第77話 逆痴漢される③
「ほ、本当に、やめてください……」
「やめないでござるよ〜」
忍びは意地悪な口調で、ついに股間を揉んできた。
「やっっ!?」
「おおっと」
反射的に声をあげそうになったが、とっさに忍は僕のシャツの首元から手を出して、僕の口をふさいで声を抑えた。
「危なかったでござる……」
「んんんん!」
悔しくも声をふさいでくれたおかげで、僕は周りにこの痴態がばれずに済んだ。
……いや、僕は今、痴漢されているんだよな。だったら、普通に声を出して助けを呼べばよかったじゃないか。この人痴漢です、助けてください、て。
「そうそう。もし、この場面をほかの人に気づかれてしまったら、拙者、自分が痴漢されてるって主張するでござるから。拙者と、ただの男のあなたと、周りはどちらを信じてくれますかね」
ああ、その通りだ。相手は女で僕は男だ。僕が痴漢をされてるのだと主張しても、女性側が否定すれば、こんなセンシティブな事案、誰でも女性側を信じてしまうかもしれない。僕だってその光景を目撃すればそう思ってしまうだろう。
「だから、あなたは拙者に、好きなように遊ばれるしかないんでござるよ~」
まるでいたずらをする子供のように嘲て、また首筋に鼻をくっつけると、思い切り息を吸い込んだ。
「はぁ~、あなたの匂い、まじ媚薬でごさる〜」
なんて温かい息を吹きかけて、恥ずかしいところを触られ続けて。次第に、悔しくも変な快感を覚えてしまう。
このままではいけないと、僕は股間をまさぐる手を掴んだ。
「嫌だって、言ってるだろ……」
「えー、拒絶してるの? でも君、ドアのガラスに映る自分の顔を確認してみてよ」
自分の顔を確認?
僕は正面のガラスに映った自分の顔へ目を向けた。
そして、頬を赤らめたような、変な表情を浮かべている自分を見てしまった。
な、なんで僕は顔を赤くしているんだ。
……もしかして、僕、興奮している?
「そんな……」
こんなシチュエーションで、いったい誰なのかわらない人に触られて、気持ちよくなっているのか?
「どうしたのでござるか? まるで自分の快感が信じられないと言いたげですね。でも仕方ないですよ。この一週間、あなたは散々快楽に見舞われてきたんです。色々な人に、快感を身体に教え込まれたんです。だから、身体が感じやすくなってしまった、のでござる」
まさか、そんな言うほど気持ちのいいことなんてした覚えはないぞ。
確かに、日和さんと大人なキスをして、鬼頭さんに汗の匂いで責められて、戌子に身体を舐られて、鳩島先輩に絆された。一応、阿奈さんにとっても気持ちのよい健全なマッサージを受けたが、でもそれくらいだ。猫俣さんにだってそれほど目立ったことはされなかったと思うし。
いや、忍の言うとおりだ。ほんの少しの間に、それだけの人に快楽を与えられたのだ。おかしくなって当然なのかもしれない。
『次は〜』
アナウンスが流れた。もうすぐ、次の駅に着く。
「あ、ヤバいでござるね。このまま駅に着いちゃったら、このドアが開いて、あなたのとろけたその顔、ホームの人たちに見られちゃうでござるねー」
と、忍は悪戯に笑っている。
そんなの、いやだ。
「も、もうやめて」
「えー、どうしようかなー」
なんて言っても悩む素振りを見せず、身体中をベタべタと触りまくり、そして腰を打ち付けてきた。この忍び、痴漢をやめる気はない。
電車の速度が弱まってきた。流れる景色の建物が、視認しやすくなる。そして次第に駅の塀が登場し、もうすぐにホームに着いてしまうとわかる。
焦ってくる。振りほどきたいのに、やめてほしいのに。なぜか気持ちが良くて、興奮してしまっていて。でも駅の人に僕の痴態が見られてしまう、そう思うと怖くて。
やだ、やだ、やだ……
おかしくなりそう。混雑した電車の中で顔も分からない相手に身体を弄られて、快感を覚えてしまって。でもこの表情、ドアが開いてしまったらこの情けない表情がホームに待つ人たちに見られてしまう、その緊張が身体を震わせる。
電車の速度がノロノロとしてきた。ホームの建物が見えてくる。
ああ、終わった。もう、終わった……
駅に着いたた瞬間に、電車に乗るため並ぶ大勢の人に、変なものを見る目を向けられてしまう。
その光景を受け止めたくなく、僕はぐっと目を閉じた。
……だが
電車がついに停車すると、プシュ―っとドアが開く。しかし開いたその音は、正面ではなく後ろ側から聞こえた。
あれ?
僕はそっとまぶたを開いた。
「ふふっ」
また、あざけるような笑う声。
目の前のドアは開いていない。
背中にささやかな風圧を感じた。開いたのは、反対側のドアだ。
「よ、よかった~」
なんて、身体の力が抜けて、その場にへこたれそうになる。それを忍が支えてくれたが。
「じゃあ、拙者はここで降りるので。デート、楽しんできてくださいっす。では」
と、忍の身体が僕からはがれた。
そうだ顔を確認しないといけない、と僕はすぐに振り向くも、僕の後ろにいるのはもう知らない男の人たちばかりだった。もう降りてしまったのだろうか。
はあ、怖かった……
再び身体から力が抜けそうになり、僕はくてっとドアにもたれた。
……しかしあの忍、僕がこれから日和さんとデートに行くことを知っていた。このことを知っているのは、僕と日和さんと、多分戌子が気が付いているくらい。他には誰にも話していないはずだ。だというのに、なぜ忍はこのことを知っていたのだろうか。それ以前に、あの忍は僕がラバーズにされてきたことを知っているような口ぶりだったし。
おそろしい。どうやってか仕入れる忍の情報網がおそろしい。




