第38話 王子様系女子の取り巻きに詰められる
「先輩。僕は先輩とは付き合えないんです。本当にごめんなさい」
「……そうかい」
僕は真面目なトーンで謝ると、先輩は僕から距離を開き、少し寂しそうにする。
「ごめんね、しつこく言い寄ってしまって」
「いえ、そんな……」
意外とあっさり引いてくれて驚いた。正直、ここから強硬手段に出るのではないかと身構えていたが。
「それじゃあ、ボクは行くよ。未練たらしくここにいても、気まずいだろうからさ」
なんて、さっさとこの場を後にしてしまった。
あれだけ責めてきたのに、こんなにもあっけらかんとされると戸惑ってしまう。
もしや、からかわれただけか? そうじゃないにしても、とりあえず僕を諦めてくれたならよかった。
まったく、モテる男は大変だ。
そんなわけで、僕は少し時間をおいてから、実習棟の階段を下り一階へ移動しようとした。
だが、階段を下った先に、何やら険悪な表情を浮かべる女性たちがこちらをにらみながら待ち受けていて……
殺気を感じ、僕はすぐに階段を引き返そうとしたが。
「こら、逃げんな!!」
と、威圧的な声で引き留められてしまった。
その女性たちは僕を囲むように詰め寄って来る。見るからにご立腹な様子だが、僕はこの人たちに何かしたのだろうか。
いや、直接的にこの人たちに何かをしたわけではない。だってこの人たちは、鳩島先輩の取り巻き、ファンの人たちだ。つまり……
「あんた、詩恵瑠様と何をしてたの?」
嫉妬の問いただしである。大好きな鳩島先輩と僕が二人きりでいたら、そりゃ怒りを買うよな。
「ていうか、なんでラウンジで詩恵瑠様はあんたに頭を下げてたのよ」
やっぱりあの様子も見られてしまっていたのか。そりゃそうか、人の集まる場所だもの。
「それは、お願い事をされて」
「お願いって?」
「えっと、二人きりで話がしたいと」
「……そう」
内巻きの髪形をした女性から、強く歯をかみしめているのか、キリキリときしむ音が聞こえた。
「で、何の話をしてたの?」
「それは、プライバシーがあるので」
「はあ?」
目を三角にして、ポニーテールの女性は近寄る。
「あんた、生意気なのよ。詩恵瑠様のお気に入りだからって、調子乗ってんじゃないわよ」
「調子になんか、乗ってないですけれど」
普段からの恨みの積み重ねがあってか、僕へのヘイトはものすごく高い。
「いいから言いなさい。詩恵瑠様と何を話してたのか」
「せ、世間話です。天気いいですねーって」
冷めた目が僕を突き刺す。
とても、告白されていたなんて言えない。余計に怒りを買ってしまうだろうから。
「ただの世間話しかしてないの?」
「ええ、ただの世間話しかしてないですよ」
「そう……じゃあ、なんで詩恵瑠様に壁ドンされてたの?」
「か、壁ドン!?」
なんでそれをしているのだ。あの場所は僕ら以外には誰もいなかったはずだったが。
「窓から見えてたわ。麗しき詩恵瑠様が、なぜかあんたみたいな男に壁ドンしていた様子が」
「まさか、口づけ何てしてないでしょうね!」
「し、してません、断じて!」
そうか、窓から見えてしまっていたのか、油断した。
「か、壁ドンも別にいつものスキンシップですよ。流石に僕は拒否したんですが、そのまま世間話が始まって……」
「二人きりで、壁ドンをされて、世間話?」
なんて訝しまれてしまう。
「ほ、本当にそれだけのことで、別にやましいことなんて何もなかったですから」
と、僕は火消しを試みていたが。
「やましいことなんてなかったら……」
離れたところから声がした。
コツ……コツ……とヒールの音が響く。足音だけで、威圧感が伝わってくる。
「なんで、詩恵瑠様は泣いていたのかしら?」
やってきたのは、まるでバリキャリのように大人びた雰囲気を持つ、スーツ姿の女性。若干メイクが濃く、年上感の強い、強そうな人だ。
「き、木原さん!」
木原さんと呼ばれた女性は、力強くヒールを踏み込み、僕を囲んでいた女の人たちをかき分けて接近してきた。
「ねえ、なんで? なんで詩恵瑠様は目を赤くして、涙を流していたの?」
「そ、それは……」
威圧的な態度で、怒りを宿して顔を近づける。
鳩島先輩が泣いていた。それはつまり、失恋で悲しんでいたということだろうか。なんて可愛らしい、先輩の乙女な部分だ。
しかし告白をされたなんて絶対に言えない。言ったら最後、怒りを買う以上に、僕は後日遺体になって発見される、なんてことになりかねない。
「わ、わからないです」
「ふーん……」
木原さんは目を閉じると、スンスンと鼻から息を吸い込んだ。
「気に食わない。あんたから詩恵瑠様の匂いがするのが」
美しくも、しかし殺意ギンギンな目を向けて詰められる。
「ねえあんた、告白、されてたんでしょ?」
「こ、告白!? まさかそんなわけ」
なんでバレた?
「ごまかさなくてもいいわ。さすがに詩恵瑠様の普段のあんたへの様子と、そしてさっきの表情から気がついてるから。信じたくはないけれど」
さすがに、同じ女性として彼女の気持ちには気がついていたようだ。
「ぼ、僕は、告白を断りました」
「そんなことは関係ない。私は、詩恵瑠様に告白されたあんたが気に食わない」
ドンッ!! と大きく足を踏み込んで、重たい声で言った。
「だからあんた、大学辞めなよ」
だ、大学をやめろだって? なんて厳しいことを言う。
「もう二度と、あの人の視界に入るな。それか学校がやめられないなら、死ね」
し、死ね!?
人生で初めて死ねなんて暴言を言われてしまった。声を荒げているわけではないが、しかし重々しい声から、その本気がうかがえる。
周りの女性たちも木原さんに同意なのか、一緒になってにらんでくる。
「えっと、飛躍しすぎでは」
「そんなことはない。あんたは学校をやめるべき。それか死ぬべき。あの方の中に、あんたはいらないの」
「というか、あんたみたいな存在が、私たちにとってはずっと邪魔だったのよ」
「そうそう、早く学校から消えてほしいわ」
怖い。女の人にこんな詰められ方をしたことがない。というか、今まで温厚に、人の恨みを買わないように生きてきたつもりなのに、まさか告白されたことでこんなにも恨みを買ってしまうとは。
しかし、これはおそらくらちが明かないタイプだ。この連中は僕が気に食わない、だから学校をやめてほしいなんて感情論で詰め寄ってくる。
僕はどうするべきか。どうやってこの場を収めるといいのか。
……逃げよう。
「あ! 鳩島先輩!」
僕は視線と人差し指を、誰もいない実習棟の入口の方へ向けた。それにつられ、女性たちも顔を指をさした方へ向ける。
今だ!
ダッシュ!!
視線が僕から反れたその刹那、僕はダッシュで駆け出した。少し強引に、女性たちの間をかいくぐった。僕にはこの場をどうすることもできないと思って、逃げて出した。
「あのやろう、逃げやがった!」
「待ちなさい!」
そのまま駆け足で実習棟を飛び出す。呼びかけられるも足を止めることはない。しかし複数の足音が背後から聞こえるため、追いかけられているだろう。
だから僕は必死になって逃げた。まったく嫉妬した女の人は怖い。




