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第4話 甘い匂い

 集合時間、午後七時の少し前。


 若干の暗さに相変わらずの曇り空が不安を感じる。


 僕らは今回の合コンの場となる、駅前にある居酒屋の前でソワソワしながら待機していた。


「そういえば、今回の相手の人たちってみんな同じ学校なのに、同じバスでは来なかったんだね」

「そりゃ、女の子は準備があるのだから」


 準備とは、お色直しのことだろうか。いったん家に帰ってメイクを直したり、服を着替えたりとしているのだろうか。わざわざ家に帰るなんて、なんとも面倒だと思ってしまう。


「男と違って女の子は身なりに努力をするものなんだよ、君もちゃんと女性を知らないとね」


 なんて知ったような口で丸山は言う。


「お、噂をしていたら来たぞ」


 秋田が指をさした先は、駅のロータリーに止まったバスだ


 つ、ついに来たのか……


 緊張で身体が強張ってきた。


 バスからは学生や仕事帰りの人々が下りてくる中。そこに混ざり、猫俣さんと、その派手な身なりから友人の方々だろう二人の女性の姿を確認した。


「猫俣さん、やっぱすげえ美人だな」

「ええ、すごく可愛い」

「うん……」


 まだ猫俣さんは道路を挟んだ向こう側、ロータリーにいるというのに、遠目から見える姿が既に可愛くて目をひかれてしまった。


 学校ですれ違うことは何度かあったが、しかし直接話したことはなかった猫俣さん。ブロンドヘアのギャルという陽キャ感が強く、僕みたいな人間にはなかなか近寄り難いというか、近くに居たらその陽キャオーラで居づらくて離れてしまうような人。


「あ、おーい!」


 赤信号の向こう側で手を振る猫俣さん。こちらを見つけるなり浮かべたニカッという笑顔がまぶしく、薄暗くなった辺りが、まるで太陽に照らされたように明るく感じた。


「おーい!」


 秋田が手を振る。僕らも横断歩道の手前に立ち、彼女たちが渡ってくるのを待つ。

 信号が青に変わるなり、彼女たちは小走りでこちらに寄ってくる。


 コツコツコツコツ……と軽快な足並みを教えるヒールの音。ショートなデニムのパンツから伸びる生のスベスベな足、太ももが太くてセクシーだ。片方の肩を出した白色のトップスも大人びているが、笑顔に目を細め、そしてすぐ目の前まで近づいてきたのに未だに手を振り続ける仕草は可愛い。


 学校ではもう少し落ち着いた服装をしていたが、合コンに備えてキメて来た彼女達は、とても素敵である。


「ごめんね、待たせちゃった?」


 片手に持つバッグを腰に回して猫俣さんは言う。


「ううん、今来たところだよ」

「いや、どう見ても待ってたでしょ!」


 猫俣さんと一緒に来た、ちょっとハスキーボイスな茶髪の女性が突っ込んだ。


「さ、こんなところでたむろしててもあれですし、さっそくお店に行きましょうか」


 丸山は慣れたように誘導し、僕らはお店のほうへ移動する。女性陣は、はーい、なんてまるで引率される子供のように答えた。


「よろしくね!」

「うぇ!?」


 移動する際、僕の真横にやってきた猫俣さんに、肩をポンとたたかれた。

 思わず童貞みたいな驚き方をしてしまった。

 流石ギャル、僕みたいにほぼ初対面みたいなやつにもボディータッチを軽々とする。


 香水だろう、綿あめのような甘い香りがする。

 右耳にだけ黄色い宝石のピアスがかかっている。すごくおしゃれだ。

 いかにも大学帰りの格好をしている僕が、この人の隣に立っていてもいいのか?


「よ、よろしくお願いします……」


 そのときの猫俣さんが僕に見せた、釣り目をさらに細める笑顔に、僕はまた童貞らしくおろおろしてしまった。




 建物の二階にある、チェーン店の居酒屋「魚人」。よく駅からは見かけていたものの、ここへ入るのは初めてである。

 入り口を通ると靴を鍵付きロッカーにしまった。そして少し奥に入ったところにある個室に案内される。


 部屋は薄暗く、若干狭い。


 席は掘りごたつのような座敷になっており、低いテーブルの下に足を下ろして座るようだ。


 とりあえず、男と女に分かれて向かい合うように座ったが。


 すごいな……


 僕は今、ギャル三人と向かい合って座っている。何より、僕の真正面にはあの猫俣さんが座っている。談笑をしながら笑う猫俣さんがそこに座っているのだ。常にニコニコしていて可愛い。


 三人の香水の匂いが漂ってくる。甘い匂いが部屋に充満している。人工的な匂いが苦手な人はもしかするとつらいかもしれないが、僕には不快感はなく、むしろ心地よさもあるほど。


