第71話 ギャルの芋っぽい過去
「ありがとう、猫俣さん。君がいなかったら、僕は今ごろあの人に……」
「い、いいの、どういたしまして……」
目をガン開いて運転に集中するギャルは、そちらに意識を向けているので、僕の言葉に応えるのは難しそうだ。あまり、話しかけないでおこうか。
「い、言ったでしょ、あーしは君に助けられたって」
なんて気を使おうとしたところに、猫俣さんが話しかけてくる。
「だから、今度はあーしが君のことを助ける番なんだよ」
前にも言っていた、僕が猫俣さんを助けた話。あのときはそんなことをした記憶はなかったし、人助けに勤しんだ中二病な過去は封印し、思い出さないようにしていた。しかし先ほど、猫俣さんの話の中で、僕のなかにはピンとくるものがあって。
「……もしかして、猫俣さんって、中島さん?」
僕が聞くと、猫俣さんは十秒ほど黙った。それから息を漏らすように、「気づいちゃったかー」と笑った。
中島かりん。中学二年生のころ、隣のクラスにいた女子生徒だ。
彼女の印象は芋っぽく、眼鏡をかけて、髪も黒ければパサついていて、今の印象からは程遠い雰囲気だった。僕は彼女とのかかわりは全くなかったが。
僕はある日、彼女がいじめにあっている現場に遭遇した。
以前から眼鏡に落書きがあって、友達とのおふざけで描いたものなのかと見かけたときに想像していたのだが。
校舎の端にある女子トイレから嫌がるような声が聞こえて、良くないとわかっていながら覗いてみて確認すると。そこには中島かりんさんが、トイレ掃除用の手袋をはめた憎らしい表情を浮かべる三人の女子たちに囲まれていて。そして一人がその手袋を、彼女の顔に押し当てていた。口元を掴むように。
中島かりんさんは泣いていた。本気で嫌がっていた。だから抵抗しているのだが、彼女は非力で、ほかの女子たちに壁に押し付けられていて、されるがままだった。
「うぇ、気持ちわる〜」
「こんままじゃ、アンモニアの臭いしみついちまうかもな」
ギャハハッと女子らは笑うと、一人が言い出す。
「なあ、パンツ脱がせようぜ」
と、口にした直後にそいつは、中島さんのスカートの中に手を突っ込んだ。
嫌だ、やめてほしいと主張する中島さんだが、口はふさがれてしまっているため声は出せず、んーんーと強く空気を漏らす。
「えー何、嬉しいのー?」
それに対して、女子らは嘲て続けようとする。
どう見てもふざけあってるわけではないその状況。今思えば直ぐに先生を呼びにいけばよかったものの、僕は目先の正義感に囚われてしまい。嫌がらせを受ける中島さんも、こんな姿を、先生に見られたくないよなと思ってしまって。
「や、やめろ!」
と、僕はトイレに侵入して制止を呼びかけてしまった。
「は? 何お前」
「ここ女子トイレなんですけど」
女子たちは鋭い目突きでこちらを睨んできたが。
「か、かわいそうだろ。どうしてそんなひどいことができるんだ」
僕は心の中で怯むも、負けじと自分の意志を言葉にする。
「お前には関係ねーだろ」
「いや、見逃せない、こんなの」
中島さんから手を離した彼女たちは、ぞろぞろと僕に詰め寄ってくる。
流石に心臓が痛くなり、足も震えてその場から逃げ出したくなるも、しかし目の前で、トイレの床に座り込む中島さんを見て、そんなことはできないと踏ん張った。
「何、お前も虐められたいの?」
メンチを切るリーダー的な女子は、手袋をした手で僕の制服の胸ぐらを掴んできた。
「それは、いやだけど……」
「嫌ならどっかいけよ。てか先生にもチクんなよ」
「……行かないから」
僕は強気に、その手を掴む。そして強く引っ張って胸元から剥がした。
「あ? 何すんだよ!」
そこで怒りを完全に買ってしまい、女子たちは僕を囲むように詰め寄ってきた。
速攻後悔した。僕なんて威圧に弱い人間、何もできやしないのに。なんで、中島さんを助けようなんて考えたんだと。
怖い表情を浮かべる女子たちに、僕は萎縮して、パニックになって、硬直してしまった。
そんなところに。
「お前ら、何してんだよ」
と、厳つい声が響いて、僕らは動きを止めた。それは、生徒指導の田崎先生の声だった。
田崎先生は女子トイレに男がいるという、僕を目撃した生徒によって呼び出されたのだが、それが丁度、彼女たちの虐めの現場を抑えたのだった。
その後、中島さんを虐めていた彼女たちはこっぴどく、という言葉では足りないほどに叱られて。僕も、こういう事態が起こったら、今後は先に先生を呼びに来るようにと注意をされた。
僕と中島さんは一時的に保健室に連れてこられた。
意気消沈していた中島さん。僕は彼女に何を話しかけていいのかわからず、同じ空間にいた僕らは、黙ったままだった。
彼女はその後しばらく学校を休み、後日、田崎先生から転校したことを知らされたのだった。




