第33話 彼女が我が家のお風呂に入る
忍者に対する情報をある程度まとめた。と言っても今話した以上の情報はなかったが。
さて、夜も更けていい時間だ。
「戌子、そろそろ帰りなよ。明日は休まず高校行くんだろ? また阿奈さんに叱られるぞ」
戌子は今日の学校を無断で休んだため、先ほど家に一度帰ったタイミングで阿奈さんにすごく叱られたらしい。
「……お兄、明日から気をつけてね。大学で何かあったらちゃんと連絡してね」
まるで過保護な親のように心配する。
「わかったよ。ちゃんと気をつけるから」
「絶対だよ……もう、ボロボロなお兄を見たくないから」
不安そうにするものだから、ポンと頭を優しくたたいた。
「ありがとうな、そんなに心配してくれて」
「うん。それと……」
戌子は部屋を出ていく前に、日和さんに向けて強く言った。
「お兄の童貞、絶対奪わないでよ!」
「お前何言ってんの!?」
日和さんは特別反応せず笑顔で手を振っていた。
戌子が隣へ戻ると、ここからは日和さんと二人きりの時間だ。
それを意識したら、なんだかソワソワしてきた。
「……これから何する?」
「うーん。じゃあ、お風呂いただこうかな」
「お、お風呂!?」
「え、駄目だった?」
「いえいえそんなことないです、どうぞ!」
日和さんは自身の荷物を置いてある母親の部屋へ向かった。日和さんは一度自宅に帰り、お泊りのセットを用意してから戻ってきている。
日和さんが、我が家のお風呂に入る。それを思うと落ち着かない。ただ、お風呂に入るだけだ。でもそれはつまり、日和さんが我が家で裸になるということだ……
いや、反応が童貞すぎる。もっと落ち着こう。
日和さんが部屋から出てきて、お風呂場へ向かうところを見送る。
「タオルはあるものを使っていいよ」
「はーい。あ、覗かないでね」
なんてウィンクをしてお風呂場へ向かった。
この人、たまにこんなアピールするから心臓に悪い。あれは、僕と日和さんが両思いだからできるアピールだ。その特別感がたまらない。
彼女がここにしばらく泊まると言い出したときから、ずっと緊張していた。心の準備ができていないものだから抵抗したが、日和さんがどうしても泊まりたいとガンガン詰めてくるものだから、許してしまった。
時間が経って落ち着いたつもりだったが。耳を澄ますとかすかに聞こえるシャワーの音が僕のソワソワを増幅させる。
スマホでも構って、この気持ちを落ち着かせようか。
……彼女が泊っているのだ。健全な男子としては落ちつけなくて当然だ。だって、いろいろと考えてしまうだろ。
破廉恥な妄想をしてしまう。お風呂上がりにタオル一枚で出てきたら……なんて。
そんなわけで、ずっとソワソワし続けていたら時間はあっという間に過ぎていき。
「お風呂お先でーす」
と、脱衣所から日和さんが出てきた。
「早かったね」
数分しか経っていないのではないかと時計を確認するが、しかしいつの間にか二十分弱ほど経過していた。
お風呂上がりの彼女の姿はタオル一枚、なんてことはなく、キャラクターがデザインされたTシャツを着て、ジャージのズボンをはいていた。
「お次どうぞ」
「は、はい」
艶の出た髪と丸縁の眼鏡。僕の前で見せてくれたラフな姿。これもなんだか色っぽい。
そして離れているのに漂う、シャンプーやボディソープの良い匂い。
シャンプーは持参したものを使っていて、とっても濃い、良い香りがする。ボディソープは家にあるものを使っているはずなのに、近づくとすごく心地よい石鹸の匂いがした。自分で使ってもこんな匂いは残らないのに。
「どうしたの、私のことをじっと見て。もしかして、ただのお風呂上がりの姿に見惚れちゃった?」
なんて、彼女はいたずらに笑うが。
「うん、すごく素敵」
僕は素直に思ったことを伝えた。
「え、や、やだ。ノーメイクだし、やっぱそんなに見ないで」
それに照れたのか、彼女は顔をそむけてしまった。なんて可愛いらしい。
僕も次いでお風呂へ向かった。
脱衣所に入った瞬間シャンプーの匂いを感じた。女の人のお風呂終わりって、こんなに匂いが残留するものなのだろうか。
浴室へ入ると、同じ匂いがもっと色濃く残っていて、気持ちが高まる。
お湯は張っていないが、しかしかすかに残る湯気や床の水滴が彼女の使ったお湯からできているものだと思うと――
いや、それ以上を考えると我ながらだいぶ気色悪いのでやめておこう。
そんな感じで興奮を抑え、痣に染みる痛みを堪えながらシャワーを済ませた。お風呂上がりはしっかりと保湿し、薬を塗って、髪を頭皮までちゃんと乾かしてから、脱衣所を出ると。
見慣れたリビングの、一人で使っていた空間に、華があった。
日和さんはテーブルで筆記作業をしていた。分厚い本が手元にあり、それが参考書であることに、すぐに気がつく。
「課題してるの?」
「うん、レポート書いてるの」
学校指定であろう方眼紙が、柔らかい文字で埋まっていた。
片手で開く参考書には、難しそうな言葉が並んでいる。
日和さんは教育の専門学校へ通っている。小学校の先生になることが、彼女の将来の目標だ。
「介護?」
しかし、参考書を覗いてみると介護関係のことが書かれており、とても小学校教師とは近くないことを勉強しているようだ。
「うん、介護のことも勉強してるよ。先生になるには介護体験が必要なの」
「そうなんだ、そういうのも必要なんだね」
「先生は様々な生徒と関わらなくちゃいけないからね。個人を思いやる勉強をするのよ」
真面目に学習をする彼女は凛々しく、彼氏の家に来てここまで集中してカリカリとペンの音を立てている姿が、かっこよかった。
その姿勢に感化されて、僕もノートパソコンを持ってくる。そして日和さんの向かいに座り、教材たちを広げた。
「僕もやろうかな」
「星也くんはパコソンでレポート書くの?」
「うん。すぐ誤字や抜けちゃったところを訂正できるし。レポートはデータでも受け付けられているから、楽なんだよね」
「私の学校のレポートは手書きのものしか提出が許されてないから、羨ましいわ」




