第48話 僕が女をたぶらかすクズ男?
昨日はバスでの帰宅途中に雨が弱まり、町についてからは走って帰宅することができた。
今日は曇り空だが雨は降っていない。空気もじっとりしていなくて温かい。だがバッグにはいつ雨が降ってもいいように折りたたみ傘を忍ばせている。傘も持ち歩けばいたずらされることはない。
しかしそんなことより、今朝のバスも異様な雰囲気で胸がざわつく。
明らかに学生たちの目がこちらを向いているのだ。昨日みたいに何となく視線を感じるどころではない。男も女も、なぜか僕に視線をチラチラとむけていて、流石に僕も見られていることを自覚する。何なら窓辺の席に座るチャラそうな男なんて、がっつりとこちらにガンを飛ばしていて委縮してしまう。
なぜだ? なんでこんなに注目されている?
「ねえ、あれが例の?」
「うそ、あんなやつが?」
コソコソと話す女子の声が耳に入った。
例の? あんなやつ? 僕のことを言っているのか?
なぜだ、僕は何か変なことをしてしまったのか? 化粧のノリが悪い、なんて理由で小馬鹿にされている感じではないし。
嫌な予感がする。嫌なことが起こっている気がする。
バスを降りると、僕は視線から逃げたく、早足で校門をくぐったが。
「せ、星也」
そっと小声で、校門で待ち伏せていた賢に呼び止められた。
「な、なにしてるんだよお前」
お前の待ち伏せなんて嫌なデジャブだが。
「いや、さっき秋田にやばいこと聞いてだな」
そう言いながら賢と建物の陰に隠れると、何やら緊迫した様子でスマホの画面を見せてきた。
「何これ」
見せられたのは某画像の投稿をするSNSアプリのアカウントだった。アカウント名は「王子様の崇拝者」だ。アイコンにはかっこいいプリンセスのイラストが使用されていた。
「このアカウント、どうやら鳩島先輩のファンが日常的にあの人への感情を垂れ流しているものらしいんだが」
「鳩島先輩の推し垢か」
そんな頭の痛くなるようなアカウントを、なぜ僕に見せてきたのか。なんて考えた刹那、プロフィール欄の下に並ぶ写真に、気になる投稿を何枚か見つけた。
「おい、この写真……」
「ああ、そうだ」
賢はその内の一枚を選択して、拡大表示した。
そして僕はそれを確認すると、心臓が飛び出しそうになり、胸を抑える。
そこに映っているのは、僕と、鳩島先輩だ。それも、僕が鳩島先輩に壁ドンをされ、今にもキスをされるのではないかという位置まで顔を近づけられている場面である。まるで壁の陰から覗き込むようなアングルの写真だ。
先輩の顔は黒塗りで隠されているが、僕のあほ面は無加工、そのままだ。
「な、なんだよこれ」
どうして、このときの様子が撮られていたのか。まさかあのとき、何者かにこっそりと僕らは撮られてしまっていたのか。
「と、盗撮されていたのか?」
この投稿は二日前に出されている。投稿文にはハッシュタグでこの学校の名前と、シエル様と二つつけられており、ハートマークは一つも押されていないが、ふきだしのマークには三十を超える数字が表示れていて、それだけコメントが寄せられたことになる。
少しコメントを覗いてみたら、そこには僕に対するうらやましいと言った声が少し、そして妬むような声もずらっと並んでいて、怖くなりすぐにブラウザバックをした。
冷汗が止まらない。
あの王子様、いったいどれほどのファンがいることやら。
「どうやら非公認ファンクラブサイトもあるようでな、少し覗いてみた秋田いわく、ファンクラブ館員数は七十を超えていたそうだ」
「な、七十? 田舎の大学の王子様なんかに、そんな数のファンがいるのか?」
「ああ。しかもそこにもこれと同じ写真があげられていて、ものすごい数の罵詈雑言が寄せられていたんだと」
ま、まさか僕が知らないところで悪口を言われまくっていたのか。
「もしかして、昨日視線を感じたのって」
「視線どころかテニスボールや傘が臭かったってやつも、この人らの仕業だろうな」
