第57話 コーヒーをぶっかけられる
僕が連れてこられたのは、敷地内の端の方にある校舎裏。落ち葉の座布団が敷かれたベンチがポツンと一つ設置されていて、とても寂しげだ。こんなところに来る人なんてそうそういない。
「さて、木野星也」
焼きそばパンとコーヒーを持った状態のまま壁際に迫られ、六人の女性たちが威圧的な態度で僕を囲む。
「いいかげん、学校やめてくれない?」
そして木原さんはまた、あの文言を言う。
「やめたくありません。僕のことが嫌いなら、無視したらいいじゃないですか」
「いいえ、あなたは私たちファンクラブ全員の敵なの。学校にいたら迷惑なの」
「何なんですかそのファンクラブって」
一生徒にファンクラブがあるなんて、そんなの創作上でしか聞いたことがないぞ。あのファンクラブサイトを知っても、まだ現実味がない。
「私たちにとってあなたは詩恵瑠様にまとわりつく虫、ゴキブリ、いやそれ以下」
「だから、詩恵瑠様に二度と近づかないように、この学校をやめてほしい。わかるでしょ?」
背の低い、地雷系っぽい装いの女子が、暗い目つきで責め立てる。
「そこまで鳩島先輩のことを考えてるなら、そもそもあんな投稿するべきじゃなかったでしょ。あんなの、ほかの二人にもだけれど、鳩島先輩本人にも迷惑じゃないか」
僕は例の、盗撮写真の投稿についてなじる。
「確かに、多少の迷惑をかけてしまったかもしれない。けれど、先輩にまとわりつくゴミムシを取っ払うためには、仕方がなかったわ」
「仕方がない? 先輩に汚名を着せてまで、大きな迷惑をかけてまで、僕を追い詰めようとしたんですか?」
愛しの先輩に迷惑をかけてまで僕を取り除こうとするなんて、自分主義すぎる考えだ。
「うるさい、お前に意見を言う立場はない」
「あんた、あんまり生意気だと愛しの猫俣さんのおしっこ姿が流出しちゃうよ」
が、言及したくても猫俣さんのトイレの様子の映像が人質に撮られているため、強く出ることができない。
「猫俣さんはただの友達です……お願いですから、僕以外の人を巻き込まないでください」
「あんたが悪いの。あんたが学校をやめない限り、あんたにもあんたの親しい人たちにも、不幸なことが起こり続けるわ」
「うどんにテニスボールが落ちたことや、傘が臭くなっていたことのような不幸が、みんなにも起こるというんです?」
どれも、とても陰湿な嫌がらせである。
「そんなことしたの?」
しかし、なぜかキョトンとした表情の木原さんは、ほかのメンツに顔を向ける。
「ぼ、ボールはあたしが」
「傘は米良が、たしかうんこの臭いがするスプレーを……」
「な、なかなかね……」
と、木原さんも引いてる様子だが。
「でも、このままあんたが学校を続けたら、あんたにもそうだし、ほかの子にも同じようなことが起こるわけだからね」
なんて、笑身を含んだ声で忠告してくる。
このまま学校にとどまり続けると大井先輩や猫俣さんにも嫌がらせ、いじめの手がおよぶわけだ。僕が告白されたことと関係のない彼女たちが、そんな理不尽な目に合ってしまう。
「僕へ恨みがあるなら、僕だけに嫌がらせをすればいいじゃないか」
「でもあんたの周りの人も巻き込めば、あんたは有無を言えなくなるでしょ」
なんて悪質な。
僕は彼女たちの王子様に告白された。男のくせに、女の子が好きだったはずの人に好意を持たれた。それが、鳩島先輩の付き人で、そしておそらく夜の相手もした彼女たちには、許せない。誰とも付き合わないはずの絶対王子様が、僕という男のオンナになろうとしたから。
だから、腹いせに嫌がらせをする。それは理不尽に、ただ己の不安をふっかけてくるように。
彼女たちにとって僕は邪魔な存在だ。だから、僕をこの学校から追い出したい。僕の周りの人を巻き込んでまでも、僕をこの大学から追放したい。もうこれ以上王子様が近づかないように。
僕はちゃんと告白を断ったというのに、どうしてこんなことになるのさ。
「自分たちが相手にされないから、恋人にはなれないから、逆恨みする。なんて幼稚な逆恨み……」
ボソボソと僕が口に出すと、右端にいた人が話しだした。
「……詩恵瑠様があなたに好意を持ってから、詩恵瑠様はあなたと話すためだけに、学校中を探し回るようになった。あたしたちと身体を交えてくれたとしても、心ここにあらずだった。詩恵瑠様の中に、あんたがいたから。そんなの、許せない」
「……鳩島先輩のことが好きなら、普通に告白でもすればいいじゃないか」
「恋愛感情は持ってはいけないし、誰も告白をしてはいけない。詩恵瑠様はみんな王子様で、それはみんなで決めたこと。まあ、詩恵瑠様に想われたのならまだしも、自分からは告白なんてしてはいけない」
「自分たちは付き合うことが許されないのに、何の関係もない僕が告白されたから、悔しいんですか。そのルールなら僕は別にセーフじゃないのか? なんだそれ、文句があるならルールとか関係なくアプローチでもすればいいじゃないか。だというのにその決まりの中にいない僕に当たってもしょうがないだろ」
頭にくる。そちらの勝手なしきたりで責められる意味の分からなさに、腹が立ってくる。
「言わせてけば……」
「ついて回るだけじゃなくて、誘いを待つだけじゃなくて、好意はしっかり伝えろよ! 鳩島先輩が僕にしてきたように、自分からアピールしろよ! 自分だけのものになってほしいなら、そう言えよ! 何もしなかったから、今悔しいんじゃないのか!!」
柄になく、僕は声を張って強く言ってしまった。
気持ちを伝えることは大事だ、とてもとても大事だ。僕はここ数日の間で、それを体感してきたのだから強くそう思う。
「……うざ」
木原さんは僕の持っていた焼きそばパンと缶コーヒーを奪うように取り上げた。焼きそばパンの方はその場に捨ててしまい、缶コーヒーは蓋を開ける。そして……
ブシャッ――
香ばしい黒の液体をかけられた。
今日の僕は、白系の解禁シャツを着ていたため、色が染みついてしまう。




