第59話 白馬(白のワゴン車)
「あの、どこへ向かっているんですか?」
僕は粛然とした様子の鳩島先輩に手を引かれて、どこかへ移動している。
「ああ、ボクの車さ」
「く、車ですか?」
「替えのシャツがあるからさ」
そうか、僕のシャツがコーヒーで汚れてしまったから。
「そんな、悪いですよ」
わざわざ申し訳がない、以上に女性から衣服を借りるなんてしてもいいのだろうか。
「君は気にしなくてもいい。ボクが気にしているんだ。ボクがそうしたいんだ、だってボクのせいで君はそんな目に合ってしまったのだから。それに、ボクの着る服の系統的に、君に似合わないことはないだろうし」
確かに、ボーイッシュな先輩の服だったら、男の僕でもあまり違和感なく着られそうな気がするが。
そうして連れてこられたのは駐車場。車を持たない自分はここへはなかなか来ない。一度くらいはどんなところかと確認しに訪れたことはあったが。
駐車場にはまあまあの台数、車が置かれていた。大学生がなかなか車なんて買うことはできないだろうし、家族のお古なのか、アルバイトでためたお金で購入したのか、まあまあお高そうな車も確認した。
「ボクの車はあれだよ」
鳩島先輩が指をさしたのは、かっこいいブルーの86。
「違うよ、それではない」
違った。指先をよく確認すると、それは86の一つとなりに泊まっていた、白のワゴン車だ。確かワンボックスカーというのか、ボンネット部分がなくて、後ろ側が広い造りである。
「ボクの白馬さ」
白馬というには大きくて、機能的で、白馬のイメージとはかけ離れている気がする。
「なんだか、以外です」
勝手ながら、もうちょっとスタイリッシュな車に乗っていそうなイメージがあったが。
「この車の方がボクには都合がよくってね」
先輩が近づくと、鍵は自動で開かれる。
先輩は後ろの助手席のドアをスライドして開く。
そして確認した座席の上には、コンパクトな衣装ケースが置かれていた。
「先輩は、服の替えを持ち運んでいるんですね」
「まあ、汚れてしまうことがあるからね」
いったい何をして汚してしまうのやら。
座席で服をあさる先輩の後ろから、車の中をなんとなく覗いてみる。
見たところ普通の座席で、装飾等もされていないが。
っ!?
向こう側の座席には、先輩が衣装ケースから取り出した大小ばらばらのブラジャーやショーツが散らばっていた。
他の人の分まで、用意周到なのだな。
「はい、これを着るといい」
鳩島先輩が取り出したのは、サラサラな素材の青っぽい開襟シャツだ。
「ど、どうも」
躊躇しながら受け取ってしまう。本当にこんなもの着てしまっていいのだろうか。
このシャツ、高価そうに見える。シワがなくて、生地には光沢があって、首元のタグには英語のブランド名が書かれている。高くても二千円ほどのシャツしか着たことのない僕にはそれだけでも抵抗があるが、それ以上に気になるのは、先輩の涼しい匂いがする点だ。
普通に先輩が着ていたシャツなのだろうか、付加価値がありそうで、こう触っているのも手汗が染みてしまいそうで恐ろしい。
「や、やっぱり着られないですよ」
「いいんだ、遠慮しないでくれ。ボクの罪滅ぼしなんだから、むしろ従って着替えてくれ」
まあ、このまま講義に戻っても注目を浴びて辛くなりそうで、お言葉に甘えて着替えることにする。
僕はさっそく汚れたシャツを脱ごうとするが。
「ちょっと待ってくれ」
と、先輩は僕を制止させた。
「こんな、公の場で堂々と着替えるの?」
「ええ、まあ。インナーを着てますし、ここ人の目はほとんどないないですし、なにより男ですし」
「いいや、男でも外で堂々と着替えるのはやめた方がいい」
「そ、そんな気になさらなくても」
「いいや、ボクが気にするんだ。だから車の中で着替えてもらえないかな。ボクのシャツを着るんだ、それぐらいたやすいだろう?」
と提案され、「まあそこまで言うなら」と、僕は後部座席に乗り込んだ。
先輩が扉を閉めてから、僕はサッと自分のシャツを脱ぎ、お借りした開襟シャツを羽織る。
鳩島先輩の、スッキリした匂いが、常に鼻腔に入りこんでくる。女性のシャツを着ているのもなんだか背徳的で、ドキドキしてしまう。
しかし、こんな貧乏くさい僕がかっこいいシャツを着ると、まるで着られてしまっている感覚になり、落ち着かない。
さて、さっさと着替えたので、僕は車内から出るために取っ手を引くのだが。
……あれ、開かない。
鍵はかかっていないはずなのに、ガチャガチャ取っ手を引いてもドアは開いてくれようとしない。
嫌な気がして、僕はもう片方の座席側からもドアを開けようとしたが、しかし同じく開いてくれない。
まさか、チャイルドロックがかかっているのか?