つまり僕は、鳩島先輩のファンの怒りを買ったことで、嫌がらせをうけていたのか。
「これだけじゃないぞ」
そう呟いて賢は別の投稿を選択した。
「んなっ!?」
それを確認した瞬間、朝に食べたものが喉を駆け上がろうとするほど、ショックを受けて口を抑えた。
そこに映っていた写真は、僕と猫俣先輩が相合傘をしている様子だ。昨日の帰り際を盗撮されていたようである。それも二人とも顔を隠されていない。
「もう一枚」
賢は写真を横にスライドする。すると今度は、僕と大井先輩が図書室にて、一席開けて二人並んでテーブルに佇んでいる後姿が映った。
投稿文は「シエル様をたぶらかすクズ男、許すまじ」と書いており、また多くのコメントが寄せられていた。
「お前、鳩島先輩をたぶらかしたクズ男ってことになっているぞ」
「ぼ、僕がクズ男だって……」
まるでいろんな女にナンパをして遊んでいる、女の人たちをたぶらかしているクズ男。
コメントを少し覗いてみると、「こんな不潔な男なんかにシエル様が汚されるなんて」「マジできしょい。〇んでほしい」と書かれていて、胸の奥がジンジンと痛くなる。
「この投稿もあって、学校中でお前は注目の的になっているそうだ。王子様のファンとか関係なくな」
軽くめまいがした。だから今朝のバスで、あのチャラそうな男は僕を凝視していたのか。
「そ、そんな。こんな投稿なんかで僕が有名になるなんて思えないが」
「でも実際お前は注目されている。秋田や丸尾の耳にもこの噂は届いていたくらいだ。おそらく、ファンクラブの子たちが言いふらしてわざと広めているのかもしれない」
「な、なんでわざわざそんなことを」
「お前をこの学校に居づらくするためだろうな」
大学を辞めるか、死ぬか。木原さんにそんな感じで責められたが。まさかこんなやり方で、僕に大学をやめさせようとしているのか。
「……し、肖像権の侵害で訴えられないか」
というか……
「これって僕だけじゃなくて、猫俣さんにも、大井先輩にも、なにより鳩島先輩自身にも迷惑をかけているじゃないか」
写真を投稿して、噂を言いふらして。そんなの、愛しの王子様にも多大なる危害を加えている。
大切な人に迷惑をかけてまで僕を虐げようとするなんて、許せないし、悲しい。
玄関まで移動するほんの数十メートルの間にも、ひそひそとした話し声、チクチクとした視線が向けられ、居心地が悪かった。
「あいつが? あの鳩島さんと?」
「あのなりで三又できるとか、世の中バグってるよ」
「うわ―不潔」
と、通り過ぎに聞こえる小声の会話がつらい。
また講義をしている間にも、こんな視線を向けられなくちゃいけないのか。なんて心がすでに疲れる。
まだ臭いだろう傘立てに刺さる僕の傘を眺めながら、玄関を抜けて僕らは講義室の方へと速足で移動する。
が、しかし……
「なあ、君」
と、年上だろうチャラそうな二人の男に呼び止められてしまった。
「は、はい……」
「ねえ、どうやって鳩島さんを堕としたの?」
と、チャラそうな男は邪な口調で聞いてくる。
「いや、あれは誤解っていうか、悪質ないたずらで、事実無根でして。あの写真たちもAIで作られたものですよ」
「いやいや、あの写真は本物でしょ。だって君、昨日の帰り際、ギャルの子と相合傘してたじゃん」
うわ、見られていた……
「べ、別にそういうのじゃない、ただの友達です」
「セフレなの? いいなー」
なんて大きな声でうらやましがられてしまい。
「え、セフレ?」
「セフレって鳩島さんと? すごいなー」
なんて周りを歩く人が勘違いをしてしまった。
「ち、違いますから!」
僕も声を張って訂正し、賢も「行こう」と僕の肩を引っ張るが。
「待って、友達なら俺にも紹介してくれよ」
と通せんぼされてしまった。
ど、どうしようか……
なんて困っていたところに。
「何してるの?」
甘い匂いが近づき、例のギャルがやって来たことを察知する。




