第70話 敗北の王子様
「先輩、その。いいですか?」
「……ごめん、無理だ」
今の先輩はメンタル的にも話すのはつらいだろう。しかし。今でこそちゃんと伝えなくてはいけないことがあるので、僕は続ける。
「先輩はあんなに自信家だったのに、なぜ女の子っぽいものを使うことに、そんな抵抗があったんですか」
「……そんなの、言っているだろう? ボクのイメージに可愛いはないんだ」
「確かに、僕が先輩に可愛いと言うのに対して、先輩のファンの人たちはそれはおかしいと一蹴してきましたけれど。でもあの人たちは、先輩が僕に近づくことに対して妬みはあったけれど、でも先輩のことを嫌いにはならなかったんですよ」
そう、あの人たちは先輩のことが好きだんだ。だから、どんな先輩でも認めるはずだ。
「いいじゃないですか、可愛いハンカチを使ったり、可愛い恰好をすることも。大体、普通の可愛い女の子って何なんですか。自認も身体も女性なんですよね、それなら、先輩はただの女の人ですよ」
先輩は、かっこよくなくてはいけないと、ボーイッシュでなければいけないと、ファンの子たちに嫌われてしまうなんて、自分の首を絞めている。本人もボーイッシュな装いを嫌だとは思っていなくても、しかしそれとは別にファッションとして可愛い格好だってしてもいいじゃないか。
「別に、なんでも着ちゃっていいんですよ。好きなものを身に着けていいんです。ファンのみんな、認めてくれるはずです。それで、もしそれでみんなが認めなくても、僕は先輩を認めますよ。だって、先輩は可愛い、普通の女の人なんですから」
僕は先輩を可愛いと思った。それにさっきも、女性の部分で僕は誘惑されたし、つまり女性としての先輩に僕は魅了されてしまったのだから、自信を持っていい。
「……ごめん、一人にしてくれないか」
先輩は上半身を起こすと、肩をヒクヒクと震わせながら、顔を隠したままうずくまってしまった。
「行こう、木野くん」
猫俣さんに手を引かれて催促されるが。
「ちょ、ちょっと待って」
いくら木々に囲まれて人目につかない場所だとしても、近くに替えの衣服を積んでいる車があるのだとしても、女性を裸の状態で外に放っておけないので、僕は先輩に借りた開襟シャツを脱いで、肩から掛けた。せっかく貸してくれたものをすぐに返してしまう形になるのは、申し訳ない。
「先輩、また学校で会いましょうね」
そして僕は先輩のワゴン車から自分の汚れたシャツを取り出し、それを着てから猫俣さんとこの場を後にした。
舗装されていない地面を進んで、アスファルトの道路との境目辺りに来ると、使用感のある白の原付バイクが止まっていた。
「もしかして、これで来たの?」
「うん、先輩に借りたの」
なんて椅子の上に二つ置かれたヘルメットの片方を手に取り、僕に手渡す。
これに乗って帰るということか。というか、猫俣さんバイクの運転できるんだ。
「それにしても、よく僕のいる場所を見つけだしたね」
「聞いたの。同じ学部の、あの人のファンの人に。鳩島先輩と寝たとき、ワゴン車に乗って、こんな秘境に来たって」
猫俣さんはそのガーリッシュな装いとは似合わない白色のヘルメットをかぶると、たくましくバイクにまたがって、ブロロロとエンジンをかけた。
「じゃ、後ろに乗って」
「う、うん」
これって、あれか。バイクの後ろにまたがって、猫俣さんにしがみつくっていうシチュエーションか。
彼女が居る手前、猫俣さんにしがみつくのも抵抗があるが。しかし、猫俣さんには助けてもらったし、ここから学校までも距離があるから、ここはわがままを言わずに素直に乗るべきだろう。
僕もセンスを感じない白いヘルメットを被ると、遠慮がちに猫俣さんの後にまたがった。
「ちゃんと、あーしにつかまってよね」
「は、はい、お願いします」
言われた通り、ちゃんと捕まらないと危ないので、僕は猫俣さんのお腹に両手を通した。だがくっつくのも抵抗があって、猫俣さんの背中から少し空間を開けてしまう。
「こら、ちゃんと捕まってって言ったでしょ。本当に危ないから、しっかりと背中にしがみついて」
だがちゃんと注意されてしまったし、猫俣さんの言う通りなので、僕はぎゅっと猫俣さんにくっついた。
そのとたん、「うひょー!」なんて喜びの声を上げるもので、身体を反らすように少し引いてしまう。
「じゃ、出すから気をつけてねー」
ブオンとエンジンをふかし、バイクはゆっくり進みだす。そうして、僕らは戦いの場を去った。
山道特有のウネウネとしたくだり道。猫俣さんは原付バイクの運転に慣れている様子はなく、ゆっくりと、細心の注意を払って下っていた。もしかするとバイクから降りて自分の足で走った方が速い気もするが、それは口にしてはいけない。せっかく猫俣さんが格好つけてバイクを運転しているのだから。
抱きしめる猫俣さんの身体は、出るところは出ていてもボディは細く感じて、僕みたいなヒョロヒョロの男でもあまり強く抱きしめてしまったら折れてしまいそうだと思った。
しかし、猫俣さんにしがみついていると、その綿あめのような甘い香水に混じった女の子の匂いを風に吹かれながら肌で感じて、ドキドキしてしまう。だがふわふわとなびいた金色の髪が顔に当たり、若干痒いのを我慢するのに必死だ。




