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第5話 再会

 合コンが始まってから、まだ一時間も経っていないだろう。


 場は温まり、みんなで大笑いするほどに盛り上がりを見せていた。しかし僕はその輪に馴染めていなかった。


 一人、ちびちびと水を飲んでいる。


 こうなった理由として、陽気な空気や流行りの話について行けなくなった部分がある。例えば流行りのヒップホップをみんなで口ずさみだしたが、僕はその歌を知らず「世間知らずだなあ」とあざわらわれた。

 だがそれ以上に、酔ってしまい、調子を崩しているところもある。


 急になんとかゲームという飲みの場特有のノリが始まった。僕は何とか合わせるもゲームに負けてしまって、サワーを一気飲みさせられた。


 飲みなれないお酒に飲まれてしまい、意識はあるものの、ボーとした感覚と、熱くなる顔、そしてジンジンと痛む胃が、僕をむしばむ。


「たかがサワー一杯でグロッキーとかだっせーな!」


 ガハハハと豪快に笑う秋田と、一緒に笑う女性たちを思いだす。


 はあ。

 さっきの猫俣さんを優しいとは思ったものの、一気飲みのコールが起こったときは、彼女も笑顔で一緒に手拍子をしていた。

 てっきり、気を遣ってくれないかと思ったけれど、それは思い上がりというか、都合が良いというか、そういうものだった。


 というか、君らみんな同級生なのだから、飲めるようになったのつい最近でしょうが。だってまだ六月だぞ。なんでそんなにお酒を飲み慣れているんだよ。絶対二十歳になる前から飲酒してたでしょ。


 痛む胃をおさえたいが、なんだか調子悪そうにしていると空気壊しそうだから、ただ耐えて、笑顔を作る。


「牛串焼きをもってまいりました」


「はーい」


 全員分注文した牛串焼きがやってきた。ここの牛串焼きはおいしいと評判らしく、みんなやったと喜んで口に運ぶ。

 ふーふーと正面の猫俣さんは息を吹きかけながら冷まして口に入れた。


「あうっ!」


 猫舌なのか大げさに熱がると、お皿の上に串を戻し、サワーを含んで口を冷やしていた。その様子も素直に可愛いなとは思うのだけれど。


「大丈夫?」


 と僕は声をかけた。


 えへへと笑っている。それがなんだか猫を被っているみたいに見えた。彼女の行動があざとく振舞っているように感じてしまう自分がいる。


 どうやら、彼女への印象が悪くなってしまっている。さっきまでと見え方が違う。優しくされなかっただけで印象が変わるなんて、なんてめんどくさい性格なんだ僕はは。


 食事を挟みながら、韓国の俳優だかアイドルの話を繰り出すギャルたちと、テンションが上がり軽快な口調で下世話な話をしだした男達。


 どちらも僕にはついて行くことができず、アウェイになってしまっている。胃痛のせいで食事に手を付けることもできず、ただ目線を低くしてみんなの方を見て、そして笑っているだけ。


 目の前には勝手にお代わりされたレモンサワーの二杯目が置いてある。


 みじめだ。


 最初の期待や緊張は、今となっては可愛い思い出。ただただ居づらい。

 というか、合コンってこんな感じだったっけ? 

 今のところただの飲み会のような雰囲気でしかない。もっと、大人な話をしないのか? 


 まあ、大学生の合コンなんて、ただ飲むにすぎないのか。


「木野くんは、どう?」

「え?」



 いきなり丸山から話を振られた。何の話か聞いていなかった。


「だから、どんな女性がタイプなのかって」

「おいおい、ちゃんと話聞いとけよ!」

「ごめんごめん」


 いつの間にか自分のタイプを話す流れになっていたようだ。合コンっぽい会話だ。でも僕のタイプを聞いても面白くないだろう。現に飯田さんと雨宮さんは二人で盛り上がってこちらを見ていない。

