第37話 王子様系女子の告白
そんなわけで僕らは人通りが全くない、実習棟の二階廊下までやってきた。
「ここは、ボクが初めて君に出会った場所だね」
「そうでしたね。正確にはトイレの前で、ですけど」
「トイレの前だと、ロマンチックじゃないではないか」
僕はこの実習棟のトイレ前で、可愛らしいハンカチを拾った。それを落とし主の鳩島先輩に渡したことをきっかけに、僕はこの人に絡まれるようになった。
「今日は天気も良くて、気持ちがいいね」
「それで、話とは何でしょうか」
「そんなに急かさないでくれ」
僕としては一刻も早くこの用事を終わらせたいのだが。
「……そうだね、もったいぶらないで、ちゃんと言わなくてはいけないね」
先輩は背筋を伸ばして、豊満な胸を張る。そして凛々しい瞳は、僕をじっと見つめた。
それはいつも女性をはべらせている彼女の表情、愉悦を常に感じているかのようなささやかな笑顔のように見える。いや、優しい顔をしているが、どこか緊張感がある。
嫌な予感がして、僕は後ずさる。
「どうしたんだい?」
「いえ、なんでもないです」
「なんでもないなら、なぜ逃げようとするんだい」
「そ、そんなことないですよ……」
距離を開こうとしても、鳩島先輩はずんずんと近づいてくる。まるで、ここから決して逃がさないとするように。
窓から入り込む太陽の光は、鳩島先輩にスポットライトを当てる。ギラギラと輝き、まるで舞台俳優のように優美。先輩の余裕じみた表情、だが頬が赤くなっていることに気がついた。
「木野くん――」
僕は後ろを見ていなかったため、壁にぶつかってしまう。
背中を壁にくっつける僕に、先輩は優しく壁ドンをした。
すっきりとした先輩のフェロモンが、先輩と僕の間に閉じ込められる。その強過ぎるイケメンフェイスが目の前に近づき、涼しい息が吹きかかって、身が震える。
気分が高まって、心臓は高速でたたかれる。
「ボクは君が……」
先輩は自分の魅力を押しつけてくる。二人きりの空間を作り出す。
その動機はおそらく、嫌確実に、そういう意図。
先輩は自信を持って、自分を信じ切った様子で、清々しく口にした。
「君のことが大好きだ。だから、ボクと付き合ってくれないか」
僕はまた、告白をされてしまった。
その口調はいつもと変わらない。表情も立ち振る舞いも、こう僕に壁ドンをしてくるような距離の近さも、別にいつも通りの様子に見えるけれど。でも先輩が目の前にいるからこそ、先輩の早い鼓動がかすかに聞こえ、息が少し荒くなっていることに気がつき、緊張していることを知る。
鳩島先輩は王子様だ。普段の様子からも、まるで自分を中心に世界は回っているものだと思い込んでいるのではないかと、何でも自分の思い通りにいくと信じ切っているのではないかと、僕は偏見を持っていた。しかし想いを告げたこの瞬間は、彼女の強がっている部分が見えて可愛く思った。
「……ごめんなさい」
だが、鳩島先輩への印象がどうであれ、僕は日和さん一筋なのだから、その気持ちを断る。
「そ、そんな……」
意を決した告白を断られ、先輩からは笑顔が消えた。
「なぜだい? なぜ、僕と付き合えないのか、理由を聞いてもいいかな」
それは先輩らしからず焦っていた。
「それは、彼女が居るからですよ」
「……そうか。君には恋人がいたのか」
「はい。なので、先輩の気持ちには答えられません」
声のトーンは低くなり、落ち込んでいるのがわかる。
僕は先輩の告白を断った。けれどなぜか、先輩はこの壁ドンをした状態から動こうとはしない。僕をキリっとした目で見つめてくる。それが耐えられそうになく、僕はうつむいた。
「……あの、なんで僕なんですか? だって先輩は、その……」
「ああ、君も知っての通り。ボクはね、女の子が好きさ。そして男は嫌いだ。でも、君は違う。君だけはほかの男とは違うんだ」
青い石の指輪が通った細い指先が僕の頬をさすり、クイッと顎を持ち上げられた。宝石のように澄んだ瞳と目線が無理やり合わせられ、吸い込まれそうになる。見とれてしまいそうになる。
「君はかっこいい。どんな男よりもうんと」
それはとても愛おしそうに顔を緩めた。
僕の顔はさすられ続け、くすぐったいけれど、気持ちがよくて、頭がボーっとしそうになる。
「君はボクを女性らしいと、そして可愛いと言ってくれるよね。ボクはそれがうれしかったんだ」
「たったそれだけのことで僕のことがかっこよく見えたと、そしてそういう気持ちを持ったというんですか?」
