い、時には背後のタバコを、時にはレジ横のホットスナックを取りに動き回り、まるでレジの内側でぐるぐると回転しているようで、次第に目が回り、混乱しそうになってしまう。それでも意識を強く保ち、ふんばって忙しい時間をすごしていった。


 そうして業務も終了し、家に帰っては冷蔵していたお米と、阿奈さんにいただいた煮物や買っておいた総菜を温めて、晩御飯にする。

 ごはん中、日和さんから連絡が届いた。


「明日の夜、どこへ食べに行こう?」


 そう言えば、食事をする約束をしていたが、しかしどこへ行くとは決めていなかった。


「行きたい所ある?」


 僕が聞くと、日和さんからは「恵比寿公園にいたときに話してた居酒屋に行ってみたい」と返答が来た。

 ああ、あのとき二人で行こうか考えていた、おしゃれでバーに近い雰囲気の居酒屋か。

 簡潔に「いいよ、予約しておく」と連絡を送ったが。

 こういうとき、ドキドキしてるとか楽しみだとか、僕の抑揚を示すような文言も送るべきなのだろうか。しかし、文章がわざとらしくなってしまうのが気になり、いつもこんな味気ないメッセージを送ってしまう。

 もう少し、文字でも気持ちをいい感じに伝えられるようになりたいな。


 さて明日の夜の予定も細かくきめ終わると、食器を片付けては、作業BGMに日常系のアニメを流しながら課題を済ませる。ある程度課題も片が付くと、シャワーを浴びて一日の汚れと一緒に疲労も落とした。

 寝る前の支度もとっとと終わらせると、さてここからはベッドの時間。適当な動画を流しながら、眠りにつくのを待つ、なんていつものルーティンをする予定だったのだが。

 自室に入ったとたん、ふとミルクのような匂いを感じた。


「……おい、いつの間にいんだよ」


 僕が今から倒れるように転がろうとしたベッドに、しっとりとした表情で横になって、戌子が待ち構えていたのだ。

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