第63話 発情
「大丈夫さ。ボクを好きになってもらうためにも、ボクのことを知ってもらう必要はあっただろう」
男の人に性的な暴力を受けた。それは男を嫌いになるには十分な理由で、とても可愛そうで、心が痛んで。
でも、だからこそ不思議だ。
なんで、そんな過去があったのに、男の僕を好きになったのだろう。
「そんなわけで、ボクは男が大嫌いになった。だからこじらせて、逆に女の子が好きになってしまった。そのためボクは、女の子に好かれそうな王子様になった」
女の人に好かれるために、ボーイッシュな王子様になった。容姿から、言葉使いから、女の人に対する対応まで。どれも女性受けを狙ったもので、女性にモテることを常に意識してきた、のだが。
「僕は……普通の成人男性です。女の人の身体を見て欲情しますし、普通に猿みたいになります。その、あなたのことを襲った男の人と同じ、汚い情緒を持ってるんです。それでも、先輩は僕のことを想えるのですか?」
「ああ、想える。君は特別さ、だからボクは君になら汚されてもいい」
「ぼ、僕にも、男特有のソレが、あなたを苦しめたモノが付いているんですよ」
「ほかの男だったら、たとえ相手がトップアイドルだとしても生理的に受け付けないさ。でも君だけはいいんだ。これは理屈じゃない、感情論だ。ボクは君を愛しているから、君としたい。ボクを汚したソレが有ろうとも、なんならそれでボクの過去を上書きしてほしいくらいさ」
どれだけ僕が否定的でも、先輩は僕という男のすべてを抱くつもりでいる。自身のトラウマを上回るくらいに、僕を思っているということが、心に刺さる。
「こ、後悔しますよ……」
「しないさ。何なら、今から試してみようか……」
なんて、先輩はまたひざ立ち状態になると、その刹那――
瞬きをした瞬間に、まるでそよ風のように先輩の匂いがフワッと近づき。
目の前にあるその宝塚俳優のような顔に驚く隙さえ与えられず。
鳩島先輩に、僕の唇を奪われてしまった。
チュッと、軽く、優しく、あっけらかんと、唇が触れ合った。
「ね、言っただろう? 君なら大丈夫だと」
そう艶やかな笑みを浮かべて、先輩はその張りのある胸を僕にくっつけてくる。
「ふふっ興奮する。胸が高鳴ってくる。ああ、君の硬い唇の感触、なんて気持ちがいいんだ」
僕にくっつきながら、腰を蠢かせ、とても鳩島先輩に有ったはずの凛々しさを感じないほど、発情したような様子へと変貌する。
「緊張しているのかい? 汗をかいているね」
少しずつ、耳元に近寄って来る熱い吐息。
すると、いつの間にか僕の額を滴っていた汗を、先輩は躊躇なく流れるように、長い舌で舐めとってきた。
「な、何をっ」
「君の汗、しょっぱいね。女の子と違って甘味はない。むしろ苦いかも。でも、それが美味しい。君のビターな汗が味わい深くて、とっても美味しい」
その表情は非常に官能的で、先輩の匂いの中に濃いフェロモンを感じた。
いつの間にか背中に手を回されていて、引き寄せるように、逃げられないようにぐっとくっつかれてしまっていた。先輩のフェロモンからは逃げられない。ゼロ距離で、先輩の濃艶な媚薬を浴びせられる。熱い体温を身体のくっついた部分で感じた。
「どうだい? 君のだったら、汗だって舐められるんだ。君のだったら、なんだってボクは摂取できる。わかっただろう? ボクは君に発情している。君のことが好きだから、発情しているのさ」
「そ、そんなのただの欲求不満からなる性欲じゃないんですか」
「君だからこの性欲が湧き出るんだ。キミが男の子だと言うのに、こんなにも欲情しているんだ。ああ、お腹の奥がジンジンするよ。女の子を相手にするときとは違う、別の部分がキュンキュンとしているんだ。身体が、君を求めている……」
「せ、先輩……」
様子がおかしい。あまりにピンクな雰囲気、頬を赤くして、顔を溶かしながら、恥じらいもなく求めてくる。
「ああっ、好き! 好きだ、木野くん!」
「ま、待っ……」
制止をする間もなく、鳩島先輩は僕の唇にむさぼりついた。
やりなれたキスが、僕を襲う。
口の中で彼女の舌が蠢く。無理やり口から脳へと流れ込む快感に、僕の思考は犯される。
「ん、んんんん!!」
「んふふ……」
日和さんとのキスでは感じたことのない、一方的に僕を気持ちよくさせるため、堕とすための口づけだ。
薄暗かった車内だったが、まるで昇天したように視界が白くなる。
背筋が、肩が、腕が小刻みに震える。痙攣してしまっている。
身体から力が抜けていき、鳩島先輩を押しのけたくても腕が動こうとしなくて、どうすることもできない。先輩は絶対に僕を離さないと、足を絡めてきた。
僕はただ、好きなように弄ばれてしまう。
ああ、本当に情けない。鬼頭さんのときから何も変わっていない。女の人にのこのことついて行った挙句、抵抗さえできないほど責められて、なんて僕は弱いのだ。