 だが、猫俣さんは目を大きくしてこちらを見つめている。それはそれで、そんな注目しなくても。


「そうだね、僕のタイプの女性は……」


 僕のタイプの女性。理想の相手。美しい女性は鳩島さんや鞠井さんと、幾人と思い浮かぶけれど、一番に思い浮かべたのは、かつて片思いをしていたあの人だった。

 


「優しくて……一緒にいて楽しい人かな」


 我ながらありきたりで乙女なことを言った。


 というか……


 誰も話を聞いている様子がない。僕の言ったことになんの反応もなく、なんかみんな違う話に夢中になっている。

 ああ、自分が哀れだ。振ったならちゃんと話聞けよ。 

 なんだか自分みたいな奴がこの場にいるのが恥ずかしい。


 ああ~と小さく、感嘆の声を漏らした。


「猫俣さんはなんで合コンに?」


 横から丸山が聞く声。


「そりゃ、彼ピが欲しいからに決まってるっしょ。それ以外ある?」


 猫俣さんに男達が食いつく。


「俺らどうよ?」

「うーん」


 何やら猫俣さんはにやけながら声を溜める。


「実は~、君らの中で気になってる人がいたりして~」

「おお!」


 マジか!? と盛り上がる男二人。


「ちょっと男子、目ギンギンなんだけど」

「うけるー」


 ワハハハ、とその様子に笑う女性たち。

 さらに胃がムカムカとしてきた。


「絶対俺だよ」

「いいや、僕だね」


 更にテンションが高くなる男二人。


「お前は、ないか」


 秋田はわざわざ指をさして否定する。


「ちょっと、はっきり言わないの、かわいそうでしょ」


 雨宮さんのその言葉が一番つらいが。

 なんだこの空間、いじめられているのか。


 ……いったん離席して落ち着こう。


「あの、僕ちょっとトイレ」

「どっかの名探偵かよ」


 面倒くさいツッコミに苦笑いを返して個室を出た。


 離れ行く個室からはコナンくんや元太くんたちをモノマネする声が聞こえてきた。すぐにモノマネ大会になるノリも苦手だなあ。

 僕は、彼らとは住んでいる世界が違うのだ。


 トイレの手前の壁にもたれかかり、胸の真ん中あたりを強く抑えた。


 どうしよう、この後あの輪に戻るのが億劫だ。

 気持ちが悪い。慣れないお酒に酔っているから。いや、あそこに馴染めない自分自身が気持ち悪いのだ。


 正直僕は、話は得意でなくても、それなりに人の輪には馴染める方だと思っていた。けれど、ここまでも入ることができないとは。


 合コンはあとどのくらい続くのだろうか。

 僕にはやはり、出過ぎた場所だった。おとなしく断っておけばよかったのだ。

 猫俣さんとお話しした時は、新しい出会いだと思った。何ならボディタッチしてくるし、もしや僕に気があるんじゃないかとも思った。けれど、それは誰にでも親しく優しいギャルというだけで、僕は勘違いするオタクだった。