「それだけのことではないさ。ボクは見ての通り、王子様だ。イケメンでボーイッシュなのさ。だから、女性らしさは薄い。舞台俳優のようにかっこいいから、可愛いとは思われない」
なんて、自分で容姿の良さを言ってしまうところが癪に障る。
「王子様という偶像は自分で作ったものだ。だから、別にかっこいいと言われることも、女性らしくないと思われることも、ボクは嫌なんかじゃない。むしろ、女の子に好かれるために、わざとこの容姿にしたのだから」
顔がさっきよりも近づき、鳩島先輩の長いまつげや、毛穴がない肌に注目する。先輩の涼しい息を肌で感じた。僕の鼻息が当たってしまわないか注意する。
「でもその代わり、ボクは普通の女の子らしくあることを、可愛いと思われたい気持ちも捨てたのさ。いや捨てたつもりだった。でも捨てきれなかった。だから、ピンク色のハンカチなんて、今のボクには似合わない、可愛いものを隠して使っていた」
しかし、僕は先輩が隠して使っていたハンカチを見つけてしまった。
「君がボクにハンカチを渡したときに言ってくれた、女性らしいという言葉。そして、ボクのことを可愛いと言ってくれたこと。今までそう言われることをあきらめてきたボクに、君はその言葉をかけてくれた。それはボクの内側を見透かされたようで。そこでときめいてしまったのだろう。君は、真のボクを見てくれる人なのだと」
先輩はその想いを、僕に感情を抱いた理由を教えてくれた。
やっぱり、鳩島先輩はあのときの僕の言葉で、僕に好意を持ってしまったようだ。たったそれだけのことで、なんて思うが、しかしこの人にって、女性らしいは、可愛いという言葉は、押し殺してきた普通の女の子としての部分を刺激させてしまったようである。
「だから、ボクは君が大好きになってしまった。運命の人だとさえ思っている。だからさ……」
とたん、じっとりと湿った低い声で、先輩は投げかけてくる。
「彼女さんと別れて、ボクの彼氏になってくれないか?」
その声は僕の脳内に響く。
「君にはその彼女さんよりも、ボクの方がふさわしいと思うな」
まるであきらめようとしない。僕の両足の間に膝をさしこみ、胸が胴体におしつけられる。
や、柔らかい……。でも押し返されるような張りも感じる。
こんなにもみっちりとくっつかれてしまうと、どうしたらいいかわからなくなってしまう。
「や、やめ……」
「ボクなら、君のことを幸せにしてあげられる。今の彼女さんよりもずっと」
彼女のことを知らないくせに、自分の方が上だと主張してくる。
だが僕に考える隙を与えまいと、先輩は耳元で囁いた。
「だってボクはもう、君だけの王子様なんだから」
心が、王子様につかまれた気がした。
そして鳩島先輩は、鮮やかな赤い唇を寄せてきて、僕の唇に……
――流されちゃだめだ!
「や、やめてくださいって、言ってるでしょ!!」
僕は先輩を強めに突き放した。
慣れた手つきで籠絡されそうになり、そのナチュラルさに悪寒がした。
「おっと、どうしたんだい?」
「どうしたって、彼女がいるって言ってるのに、なんでキスしてこようとするんですか。おかしいですよ」
「おかしくなんかないよ。だってボクは君に、ボクのものになってくれと言っているんだ」
いったいこの人は何を言っているのだ?
「こんな慣れた手つき、不潔です」
「不潔だなんて心外だな。もしや、嫉妬しているのかい?」
「違いますって! 結局、僕もほかの人と同じで、せ、性欲のはけ口にしか思ってないんでしょ!」
この人は自分のペースに持ち込もうとしてくる。女の人を抱いてきた経験で、僕を堕とそうとしてきた。僕はペースに飲み込まれないように、自分の意思を強く持つ。
「違うよ。確かに女の子たちは遊びだが。君は、君だけは本気なんだ」
なんて言って、また距離を縮めてきては、頬に優しく手を添えてきて、顔を寄せてくる。もう一度、自分のペースに持ち込もうとする。
「ボクに、男の子を教えてくれないか。君だって、本当はうれしいだろう? ボクの恋人になれるなんて」
「そんなことはないです」
「彼女がいる手前、ボクの誘いを断りづらいかもしれない。でも大丈夫、ボクが恋人として君をトロットロに溶かしてあげる。そして、今の彼女のことなんか忘れさせてあげる」
先輩らしからぬ必死さを感じた。
先輩はとても魅力的で、実際お付き合いしたらすごく幸せなのかもしれない。だが僕は日和さんのことを、三年ほど前からずっと好きだったのだ。そして今はラブラブ両想い。そう簡単に先輩に気変わりするわけがないじゃないか。




