第58話 王子様降臨
「向こうは女の子が好きでも、恋愛感情は絶対に持たないの。私が、私たちが恋仲になりたいと言っても答えてくれないの。ただベッドの上でかわいいとしか言ってくれない。私たちは詩恵瑠様の遊び相手というだけの存在」
「それでも、あたしらはよかったの。あの方の近くにいられるだけで……」
「なのに、近くにもいないあんたが詩恵瑠様に求められるのが、うらやましくて、殺意がわく!」
馬鹿正直に、彼女たちは妬みを口にする。
「それだけ妬ましいなら、僕じゃなくて鳩島先輩に言えよ。僕が学校から去っても、何も変わらないだろ!」
「うるさい!!」
木原さんはすごい剣幕で目を見開いて――
コーヒーの缶をおもいきり投げつけてきた。
カコンッ!!
「いっ!」
空の空き缶が頭部にぶつかる。
そこまで強い痛みはないのだが、しかしジンジンとその場所から不快感が広まる。
「私らは、お前さえいなくなればいいんだ!!」
そして木原さんは怒号をあげるとで胸ぐらをつかんできて、後ろの壁に強く押し付けてきた。
そして勢いに任せて。
パシンッ!
と、ビンタを受けてしまった。
鬼頭さんのに比べたら、ほとんど痛みのない、勢い任せなだけのビンタ。しかしこちらも不快感が強い。
「ちょ、木原さんやめなって」
「木原さん、それはまずいよ」
激高状態で暴力を働いた木原さんに、さすがにまずいと思ってかほかの人らが止めに入ってきたが、木原さんの勢いは止まらない。
「誰か、動画を撮って!」
そして木原さんはなぜか動画を回させると、怒りに任せた声質で言う。
「最終忠告、今すぐ学校をやめると言いなさい。じゃなければ、あの動画を流出させる。私たちだって、同じ女としてこんな下品なことをしたくないの。でもあんたがいうことを聞かないと、猫俣さんは男たちの欲求を解消するために使われてしまうことになってしまう」
決断を強いられている。
ここで、僕は向けられるスマホの前で、学校を辞めろと宣言しなくてはいけない。しかし、親にお金を出してもらって通っている大学だ、こんなことでやめてしまうなんて申し訳がない。しかし、ここで拒否してしまえば、猫俣さんが不幸な目に合ってしまう。
いったん、やめると宣言してから事務所に報告しに行くべきか。いや、動画は彼女たちが保有している。後から僕がやめないとわかれば、その時にネットへ投稿されてしまうのがオチだ。
もう、本当に学校をやめてしまうしかないのか……
ごめんなさい、父さん、母さん。学費を無駄にしてしまう結果になってしまって。
日和さんも、あれだけ心配をしてくれたのに、何も解決しない結果に終わってしまって、ごめんなさい。
不服で、悔しくて、辛くて。ラバーズのような超次元的な自分の力ではどうにもならない苦悩とは違う、もっと現実的な人間の闇で、ただの脅し。こんな対抗できそうな嫌がらせに、何もできずに終わってしまう。
せめて、鳩島先輩にさえ出会えたなら、こんなことにはならずに済んだはずなのに。
情けなくて、涙が出そうだ。女たちにいじめられて泣かされる男、なんて弱くてダサい。
「なーに、涙目になって。あはは、カッコ悪く泣きなよ~」
嫌味に、悪魔のような顔を浮かべて木原さんは煽ってくる。
「わかった……」
息がしずらくなって、荒くなる。心が締め付けられるように苦しくなる。
期待される表情たちに憎悪が渦巻き、心臓が痛みながら僕は宣言をしようとした。
「何をしてるんだい、君たち」
そこに、低温で深みのある、あの人の美声が、爽やかに吹く風に乗って響いた。その瞬間、建物の陰に隠れ、日の当たらなかったはずのじっとりしたこの場所に日が届く。
ザッザッ……
土の地面を踏む音が、僕を囲む彼女たちでふさがれた視界の外から聞こえてくる。
みんな、表情が硬くなっていた。そして緊迫したように、揃って顔を近づいてくるその人の方へ向ける。
「ボクの大切な人を、傷つけないでもらえるかな」
まるで、お姫様のピンチに駆けつける王子様のごとく。
彼女は、鳩島詩恵瑠先輩が、彼方からやってきたのである。
「し、詩恵瑠様……」
鳩島先輩が近づくと、ファンの人たちは僕の周りを離れていった。
「おやおや、服が汚れて、片頬も赤くして……」
いつにも増した鳩島先輩の低音な声は、怒りを僕らに教えてくれる。しかしその表情はとても悲しそうで、僕よりも辛そうにして。
「僕が君に告白したばかりに、みんなの怒りを買っちゃったんだね。本当にごめんなさい」
申し訳なさそうに、僕に抱きついてきた。
「は、鳩島先輩!?」
僕のシャツに染み付いたコーヒーが付着してしまうのも気にせず、鳩島先輩は謝罪を込めた強めのハグをしてくる。
そのスッキリとしたハーブのような彼女の匂いは、彼女たちに責められて、いら立ち、落ち込んだ心を落ち着かせる。
「な、なんでそいつを構うんですか詩恵瑠様!」
「そいつは、告白を断ったんですよね」
周りの人たちが、金切り声をあげて先輩に問う。
「でも、大好きな彼がボクのせいでこんなことになってしまったんだ。放っておけるわけがないじゃないか」
鳩島先輩は僕から腕を離すと、周りの人たち、特に木原さんの方を睨んで言う。
「今後二度と、彼に、そして彼の友達に嫌がらせをするな。もししたならば、もう君たちとは二度と寝てあげないから」
ツンと冷めた声が心に刺さったように、木原さんたちは黙ってしまった。
「いいかい、あの話題になっている投稿も消しておくんだ。彼のお友達にもちゃんと謝っておくこと。いいね」
しっかりと忠告すると、鳩島先輩は僕の手を取る。
「君はボクについてきてほしい。ボクからも謝らせてほしいんだ。こんなところではなく、しっかりと真剣に話せるところで」
そのまなざしは真剣で、彼女の誠意が伝わった気がした。
「わ、わかりました」
鳩島先輩と二人きりになっていいのか。しかし、この空気がよどんだ場にいるべきではない。
だから僕は素直に、鳩島先輩に手を引かれてこの場を去った。




