第60話 ドライブ
前方でドアの開く音がして、目をやると鳩島先輩が運転席に乗り込んでいた。
「先輩、これはいったい!」
焦る僕をよそに、鳩島先輩は目にかかる前髪を分けながら話す。
「ねえ木野くん、午後の講義はあるのかな」
「あ、ありますけれど……」
先輩はにこやかな笑みを浮かべて、自分のシートベルトを締めた。
「良かったら、ボクとサボらないか?」
「サボりですか?」
「ああ、ドライブに付き合ってほしいんだ」
二人きりでドライブだと? それは、いろいろと危なくないか。
だが僕の否応を聞くよりも前に、先輩はエンジンをかけてしまった。
「すいません、次の講義はちょっと出ないとやばくて」
「このまま戻っても、君が気まずい結果になるんじゃないのかな。ボクの匂いがするシャツを着ているんだ。さっきあれだけ彼女たちと一悶着した後なのに、それじゃあ君とボクの関係、勘違いされちゃうんじゃないかな」
確かに、その懸念もある。ただでさえ注目を浴びているのに、この状態で戻ってしまったら、もう自分から肯定しているようなものじゃないか。彼シャツならぬ彼シャツだ。
「それに、まだボクは君に謝っていないんだ。だからちゃんと謝る場を作らせてもらえないだろうか」
「こ、ここでその話をするのはだめなのですか?」
「ああ、駄目だ。ちゃんと場を整えたいんだ」
場を整えるってなんだ?
「いったい、どこへ行くつもりなんですか」
「秘密の場所に、ね」
ミラー越しに不敵なハンサムすぎる笑顔を浮かべて、悪寒がした。嫌な予感しかしないので、僕は必死にガチャガチャとドアを開こうとするも開くわけがなく。窓から出ようにもボタンを押しても降りてはくれない。
「もう遅いよ、ちゃんとシートベルトをしてね」
と、鳩島先輩はレバーを引き、ゆっくりと車は進みだしてしまった。
あ、終わった……
◇◇◇
知らないKポップに似たJ ポップが流れていて、鳩島先輩は揚々と曲に合わせて鼻歌を歌っている。とにかくキャッチーでダンスの激しそうな曲だ、なんて浅い印象しか抱けない。聞いている曲からして住んでいる世界が違うことを理解できるが、しかし無理やり僕はこの人の世界に連れていかれる。
大学は山の麓に位置している。車は大学を出ると坂を登り始め、山を登りだした。山道特有のうねうねした路面に、後部座席で大きく僕は揺さぶられ、すぐに酔ってしまい気分が悪くなる。
「ど、どこに連れてくつもりなんです」
もう一度問う。だが、鳩島先輩は無言のまま鼻歌を続け、高揚感ただよう表情で運転していま。
もはや拉致をされているようなこの状況、普通に怖くて胸が凍える。
これはもしや、山に埋められるというやつだろうか。僕が先輩の気持ちに応えないから、生き埋めにでもされてしまうのでは。
いや、さすがにそんなことはされないとは信じたいけれど、じゃあだとすれば、僕はこれからどうされてしまうのか……
というかそもそもなぜ、僕はこの人の車に乗ってしまったのだろう。
シャツを貸してくれるというから着替えようとして。外で服を脱ぐのは気にするからと鳩島先輩が言うから、車に乗って着替えた。そしてこのザマ。
別にシャツがコーヒーで汚れたくらい、我慢できたじゃないか。ただでさえ悪目立ちしている分、余計に周りに注目されただろうし、ずっとコーヒーの匂いを発するのも不快だが、こんなことになってしまうよりましだった。
僕はもしかするとチョロいのかもしれない。いや、それにしてはあまりにも単純すぎる。もしや、催眠術でもかけられているのではないか。
いや、違う。まんざらでもなかったのだ。
鳩島先輩みたいな住む世界の違う王子様に好意を寄せられて。それが単純に嬉しくて、日和さんという人がいながらも、つい相手の流れにのってしまう。だから、猫俣さんや戌子に近寄られることも、僕は許してしまう。
自分の情けなさに後悔する。あまりにまぬけで、自分が嫌になる。
これから僕は何をされてしまうのだろうか。ガクガクブルブルと身体が震えをやめず、奥歯がガチガチと音を立てた。
そうだ、日和さんや戌子と約束したように、SOSのメッセージを入れよう。
そう想い僕は自身のポケットに入れていたはずのスマホを取り出そう、としたのだが。
あれ、入っていない。
「ああ、スマホならボクが預かってるよ」
すると鳩島先輩は僕の様子から察したのか、運転しながら僕のスマホを取り出して、こちらに渡した。
「なっ、いつの間に……」
僕はゆっくりとスマホを受け取った。
「連絡は、誰にもしないでもらえるかな。というか、しないでくれ」
しっかりと注意を受け、僕は素直に連絡を入れるのをやめておく。
今、僕の身の安全は彼女次第である。逆らって何をされるかわからない。だって鳩島先輩は、ラバーズなのかもしれないのだから、変に刺激しずに逃げるチャンスをうかがうべきだ。
「ついたよ」
まだキャンパスを出て数分ほどしか経っていないが、もう車は彼女の目的地に到着してしまったようだ。
うねうねした細い山道から、車は道路から反れた舗装されていない道に入った。そして少し進んで、車が止まった場所は、森の中の開けた空間だった。
周りは濃い木々に囲まれている。土の地面は若干ぬかるんでいるように見えた。
まさに、人目につかない場所である。
何をしても、何かされても、助けが絶対に来なさそうなところだ。
まさか、本当に僕は埋められてしまうのか……