 僕は何も話さず緊張に身体を強張らせた状態で、彼女を見ていた。すると――


「ん?」


 目が合った。


 猫俣さんがこっちを見た。そして、ニコッとまた笑顔を向けられる。僕は恥ずかしくなり顔を反らしてしまった。


 ドキドキが止まらない。

 心が持つだろうか。

 やばい、好きになっちゃいそう。


 来てみるものだな合コン。


 なんだか調子に乗ってしまう。


 そんな沸いてきたワクワクと収まらないドキドキに手を震わせていると、入店時に注文していたドリンクが届いた。僕は入口のそばに座っていたため、みんなに渡していく。


「それじゃあ、さっそく乾杯するか?」


 みんなの手元にドリンクが届くなり、秋田が立ち上がって仕切る。


「じゃあ、ゴホン。本日はお足元の悪い中~」

「そんなのいらないから、早く乾杯しよ!」


 猫俣さんがつっこむと、「そうだよね~」なんて言いながらみんなはグラスを手に持った。僕もその流れに合わせてグラスを持つ。


「それじゃあ、どなたか音頭をとってもらってもいいかな?」

「じゃー私!」


 ハスキーボイスの女性が元気よく挙手をする。

 秋田が腰を下ろすとすぐに、ハスキーボイスの女性はグラスを持ち上げた。


「はい、かんぱーい!!」


 そしていきなり乾杯を発する。


 カンパーイ!


 各々コツンとグラスを当ててから、一気にドリンクをゴクゴクと流し込む。僕もひかえめに一口だけ喉を通してグラスを置いた。


「くう~効くねえ」

「やっぱビールは最高だわ」

「ええ~いいな、早く私もお酒飲めるようになりたい」


 とギャル三人のやり取り。黒髪の方がまだ二十歳になっていないようで、お酒を羨ましがっていた。


「ハイボールも格別だぞ」

「いいなあ、僕もお酒飲んでみたい」


 男性側だと丸山だけが未成年だ。

 僕も二十歳は越しているが、お酒は苦手なだめ、最初はソフトドリンクを頼もうとした。が、しかし「お前、二十歳のくせに酒飲まないのは流石にないぞ」なんて、僕の年齢を知っていた秋田が強制的に酒を飲めと言って、勝手にレモンサワーを頼んだ。


 サワーって、たしか度数は五パーセントくらいだったか。まだ三パーセントの缶チューハイを半分程度しか飲んだことがないから、酔いすぎてしまわないか心配だった。


「ダイジョブダイジョブ、五パーなんてないも同然だ」


 そうかなあ、とそのときは訝しんだが。今、口に入れてみた感想は、まるでレモンの風味と酸味が強めの炭酸水のようだった。これならいけるかも、ともう一口多めに飲んでみると、エタノールの感じが鼻を抜けて、うっ、と顔をしかめてしまった。 


 ちょっときついかもしれない。


「うし、じゃあ自己紹介をしようか」


 自己紹介のターンが始まる。


「じゃあ、言い出しっぺの私たちから」


 奥側に座っていたハスキーボイスの女性が手を挙げた。


「私は飯田みみっていいまーす。秋田くんと同じ社会学部でーす。私が合コンしたいって言ったのをきっかけに今回は企画され、皆さんには集まっていただいました。ヨロシクお願いしまーす!」 


 軽い口調で飯田さんは自己紹介をし、拍手が起こる。


「じゃあ、次は私が」


 真ん中に座っていた黒髪で、あごや耳にピアスを通した女性が手を挙げる。


「私は雨宮じゅんです。よろしく」


 シンプルに一言で挨拶を済ませた。


 雨宮さんは、他の二人と違ってふんわりとはしておらず、クールな印象がある。服装も黒っぽいが、着ているTシャツがロック調で、バンドが好きそうな印象がある。


「最後はあーしだね」


 正面に座る猫俣さんはキラッとまぶしい笑顔をこちらに向けた。


「あーしは猫俣かりんです。今日は男一人をお持ち帰るするつもりで来てます。よろしくね!」


 な、なんだと!?


