第62話 王子様の過去
「どうだい、ボクという女の子の身体は」
「す、素敵です……」
悔しくも素直に答えると、先輩はそれは嬉しそうにほほ笑んだ。
「まさか、男の子にボクの身体を披露する日が来るとはね」
「な、なぜ僕の前で裸なんかに……」
「そんなの、アプローチのために決まっているだろ?」
「た、ただの色仕掛けじゃないですか」
そうだ、まるで手段を選んでいない。
「そうだね、色仕掛けだ。ボクは今、女の部分を使って君を堕とそうとしているのさ」
鳩島先輩は膝立ちの状態で、一歩、また一歩と近づいてくる。
僕は開かない戸に背中を押し付けることしかできず、何か打開策がないかと辺りを確認する。
床には寝ても硬くないようにだろうマットが敷かれていた。汚してもいいようにシートまでかぶせてある。トランクルームの左端には棚のようなものが設置されていた。確かカーゴシェルフと呼んだだろうか。そこにはエッチな道具がズラッと並んでいる。
完全なヤリ部屋だ。この人はこのワゴン車の中で、数多くの女の人を食べてきた。天井に濡れたようなシミが目に入り、生々しさも感じる。
「胸なんて、大きいと男に下卑た眼差を向けられるから、邪魔な脂身としか思っていなかったけれど。それでも、こうして君を魅了きるのならばあってよかったと思う。もうこの胸も、君の好きにしてしまっても良いんだよ」
「な、なんでそこまでして僕を求めるんですか。僕はあなたにとって、そこまでの存在なんですか」
「ああそうさ、君は大切な存在だ。だって、男が嫌いなボクが求めているのだから」
男は嫌い、でも僕だけは特別。そう思ってもらえるのはありがたいけれど、なぜ僕はこの人にとってそこまでの存在なのか。僕はただボーイッシュな風貌の女性にその好をしている事情も考えず可愛いと言っただけの男だ。場合によっては無神経で嫌われていたかもしれない。
「そもそも、なんであなたは男が嫌いなんですか」
そうだ、なぜこの人が男を嫌うのかを知りたい。苦手とする部分は、男なのだから僕にもあるのではないか。僕の汚い部分を見てもらえば、もしかすると先輩の僕に対するイメージも変わるかもしれない。
「ボクが、男を嫌いな理由か……」
僕の質問に、苦い顔を見せた。
「知りたいのかい?」
「ええ、知りたいです」
「どうしても、かい?」
「どうしても!」
よほど知られたくないのか、なかなか渋った様子で、反応を見るからに聞かれたくない質問なのだろう。けれど僕は無神経に問う。このまま強引に聞いてしまえば、それもまた僕へのイメージダウンにつながるのではないか。少し心苦しいが、しかし僕への印象を変えるためにも、この状況を打開するためにも、手段は選んでいられない。
「んー、そうか……」
先輩は若干うつむきながら、体育座りをした。なんだか緊張しているのか、委縮した様子だ。だが先輩はその状態から股を広げて、ショーツの細くなった部分をこちらに見せつけてきた。
僕は視線を床に向ける。あまりに際どかったもので気が高まりそうになった。
「そんな、しっかり目線を外さなくてもいいじゃないか。それだと逆に、ボクのが見たくないほど汚いものみたいじゃないか。ちゃんとボクのショーツは清潔だよ」
なんて茶化すが、直ぐに彼女の空気は重くなった。
「……わかった、話そう、ボクが男を嫌う理由。君が知りたいというのなら、君を想う身として、君にボクのことを知ってもらうためにも、話す必要があるだろう」
さっきまでの余裕に満ちた表情は一変し、笑みが消えて、情熱的に僕へ向けてきた視線もしたい向けてしまった。
そして先輩は沈んだ雰囲気で話し出した。
「ボクはね、中学三年生くらいのころに、レイプされたんだ」
「っ……」
れ、レイプ……
突然放った聞き捨てならない単語に僕は慄き、呆然としてしまった。
「知らない大人の男たちだった、三人はいただろう。あいつらは人通りのない夜道、塾から帰っているところだったボクを見つけるなり、いきなり囲んできたかと思ったら路地裏に連れ込んで、地面に押しつけてきて……」
先輩の声に徐々に力が入ってくる。
「声を出せないよう大きな手で口をふさいで、抵抗できないように両手両足を押さえつけて! 無理やり服を脱がせると、肥えた男はボクの身体を舐め回した! 細い男はボクの唇を奪った!」
そして先輩は身体を震わせながら、続けた。
「もう一人の少し老けた男は汚いそれを、ボクの中に入れたんだ……それは気持ちが悪かった。怖かった、苦しかった。だが一方的にそいつは満足すると、ほかの男たちも順番にボクを……」
「も、もういいです!」
あまりに悲惨なその過去に、僕はこれ以上聞きたくないと拒絶を起こしてしまう。
「ごめんなさい。無神経に、嫌な過去を思い出させてしまって、話させてしまって、ごめんなさい……」




