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第78話 水族館デート

 すっごく怖い思いをした。しかし、今回のデートは、日和さんには心配をかけず、とことん楽しみたいため、忍に出くわした、というかいっぱいおさわりされたことはいったん黙っておこう。


 目的の駅に着くと、僕はホームを出て、地下鉄の入口手前で彼女を待った。だが、約束の時間になっても日和さんはやってこず、もしや僕は時間を間違えてしまっていないかと、もしや日和さんがなにかトラブルに巻き込まれていないかと、心配になる。

 大丈夫なのか、日和さんに確認の連絡を送ろうか。しかし、それはまるで彼女を急かしてしまうみたいで気になるし、彼氏としては余裕な態度で待機していたい。


「ごめーん、遅くなっちゃったー」


 なんて考えているも間もなく、日和さんが手を振りながらかけてくるのが見えて、ふわっと安心した。


「いやーごめんなさい、提出物がかさばっちゃって……」

 

 と、僕の手前までやってくると、両膝に手をついて息をととのえた。これは相当急いで来たと見える。


「大丈夫だよ、そんなに焦って来なくても、僕も今来たところだし……」

「そ、そんな常套句で気を使わなくていいの」


 日和さんは藤色のおしとやかなワンピースを着ていた。派手さはなく、落ち着いていて、まるでスミレのように美しい。首から掛ける紫の宝石のネックレスも合わさり、淑女、なんて品のある言葉が似合うほど綺麗だ。


「日和さん、可愛い」

「えへ、ありがとう……」


 そのときの、照れるように顔を隠すしぐさがキュートだった。



 まずは、二人でおしゃれな喫茶店でお昼を済ませた。

 日和さんはクリームパスタを、僕はポテトカレーなるものをいただいた。ポテトカレー、なんて名前からは、具材にじゃがいもが多めに入っているのか、またはカレーのルーに混ぜ込んでいるのか、なんて注文時には考えたのだが。いざ出てきたポテトカレーは、カレーに太めのフライドポテトが三本トッピングされたもので、想像と違い拍子抜けしてしまった。しかしカレー自体はこだわりを感じる味がして、ピリ辛だったがとっても美味しかった。


 お昼を済ませると、地下鉄に乗って海辺の水族館へと向かった。

 子供のころに、祖母に連れられて訪れたことのある水族館。実に十年以上ぶりにやってきた。日和さんもここへ来たのは中学以来とのことだという。ということで、二人で懐かしみながら館内を回る。


 入り口を入ってすぐ、少し薄暗く、しかしベルベットブルーの世界が広がっていた。この水族館はイルカやシャチのショーで名が知られていて、僕らも後ほどそれを観覧する予定だ。そんなショーをするイルカと同一なのかはわからないが、入り口を入ってすぐのところにシャチとイルカが展示されていた。

 プール越しに外の太陽の光が僕らのいる通路を照らしていて、陰になって映る水の揺れと、管内に流れる落ち着いたBGMが、なんとも心地よい。

 広いプールの水中で、優雅に泳ぐ海の王、シャチ。白と黒の哺乳類と言えば陸にはパンダなんて猛者がいるのだが、シャチの、この水中を我が物顔で思うがままに泳いでいる感じが愛らしい。


「かわいい……」


 日和さんがイルカの方を見て呟いた。

 人のことが好きなのか、お客さんたちに見られているから見つめ返しているのか、イルカはガラスに近い位置から、水中に身体をとどめるように、こちらにおなかを見せながら視線を向けていた。

 そんなイルカを、サファイアの世界で波影を身体に映しながら、うっとりした表情で眺めている日和さんに、僕は見惚れてしまう。


「日和さん、イルカ好きなの?」

「かもしれない。今まで気にしたことなかったけれど、なんだか愛おしくて。いつの日か飼ってみたいわ」

「うーん、イルカは飼えないんじゃないかな?」

「えー、お手とか三回周りとか覚えさせたかったなー」

「いや犬かよ」


 しかし、イルカもショーをするほどには芸を覚えるし、意外と似た感覚で一緒に過ごせ……ないな。相手は水中生物だもの。

 それから、神秘的な世界をお二人でゆっくりと見て回った。

 日本の海と名が付いたスペースはほの暗く、少し深い海中にいるように紺色だった。そこでは湾曲した巨大水槽でイワシのトルネードを見ることができて、日和さんと二人で「すごーい」なんて安直な感想を口にした。


 深海を意識したスペースでは、オオグソクムシやトラザメなど、とても地球の生物とは思えないような生き物を目撃する。その奇妙なビジュアルは日和さんも少し苦手そうな表情を浮かべていて、特にガラス面に寄ってたかるタカアシガニたちに対しては、苦手なのか眉を寄せて目を細めていた。

 日和さん、こんな変な顔もするんだ。


「タカアシガニ、苦手なの?」

「なんだか、私蜘蛛が苦手なのだけれど。この子たち蜘蛛感が強くて。他のカニは平気なのだけれど、タカアシガニは見ていてゾワゾワとしちゃうかな」


 日和さん、蜘蛛が駄目だったんだ。初めて知った。高校生の頃もよくしゃべっていたのに、知らなかったな。

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