 やっぱり僕の中で、栗村さん以上に好きだと思えた人がいない。

 それに向こうも気になる人がいるような口ぶりだったし、あの男子二人のどちらかに気があるんじゃないだろうか。


「……戻るか」


 とりあえず、何とか最後まで笑顔を絶やさずに続けていきたい。みんなで成り立つ飲み会だ、空気を壊さないように耐えよう。


 壁から背を離し、重たい足を引きずるように、胃を抑えながらも僕は歩き出した。


 複数の話し声。お酒の回った陽気な声たち。


 Tの字になった通路の突き当り。曲がり角から、数人の人が出てくる。若い男女の集団だ。

 この人たちも合コンか、それとも友人同士の飲み会か、または大学のサークルの会合だろうか。


 その人たちが目の前を通っていく。全員が通りすぎるのを待った。まあまあの人数が通り過ぎていったが、その最後尾だ。



 あの人がいた……



 目の前に現れたその瞬間、僕がその人が、彼女であると気づいた。



「栗村さん……?」 



 白色のワンピースに垂れる、長いつややかな黒髪。そこからちらつかせた麗しい横顔は、あの時よく見つめていたものだった。



「え?」



 彼女はこちらを振り向いた。



「……木野くん!?」



 彼女はまるで有名人にでも出会ったかのように、大きく目を見開いて驚いてくれた。



「久しぶり!」



 透き通った声。ふわっと明るい表情をする。

 栗村日和さん。あのころ、ずっと片思いをしていた相手。


「ん、だれ?」


 彼女と一緒に歩いていた女性が聞く。


「高校の同級生。話してくから先行ってて」

「はいよ」

「え、いや僕に時間使わなくてもいいよ」

「そういう遠慮するところ、変わってないんだね」


 なんて、いたずらな笑顔を向けてくる。


 懐かしい、彼女の表情。卒業ぶりに見た、彼女の姿。穏やかな優しい目つき。変わらない、お花のようないい匂い。


「どうしたの?」

「え、あ、いや......」


 つい見惚れてしまい、固まってしまった。


「学校の仲間内の飲み会だからさ、大したものじゃないよ。気にしなくて大丈夫」

「そ、そうなんだ」

「……なんか胸辺りを抑えてるけれど、もしかして胃の調子が悪いの?」

「うん、まあ、ちょっと無理してお酒飲んじゃってね」

「大丈夫? 顔色も悪そうだけれど」

「平気だよ、はは」


 心配されてしまった。こんなのじゃ、格好つかないな。


「今日は、誰かと飲みに来たの?」

「うん。実は合コンにさそわれて」

「合コン? そ、そうなんだ……どう、いい感じ?」

「ううん、全く輪に馴染めなくてさ……」


 ああ、恥ずかしい。


「ノリに乗っていけず、この様だよ……」

「明るいノリ苦手だったもんね」


 せっかく栗村さんに再会できたというのに、こんな姿を見せるのが恥ずかしい。


「うん、あのころと変わらず、あまりはしゃぐのは得意ではないかな」


 そう、僕は高校生のころから何も変わらない。子どものままなんだ。

 感性も性格も好きな人も変わらない、変わることのない、僕のまま。


「……ねえ、これから戻るところなの?」

「うん。さすがにずっと抜けてるわけにもいかないし、戻らないと……」


 正直戻りたくない。あの空間が、地獄にしか思えない。


「あのさ……」


 いきなり、栗村さんが顔をぐっと寄せてきた。


「え、なな、なに!?」


 わかりやすくきょどってしまった、自分が気持ち悪い。


 栗村さんのフローラルで、ちょっと甘い匂いが強くなる。



「私と二軒目に行かない?」



 ……は?



 彼女の口から予想だにしないお誘いが発せられた。


「どう?」

「どうって……」



 心配するような笑顔が華麗だが、しかし……


「せっかく会ったんだからさ、また色々話したいなって。お酒はもちろん飲まなくてもいいから。だめかな?」

「いや、お連れの人達と一緒に居たのに、迷惑をかけるわけにはいかないよ」

「いいよ。飲み会ももう終わって帰るところなんだし。木野くんも、正直もう合コンに戻りたくはないでしょ?」

「まあ、そうだけど。でも、そんなことよりも、栗村さんには池田が……」



 君が付き合っていた池田拓志のことはどうなのだ。



「彼氏がいるなら、僕と一緒に飲み直すのは……」

「いないよ」

「え?」


 ……いない?


「あの人とはとっくに別れてるって。今の私に彼氏はいません」

「そ、そうなの?」


 別れたのか。あの池田と……

 そうか。


「だから……」


 彼女は僕の手を取ると、強めに引っぱった。


「行こう!」


 その誘い方はとてもかつての彼女らしくはなく、なんだか強引で。けれどとても魅力的で、僕は嬉しく、コクコクとうなずいたのだった。 

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