 さすが経験豊富なギャル。

 すごく積極的で、舌なめずりをする仕草が官能的だ。

 隣の男たちを覗くと、「おおー」なんて期待の目をしていた。 


「じゃあ、次は君らの番だね」


 猫俣さんがそういうと、奥に座る秋田が立ち上がった。


「うす。俺の名前は秋田大樹だ。軽音サークルでベースを担当しているぜ!」


 早速ベースギターを構えている秋田。


「ここで一曲弾かせてもらうぞ」

「ちょっと、今弾いたら僕たちの自己紹介ができないじゃないか」


 丸山に座ったままズボンの袖を引っ張られ、「わりいわりい」と秋田は座る。


「僕は丸山丸央。よろしくね」


 自己紹介は一言ながら、優し気な笑顔を浮かべており、男ながらに好印象だ。



 ……で、最後は僕だが。



「木野星也です。よろしくお願いします」


 若干うつむきながら挨拶をしてしまった。相手方がまぶしくて、なかなか前を向きづらい。


「緊張しすぎ、もっとリラっクスしな」


 猫俣さんがテーブルの向こうから手を伸ばして、僕の片をポンとたたいた。


「あ、ありがとうございます」


 その時、身体を傾けたためシャツの首元が下がり、猫俣さんの胸元を拝めてしまった。


 黒っぽいブラに押さえつけられたそれは――


 大きい……



 柔らかそう……


 あ。


 僕は紳士だから、直ぐに目線を下げる。


「あ、君ー、今あーしの胸元見たでしょ」


 やばい! 

 ばれた! 

 露骨に目線を避けてしまっただろうか。


「い、いや、そんなことないですが」

「あはは、童貞くさーい」


 飯田さんに笑って煽られてしまう。


「見たなら見たって言ってもいいんだよ。その方が堂々としててかっこいいんだぞ」


 胸元を見られても余裕そうだ。さすがギというべきか、見られ慣れているのだろうな。


「い、今のは僕にも見えましたよ」


 なぜか丸山が前のめりに言う。


「えー、きもーい」

「なんで!?」


 と一蹴されるが、大きな笑いが起きた。


 それから食べ物を頼んで、趣味の話が始まった。


 飯田さんは韓国ドラマが好きだと言う。僕は韓国ドラマを全く知らないのだが、僕以外のこの場にいる人間はみんな何かしら見ているようで、名前だけは聞いたことがある「メカゲーム」というドラマの「あのシーン良かったよな」とか、愛の着陸の「このシーンすごいキュンキュンしたのよ」といった感じで盛り上がっており、早くも話についていけなくなってしまった。


 雨宮さんはやはりバンド、特にインディーズが好みなようで、よくライブに出向いているという。


 バンドと言えば秋田で、ベースを構えて何か弾こうとしたが、食べ物を運んできた店員さんにおやめいただくように止められてしまった。秋田のベースに対する雨宮さんの反応は薄かったが、しかし秋田は食い下がらず好きなバンドの話を繰り出していた。


 丸山も趣味を紹介する。さっきは自己啓発本をよく読むなんて話をしたが、この場ではエッセイを好んでいるなんて言っていた。「エッセイは生き方を教えてくれるんだ」なんて紹介していると「かっこいい」や「大人だねー」といった誉め言葉が飛び交った。そのときの丸山の恍惚とした表情がなんだか鼻につく。


「木野くんの趣味は?」


 猫俣さんに振られる。この場で僕のアニメ好きの話をすることは控えた方が良いのだろう。キモがられそうだし、男二人にも止められているし。


「僕は、小説をよく読みます」

「へえ、木野くんも丸山くんと同じで読書家なんだ」

「一緒にしないでもらいたい」


 丸山は腕を組んで言う。


「僕がよく読むのはエッセイだよ。それは実体験をもとに自分自身に気づきを与えてくれて、人生観を考え直し、そして心を成長させる。小説のように、現実逃避な物語と一緒にしないでもらいたい」


 この人、そんなに自身の読む本に対して誇りを持っているのか。じゃあなんでエッセイなんて言ったのだ。あなたがよく読んでいるのは自己啓発本ではなかったのか。


 というか、なぜか僕の好きなものを否定されてしまった。この人、調子に乗っていないか?


 だがそれに対し猫俣さんは。


「現実逃避なのかな」

「え?」


 否定をした。


「だって、物語だって気づきあるっしょ。心が成長するし、夢を見つけることもできる。なんなら、専門分野の知識だって得られるやつあるじゃん。アニメにだってとても大切なものがあると思う。あーしだってドラマやアニメ見るし、感動してジーンとなるし、なるほどなーって関心もする。丸山くんも、別にそういうの見るっしょ。てか、さっき韓国ドラマの話したじゃん。創作もの、見てんじゃん」


 猫俣さん……あなたは……


「……まあ、そうだね。ごめん、調子乗ったよ」

「い、いや現実は小説よりも奇なりというし、実際エッセイも自己啓発本も面白いから」

「うん、つまるところ本はどれも素敵だよね」


 なんて笑顔で場を丸めてしまった。 

 猫俣さん、優しいな。


「ね、猫俣さんの趣味は?」


 丸山が質問する。


「ん? あーしはねえ……おしゃれかな?」

「とても素敵な趣味だね」

「あーしがギャルになったのも、ファッションが可愛いと思ったからなんだよね」


 確かに、ギャルのファッションというのは、露出が多いものもあるが、ふわふわしていて可愛らしいよな。

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