第64話 トラウマを上書き
二分ほど、キスは続いた。
「ぷはっ」
先輩と僕の唇の間に、白い糸の橋が出来上がる。涼しかった先輩の息が熱くなり、変態的な匂いが広がった。
「はあ……これが、男の子の口の味」
満足そうに恍惚とし、僕の唇を人差し指でなぞる。
「やっぱり君の唾液も、女の子みたいに甘くない。でも不快感がない。舌が、頬の裏が、若干ざらついているように思った。それがすごく刺激的で、自分の舌でそれを感じたくなって、つい求めにいっちゃった」
なんて、長い舌を蛇のように伸ばして、僕の情欲を煽って来る。
「……これで、終わりにしましょう。これ以上は、いけないですよ」
キスをされてしまった。だから、これ以上は許せるわけがない。
僕はふにゃふにゃな手で先輩の両肩を押すも、力がこもっていなければ離すことができない。それを可愛いとあざ笑う。
「駄目だよ。君はここで、ボクを女の子にするんだよ」
先輩は少し僕から離れてくれた。するといきなり、片手で自身の胸を揉みだし、そしてもう片手で股間の辺りを抑えると、折り曲げた足をドンッと床にぶつけるように悶えだした。
「ああ、欲しい……君が欲しい。ボクの女としてのDNAがうずいている。君をボクの中に取り込みたいと血が騒いでいる」
苦しそうに、気持ちよさそうに、吐息を荒くして、その場で身体をくねらせた。
「男の子のかっこいいフェロモンが、ボクをおかしくさせる。女の子とするときにはボクは常にクールさを欠かないでリードするのに、君といるとおかしくなっちゃう」
その様子を見て、僕は考えがまとまらずに呆けてしまっていた。先輩はそんな僕の手をすくうとベタベタと触った。
「ごつごつした手。男の子のかっこいい手。この手で愛されたら、さぞ気持ちがいいんだろうなあ」
興奮した先輩は止まろうとしない。
先輩はその手を、自分の口の方へと運ぶ。舐めようとしている。
「ぼ、僕は、あなたを女の子にできません」
「なぜだい? そんな気負わなくても、ボクみたいなのとエッチができるんだ、悪くはないだろう?」
「だから、彼女が居るんですって。彼女を裏切れるわけがないでしょう」
「秘密にしたらいいじゃないか」
先輩が僕に向ける表情は、艶めかしくて、色っぽい。まさにメスの顔というやつだ。
そう、今の先輩はもうオンナだ。でも、先輩は本番をしない限りは終わるつもりがないだろう。僕という男とすることで、僕の女になろうとしているのだから。
「ボクだって、これまでにお付き合いしている人がいる女の子と、何度も寝たことがあるよ」
「さ、最低です」
「したいと言ったのは向こうだよ。ボクに非はない、というか知らなかったケースのがほとんどだ」
目先の欲望に眩む様。性欲に支配された猿じゃないか。
「先輩はどうしたいんですか? 僕と寝たところで、先輩は真の意味で女の子にならないでしょ」
「それはどういうことだい?」
「僕だけに認められるのではなくて、僕以外にも女の子として認めてもらわないと」
「いいんだ、これで。君の女になれたら、ボクは十分なんだ」
すくっていた手を離すと、その手は再び僕の腰へと回り、引き寄せられて、下着のみの裸体がぐっと身体にくっつく。
「ぼ、僕は先輩を女にできない。先輩はだって、すでに女なのだから。身体的にも、今の先輩が浮かべる表情も、女なんだ。だから、こんなことをする必要がないんです」
「そう言ってもらえるのはうれしい。でもボクはね、内側から君という男の子に染めてほしいんだ」
「もう、ただ僕としたいだけじゃないですか」
「そうだね、ボクは君と交わることしか今は考えていない。でも、それはおかしいことじゃないんだ。だって、ボクは君のことが好きだ、愛しているんだ。愛しているからこそ、エッチがしたくなるものじゃないのか?」
「でも、今までさんざんいろんな人としてきた人にそんなことを諭されて、納得できるわけがないでしょ」
「あはは、言い返せないな」
なんて言っても、先輩は手を止めない。せっかく着替えさせた僕のシャツを、物欲しそうに脱がしてくる。
「ねえ、君のソレで上書きしてくれないか。ボクを犯したあの男たちを、忘れさせてくれ。君ので、ボクを女の子に戻してくれ」
「や、やめて……」
せめて抵抗しようと身体をわずかにジタバタさせるが。
「可愛らしい抵抗だ。余計にそそるじゃないか」
さらに強くし抱きつかれる。すると先輩は喉の左側付近に唇をくっつけ、水っぽい音を立てながら吸引した。そしてぷはっと口を離すと、唇を潤わせてささやく。
「キスマ、つけちゃった」
いたずらに微笑み、頬をさする。
「君も昂ぶってるんだろう? もう、いいじゃないか。理屈じゃなくて、本能に任せて、ボクとしよう?」
そして、悪魔のような誘惑の言葉を呟く。
正直、僕の理性も限界に近い。密閉された車の中に充満し続ける先輩のフェロモンを吸い続け、シルクのようにさららさとした先輩の身体が押し付けられて。そして抜群のプロポーションから放つバストとヒップに魅了されて。僕の男としての本能が、刺激され続ける。




