第61話 トランクルームで誘惑
「二年前にたまたま見つけたんだ。大学から近くて、絶対に人の目につかないこの場所を」
なんでこんなところを見つける必要があったのか。いや、そんなこと、考えなくても理解できる。
「ここならだれにも邪魔をされず、この車の中で女の子と寝ることができるんだよ」
だと思った。いわゆるカーなんとか、というやつだ。
ここで、僕の立場を理解した。僕がそういうことをするための場所に連れてこられた、ということはつまり、鳩島先輩はそのつもりだということだ。
どうしよう……マジでどうしよう。
この人に、身体を許すわけにはいかない。日和さんを裏切るわけにはいかない。
「大丈夫、そんな警戒した怖い顔をしないでくれ」
鳩島先輩は運転席から降りると、ワゴン車の後ろ側まで周り、トランクを開けた。
「な、なにを」
「なーに、ちょっと準備さ」
トランクがドンと音を立てて閉まると、背後からガサゴソと作業をする音がし、そしてゆさゆさと車が揺れる。
トランクに入って、何をしているのだ。準備とはななのだ。振り向いて確認したいが。
「今は、こちらを振り向かないでくれ」
なんて釘を刺される。
布がこすれる音、ガチャガチャと何かをあさる音。気になるも、なんだか怖くて、素直に僕は振り向かない。
だが、視界の中にチラチラと動くものを感じた。
バックミラーだ。バックミラーに彼女がトランクで作業をしている姿が映っていた。
何をしているのだ。
僕はじっと視線をミラーに向ける。
そしてそこで確認したのは、なぜか下着姿の鳩島先輩だった。
ベルベット色のブラジャーが際立つ、透明感のある先輩の肌。鏡越しでもわかる張りのある胸だ。
顔は中世的だというのに、その身体はあまりにも女性だった。
「……おや?」
鏡越しのヴィーナスに見とれていると、その反射する視線に先輩は気がついてしまったようだ。
「のぞき見なんていただけないなあ」
「す、すいませんっ」
「まあ、もう準備はできたからいいのだけれど」
「え?」
とたん、背後からガチャッとレバーを引く音。と共に、座席の背もたれがなぜか背後側へ倒れた。
「うわっ!?」
僕は頭からトランクルームへ滑り落ちる。
「ごめんね、ちょっと乱暴に扱ってしまって」
逆さにこちらを見つめていた、膝立ちの彼女は妖しく微笑む。視線のすぐ先には下半身、ブラジャーと同色のショーツがあり、僕は恥ずかしくなって視界を反らした。
「これは、どういう?」
状況がつかめず困惑するも、僕は体勢を整えるために、すぐその場で立ち上がった。だがいくら広いワゴン車のトランクルームでも、成人男性が直立できるほどの高さはなく、頭部が天井にぶつかってしまう。
「せわしないね、ちょっと落ち着きなよ」
鳩島先輩は能天気に、倒した座席の背もたれを今度は正面側に倒した。
「お、落ち着けるわけがないでしょ!」
僕はトランクの戸へ中腰で駆け寄った。だが内側からは開くことができず、僕は無意味に戸をぐっと押し続けた。
「まあまあ、そう焦らなくても、別にボクは君を悪いようにしようと思っていないんだ」
「な、ならなんで裸になっているんですか!」
まるで、準備万端といったような姿だ。
「……これはねえ、そう、君にボクを見てもらおうと思ってさ」
先輩は胸を張り、その下着姿の胴体を僕に自慢するように見せつける。
大きな乳房に、くびれた胴体。お尻も引き締まっており、モデルのようにスラっとしていて。肌も傷一つなく、まるで上品なシルクのよう。
そこにいるのは、顔が中世的なだけの、ただの女性。
「どうだい、僕の身体は。我ながらグラビアモデル顔負けの美貌をしていると自負できるが」
ああ、その通りだ。いや、週刊誌の表紙を飾るグラビアモデルなんて足元にも及ばないほど、彼女は美しい。
思わず見惚れて、目線が先輩から離れようとしない。
「あはは、君からそんな情熱的な視線を向けられるなんて、うれしいな」
なんて先輩は、自分のお腹をさすると、両手を掲げて脇を開いて……。そしてお尻を床にくっつけると、両足をパカッと恥ずかしげもなく開脚した。
とても官能的なポーズを見せつけられ、ふいに心臓が喉を駆け上り、口から飛び出しそうになった。
車の中には先輩のハーブのようなフェロモンが充満し、息を吸う度にまるでいけない薬でも吸っているかのような感覚に陥り、視界が眩んでしまう。
僕は、素直に興奮してしまっている。あれだけ苦手だったこの人が、女性みんなのあこがれである学校の王子様が、僕の目の前で、僕を籠絡しようと誘惑してきているのだ。その状況が、僕の理性を狂わせようとしている。
思わず、もっと近寄ってその姿を拝みたくなるが、僕はこぶしを握り締め、爪を手のひらに食い込ませて痛みを感じながら、自制心を働かせて、開かないトランクの戸に背中をくっつけた。




