第34話 大人の階段
小一時間ほど、レポートを書いていた。
普段なら五分と集中力が持たないのだけれど、しかし彼女を意識して取り組んでいると、意外にも続けることができた。
夜の時間も良い感じに過ぎて、時刻は十一時手前。
「疲れたし、明日も早いから、今日はここらへんで寝させてもらおうかな」
日和さんは電車で都会の学校まで通っている。そのため、朝は少し早めに起きる。
「明日の朝ごはんも私が作るね」
「いや、日和さん朝は早くて大変でしょ。朝ご飯くらい僕が用意するよ」
彼女と一緒に過ごす以上、日和さんには無理をしてほしくない。
「いいの?」
「それくらいいいよ。じゃあ、僕もそろそろ終わろうかな」
テーブルに向けて曲げていた背筋を、ぐーっと伸ばした。
「ねえ、星也くん」
日和さんは教材たちを片付けながら口にする。
「どうしたの?」
「ありがとうね。いきなり泊まるなんてわがまま聞いてもらっちゃって」
「いや、いいよ全然。しばらく一人で寂しかったし、日和さんがいてくれたら、忍者が来ても安心だし」
何より、大好きな人と一緒に暮らせるなんて、これ以上ない幸福でもある。
「……その、星也くんはさ」
急に、モジモジとしだした。どうしたのだろう。
「……私と、したい?」
「したい、とは」
「……エッチ」
破壊力のある質問に心臓が飛びそうになる。
「ど、どうしたの?」
「……さっきはさ、戌子ちゃんに釘を刺されちゃったけれど。でも私は、その、星也くんがしたければ……」
はにかみながら、顔を赤くして言った。
「エッチ、してもいいつもりだよ」
その言葉に、爆発しそうになる。
エッチをしてもいいつもり。エッチとはつまり、本番のことで良いんだよな。
「私は、星也くんと愛しあう覚悟はできてるよ」
心臓が痛い。冷汗が泊らない。顔が熱い。
こんな緊張を僕は知らない。苦しい、けれどうれしい。
日和さんが体を許したということは、もっと親密になりたいという彼女の僕への愛情を実感する。
それと同時に、日和さんの不安も察した。僕が色んな女の人に言い寄られることに怖さをずっと感じていたのだろう。
「……日和さん」
「はい……」
けれど……
「僕は、まだ君と一線は越えられない」
エッチをしてもいい。それは彼氏として、男としてこれ以上にない言葉だ。それでも、この気分には流されていけない気がした。
「まだ、早すぎる気がして。僕は君のことをまだまだ知らないし、僕のことももっと知ってほしいと思っているし、その……」
正直なところ、エッチが怖い。大好きな人と、一線を越える。それはお互いの絆を深めるのかもしれない。けれど僕にも不安がある。覚悟が決まっていない。
身近にエッチを軽々としてしまう人が二人もいるけれど、僕からしたらそれは神聖なる儀式にも近い。だからこそ童貞らしい不安に怖気づいてしまう。
「君のことが大事だから、まだ気持ちを整える時間がほしい」
「そうだよね、君のタイミングもあるものね。ごめんね私も焦っちゃって……」
「ごめんなさい……」
僕が怖気づいたことに気がつき、優しく笑ってくれた。
「ううん、いいの気にしないで」
「いや、本当にごめん。君のことが大切だからこそ、躊躇しちゃって」
「そんなに謝らないで。それだと私がしたがってるみたいになるから」
……でも、君からその話を始めたんだぞ。
「えっと、私はお義母さんのベッドを借りるから。寝ている間に何かあったら、声を出して私を呼んでね」
「うん……」
本当に断ってしまっても良かったのだろうか。あまりにも意気地なしだったのではないか。と、少し後悔もした。
だが悩んでいるところに、彼女は顔を寄せてきて。
チュッと軽い口づけをされる。
官能的な、舌を交えるようなキスとは違う、彼女の愛情がこもったキス。
心地よくて、満足感があって、嬉しくなる。
「気にしないの。私のことを大切に思ってくれる君が、私は大好きだから。今日はおやすみなさい、星也くん」
ベッドに横たわって振り返る。
なんだか、この四日間すごいことだらけだった。
誰とも付き合ったことのないこの僕が、いろんな女の人に言い寄られたのだ。同学年のギャルの猫俣さんと、バイト先に来るお客さんの鬼頭さん。そして幼なじみの戌子と。
なによりも、高校卒業ぶりに再開した日和さんだ。日和さんとは出会って、一時間もせずに恋人になってしまった。そして今、彼女ほ我が家にお泊りしている。展開が早すぎるし、自分でもついていけなくなる。
ラバーズの戦いがこれからどんなことになっていくのか、想像もつかない。僕のことを好きな人はまだいるだろう。僕はこれからも女性に言い寄られるかもしれない。
でも、とにかく僕は日和さんの気持ちに答えられるようにしたい。
だって僕は日和さんの恋人なのだから。
僕は心の中で誓いながら、眠りに着いた。




