第80話 図書室の王子様
そんなこんなで、金曜日のことだ。
今朝も通常通りバスで登校していたときのこと。こちらを物珍し気にじろじろ見てくる目も気にならなくなり、普段通り吊革につかまってバスに揺られながら、スマホで小説を読んでいると。
画面上部に、百地からのメッセージの通知が表示された。メッセージアプリをいて、内容を確認する。
『先輩、明日なんすけど、家ぼく以外留守なんで、遊びに来てください!』
と、百地から遊びのお誘いだ。
そういえば、先週遊ぼうなんて話をしていたな。明日は夜に日和さんと外食をする予定はあるが、明るい時間は空いているので、『いいぞ』と返答した。
あいつ、新しいゲームを買ったなんて言っていたが。いったいどんなゲームを買ったのか、楽しみにしておこう。僕の予想では、デジタルゲームではないと踏んでいる。おそらくボードゲームだろう。あいつ、そういうのも好きだし。
午前中は講義を一つ受けて、お昼の時間へ差し掛かる。
今日ももはやいつメンと化した、賢とかりんさんと三人で、食堂にてご飯を食べていた。
「星也くん、いつもうどんだね」
かりんさんはきまって僕の隣の席に腰をおろして話しかける。
「うん、食べやすいし、安いから」
お昼は、お腹は空くのだけれど、なんだか食べ物が喉を通りづらい体質で。けれどうどんなら、難なく食べることができる。
が、それ以上に金銭的な面で、僕はうどんを買うようにしている。もちろん、違うものを食べる日もある。
「猫俣さんこそ……」
「ん˝ん˝っ」
「ああ、かりんさんこそ……」
咳払いで呼び名の訂正を促された。まだ名前呼びは慣れない。いや、慣れないと言うよりは、僕に好意を持つ日和さんではない女性と、なれなれしく名前で呼び合うことに、抵抗があるのだ。
「いつもサンドイッチとサラダだよね」
「うん、特に理由があるわけではないけど、お昼はこれって決めてんの。もちろんあーしも、これ以外のものを食べる日はあるよ。飽きちゃうからね」
「俺は毎日違うもん食ってるぞ。普通に同じものばっか食ってると飽きるだろ」
と、賢はカレーライス(甘口)を口に運んだ。
そんな感じで、今日もだらだらと、普通なお昼の時間が過ぎていくものだと思っていた、が。
食事を終えて、僕は次の講義までの間を、図書室にて一人、ゆっくりと過ごしていた。
いつもだったら、大井先輩がいるから会話をしていたのだけれど。あの人がいないと、ここにいてもつまらない。何気なく、好きな本や見ているアニメの話をするのが、楽しかったのだから。
僕はいつも通り、照明が届き切っていないような、奥の方の窓辺に設置された席に座り、生徒会を舞台にした少し古いライトノベルを読んでいた。
そして五分ほど、ボーっと読書を続けていると。
「お隣、いいかな?」
なんて、誰かに話しかけられた。
大井先輩、ではない。
ほんの一言でもわかる、あの人とは比べ物にならないほど、声に生気が灯っている。そしてこのすっきりとしていて、湿気っぽくない、爽やかな良い匂いが(大井先輩の匂いも良い匂いだが)、すぐに誰か気づかせる。
「は、鳩島先輩……」
顔を開いていた本から、僕の右隣に立つその人の方へ向ける。
そこにいたのは、青色のドレープのシャツと、黒色のロングスカートで決めた、鳩島先輩がいた。
「えっと……一週間ぶりだね。その、謝らせてほしいんだ。それと、感謝も伝えたくて」
また、変なことをされないだろうか、なんて不安がよぎるが。しかし先輩の表情とか、声色とか、雰囲気から真面目な所が伝わって、とてもそういう気はないように見えた。
「ど、どうぞ」
なんて、僕はまた危機感もなく、また女性と二人きりの状況を作ってしまう。いや、図書室にはほかに人もいるのだから、二人きりではない、断じて。
先輩は慎ましい様子で椅子に腰を下ろすと、モジモジとしながら。
「そ、その、まずはごめんなさい……」
なんてすぐに、気まずそうに、椅子に座りながら身体をこちらに向けて深く頭を下げた。
「そ、そんな、僕はもう気にして……」
謙虚な僕の性格から、反射的に気にしてないと言いそうになってしまったが、しかしあの嫌がらせをの苦しみを、忘れられない。
「ボクは、君を陥れようと、ひどいことをしてしまった。本当に、ごめんなさい」
先輩はとにかく深く謝る。声も震えていて、後悔をしていることがわかる。
「と、とりあえず頭を上げて……」
「もう、こんな腹黒いボクに、君は振り向いてくれないだろう。けど、ちゃんとお礼をさせてほしいんだ」
すると、先輩はモジモジしたまま椅子から立ちあがり、椅子の背後側、通路になった空間で、いつものようなきざっぽい立ち姿を見せず、緊張したように立ちつくす。先輩の両手はにぎにぎと自信がなさそうにし、自分のスカートをつかんでいた。
「もしかして、スカートのことですか?」
そう、今日の先輩はスカートを履いている。今まで履くことが周りに許されなかっただろうスカートを、履いているのだ。
「……似合っていないだろうか?」
なんて、先輩は自身なさげに聞いてくるが。
「そんなことないです。めちゃくちゃ似合っていたます。すっごい素敵です!」
僕は先輩のファッションを素直に褒めた。
「ほ、本当かい?」
「本当です。先輩のスカート姿、かっこよさも残して、でも女性的な美しさがあって、見惚れてしまいそうです」
僕が褒めると、先輩は自信を取り戻したのか、スカートを握っていた手を離した。そして、胸を張り、腰に手を置いて、堂々と立って見せる。その姿が本当に凛々しくて、本気で見惚れてしまいそうだ。
「その、君のおかげで、決心がついたんだ。自分の気になる服を着てみる決心をね」
先輩の表情に、笑みが浮かんできた。




