第55話 トイレから姫
今朝もバスでは視線を感じ、今日も居心地の悪い登校をする。
学校につくなりもっと多くの視線に見舞われてしまい、早い段階から気疲れしてしまった。だが賢や猫俣さんから励ましを受けて、何とか午前を過ごした。
そして、勝負の正午、お昼休み。
昼休みなら先輩としっかり話ができるだろうと思い、僕ら三人は行動する。
「で、先輩はどこにいるの?」
僕は賢に聞くと、賢はなぜか不思議そうな顔を向けた。
「え、星也、お前先輩の居場所知らないのか?」
「知らないけど。え、賢は知らないの?」
「知らんぞ。あの人食堂で昼食は済まさないし、お昼にどこにいるかなんて」
「あーしも知らないんだけど」
……。
しまった、誰も鳩島先輩の居場所を知らない。
「さ、探さないと」
そんなわけで僕らは、とりあえず先輩がいそうな講義室や食堂、購買へ探しに行ったが、あのその場にいるだけで異様に存在感を放つ王子様はどこにもおらず。
学校中を隅から隅まで探そうということになり、僕ら三人は、見つけたらすぐに連絡を送ることにして、ばらけて捜索に回った。
そんな感じで、僕は実習棟までやってきて、かつて僕と鳩島先輩が初めて会話を交わした廊下を歩いていた。
相変わらずここに人の通りはほとんどないし、ここもはずれだろうか。
しかし、あの人は普段女性たちを連れて歩いているのだから目立ちそうなのに、なかなか見つからない。いったい、どこで女の人たちとイチャイチャしていることやら。
そんなことを考えながら、とっとと実習棟を抜けてしまおうと思い、足早でトイレの前を通りかかった。
そのとき。
ガララッ! と、勢いよく多目的トイレの戸が開いた。
「ハァ……ハァ……もうダメ……」
そして何やら息遣いの荒い男の人が、多目的トイレから出てきた。その人は足をプルプルと小鹿のように震わせながら、壁伝いに去っていった。
地獄のように、お腹でも壊したのだろうか。
なんてことを考えながら通り過ぎようとしたところ。
「あら、木野星也さん」
と、おしとやかな声に呼び止められる。
……なんだか、前にもこんなことがあったような気がする。
僕はそっと扉の開いている多目的トイレの方を覗いた。すると視線の先には。
「ごきげんよう」
多目的トイレの中から優雅な表情で、鮮やかな白いドッキングワンピースを着て、胸元には黒色の宝石のブローチを付けた、鞠井先輩がしとしとと歩んできた。
「ご、ごきげんよう」
相変わらず、その様子だけは気品を絵に描いたように優美だが。しかし、男の人が同じ個室トイレから出てきたということは、またトイレでいただけないことをしていたのだろう。
なんて呆れた刹那、鞠井先輩の背後、トイレの中で男の人が便器に座ってのびているところが視界に入った。
あれ、さっきもう一人男の人出てきたはずだが。まさか、二人相手にしたのか。
……底しれぬ恐怖が、僕の身を震えさせる。
「そ、それでは!」
近づいてくる彼女に危険を感じ、咄嗟に僕は後ろずさった。
「ああ、お待ちになって!」
そんな僕を鞠井先輩は呼び止める。
「お、お待ちになれません!」
だがこのままここにいては僕も子羊のごとく食べられてしまうかもしれない。生存本能が足を動かし、僕は一目散に逃げようと、先輩に背を向けた。
「あなた今、鳩島さんを探しているのでしょう!」
しかしその一言が、僕の足を制止させる。
「ど、どうしてそれを?」
僕は振り向くと、鞠井先輩はお淑やかな歩き姿でこちらに寄ってくる。
「今、相手をしてくださった方々に、あなたのおかれている状況を聞きましたの」
「そ、そうなんですか」
僕のすぐ目の前まで寄ってきた鞠井先輩からは、思わず興奮してしまいそうな、刺激的な匂いが鼻腔を犯しに来る。男二人を相手にそういう事をした後だから、フェロモンがムンムンなのだろう。しかし、その中にまた生々しい臭いも感じて、気持ち悪さも覚える。
「本当、あなたが可愛そうですわ」
しかし憐れむ表情はまるで聖母のように慈愛に満ちていて、あまりに清楚な様に脳がバグを起こしそうだ。
「鳩島さんは、今は外の喫茶店へお昼をいただきに行っていますわ」
「そうなんですか。でも、なんでそれをご存じで」
「ストーリーに昼食の写真を乗せられていましたから」
そう言いながら鞠井先輩は、スマホの画面をこちらに見せた。そこにはSNSのストーリーに、お洒落なフレンチの写真があげられていた。
アカウント名は@princess_cielと書かれていた。自分からプリンスなんて名乗ってしまうのか、痛々しいな。
「ですから、お会いになるなら帰りを待つ必要がありますわ」
それなら、猫俣さんたちに連絡を送って、僕らもお昼を食べながら帰りを待つとしようか。
「……木野星也さん、鳩島さんには気をつけてくださいね」
「どういうことです?」
「あの方は、存外腹黒いですから」
鳩島先輩が腹黒い。そのイメージはなかったが、しかし鞠井先輩は、鳩島先輩のことをよく知っているような雰囲気だ。
「鞠井先輩は、鳩島先輩とお知り合いなんですか」
イケメンな王子様と、美しいお姫様。大学でのカーストも高く、二人の並ぶ様子を想像すればとてもお似合いではあるが。しかし、二人とも性に開放的で、そんなところがなんとも残念だと思ってしまう。
「ええ。だってあの方とは幾度か体を重ねましたから」
「っ!?」
か、体を重ねた!?
鳩島先輩と、鞠井先輩が、交わってるのか!?
なんというか、想像するにとても絵面が強そうだが……。そうか、性に開放的な者同士、することシているのか。
「鳩島さんが帰ってくるまで、しばらくお時間がありますわね」
「は、はい。親切にどうもありがとうございます」
「というわけですので、木野さん……」
「は、はい?」
するといきなり。ズンと鞠井先輩は近づいてきて、僕の胸に両手を当ててきた。




