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第65話 猫の助け

「ちょっと怖いけれど、でも、君のだったら大丈夫だ。君はおとなしくボクに身を任せてくれ。何なら、ボクに犯される、なんて認識で言い。いや、ボクが君を犯そう。大丈夫、僕がすべてリードするから……」


 ああ、これで本当に僕は童貞を失ってしまう。日和さんを裏切ってしまうことになる……


 それは、駄目だ……駄目なんだ。好きな人に裏切られる気持ちを、一番よく知っているのは僕じゃないか。あの日の放課後に見た、あの光景を、あの絶望を忘れるな。

 流されてはいけない。こんな最低な誘惑に流されるな。


「犯す……あなたのしてることは……レイプ犯と同じですよ」

「……は?」


 先輩の火照っていた声色が重たくなる。


「僕は嫌だ、したくない。それなのに先輩はボクを犯そうとしてくるんだ。そんなの、同じじゃないのか」

「……同じだって?」


 表情が曇り、湿っぽい息がうっすらと吐かれた。


「ボクが、このボクが、あの汚らしい男たちと同じだっていうのか!」


 相当ショックだったのか、怒声を上げては床を殴った。

 逆上されてしまうか、と思いきや一瞬で静かになり、ふーふー……と深く息を吐いて、自分を落ちつかせる。


「そうか、ボクがあの男たちと同じなのか。そうか、そうか……」


 僕から少し離れて、自分の頭をゆっくり抱えた。そして軽く悶えるようにうずくまってしまう。


「せ、先輩……」


 鳩島先輩の見たことのない動揺に困惑した。

 言い過ぎてしまっただろうか。

 そりゃそうだ、自分のしていることが、自分のされた忌々しいことと同じだと言われたのだ。先輩を自分から離すためとはいえ、とても心無いことを言ってしまった。

 何か声をかけるべきなのだろうか。そう思い、僕は先輩に手を伸ばした。

  

 そのときだ。


 バカッと、扉のレバーを引いた音とともに。トランクが上向きにゆっくりと開かれて。

 少しずつ外の明かりが入り込むとともに、車内に充満していたフェロモンが風に流れて出て行った。


 誰かが外側からトランクを開けたのだ。

 いったい誰だ?


「やっと見つけた~」 


 リアガラスに透けたシルエットを見るに、そこにいる人が女性であるということがわかる。

 そしてその軽い口調、その甘くて柔らかい声が、そこにいる人が誰なのかすぐに気づかせた。

 あの人が、来てくれたのだ。


 トランクが開き切ると、その人は恰好つけるように片手を腰にあてて、ニヤニヤと笑んでいた。


「ね、猫俣さん……」


 そこにいたのは猫俣さん。僕を助けに来てくれたのは、猫俣さんだった。


「ふふ、助けに来たよ、木野くん」


 猫俣さんはこちらに救いの手を差し伸べる。僕はその手をつかもうと自分の手を伸ばしたが。


「待ちたまえ……」


 僕の肩を、その王子様は掴んで引き寄せた。


「何だい君は? ボクだけの男の子に何のようかな」


 そして険しい視線で敵視するように、鳩島先輩が僕の前に出る。その真っ白な肌は日に当てられ、光を反射しているようでまぶしかった。


「木野くんが先輩だけの男の子? バカいわないでくださいよ先ぱ〜い。木野くんは、あーしだけのものです」

「いや違うけど!」


 僕は日和さんだけのものだ。


「子猫ちゃん、いいところだったんだ、邪魔をしないでくれないかな」

「いいところですって? ならなおさら、あーしは邪魔しますけど」


 なんだか二人の合わさる視線がバチバチ火花を散らしだしたところで、僕はこっそり抜け出そうとトランクから足を下ろしたが。


「こら、君はここにいて」


 鳩島先輩は僕の手をつかみ、耳に息を吹けかけるように低い声でささやいて、僕を止めた。


「なんですかこのトランクルームは。先輩、こんなところで女の子を食べまくってたんですか? 車なんかで? ロマンがないですね〜、さぞ女の子たちをがっかりさせてきたんじゃないんすでか~」

「この部屋が気になるのかい? 結構快適だよ。なんなら今度、君の相手をしてあげようか。でも今日は彼に先約があるんだ。だから、今日はお引き取り願えるえるかな」

「先輩の相手ですって? 冗談じゃない。先輩みたいな尻軽王子様、不潔極まりないのでまっぴらごめんです。ていうか、そんな汚い手、木野くんから離してもらえませんか」


 煽るように、嘲笑うように、しかしどこか怒っているように、猫俣さんは言った。


「ていうか、あなたレズなのになんで木野くんにまで手出そうとしてるんですか? それだけ、女の子にモテようとボーイッシュ極めているのに、なんで男の子を誘惑してるんですか? 意味がわかりませんよ」

「君にボクの何がわかるんだい? ボクの気持ちなんて誰もわからないだろう。でも彼は、ボクの本心を見抜いた。可愛らしい女の子として見てくれたんだ。それが嬉しくて、彼に惚れてしまったのだよ」

「あ、そう……」

 

 なんて、聞いたくせに冷たく反応する猫俣さんが、ちょっとひどい。

 そして猫俣さんは釣り目を高くし、目元のしわを増やして怒りを表にした。

 

「先輩、あーし先輩のこと許せないんすよ」

「それは、彼に手を出しているからかい?」

「いいえ。今までにあんたがやってきたことが許せないんですよ」


 そして鋭い目つきで先輩に詰め寄ると、冷たく放った。


「先輩の取り巻きが木野くんに嫌がらせをするように仕向けたのって、先輩ですよね」


 猫俣さんのその言葉に、僕は固まってしまう。

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