第31話 彼女と幼馴染②
「それと、これからはあたしもお兄を守るから」
と戌子は不意に言う。
「守るって、お前も戦うつもりなのか」
「当たり前じゃん」
「いや、危ないし……」
「あたしは変身して戦える。でもお兄にそんな力はない。昨日みたいにボロボロになって帰ってくるか、もっとひどい目に合わされるかだよ。だから、あたしもお兄のために戦う」
やめろ、と僕に言うことはでない。
僕は弱い。日和さんと戌子よりも弱い。だから僕自体に戦うすべはない。それに、そもそも彼女である日和さんに守ってもらってる身として、ここで戌子を案じてしまうと、じゃあ日和さんはいいのか、という考えが僕の中で生まれる。
できることなら、二人とも戦ってほしくないのだけれど。
「ていうか、今までもあたし、お兄をほかのラバーズから守ってきたつもりだし」
「ほかのラバーズ?」
「そう、忍者のような見た目をした女」
「に、忍者?」
忍者のラバーズ。また新しい人が出てきた。
「戌子ちゃんはその人とは戦ったの?」
「戦ってはない。でも、深夜によくこのマンションの周りにいる、というかそこのベランダにいることもあった」
と、戌子は普段から洗濯物を干すときに使っているベランダを指さした。
「マジで? 家来てる人いるの!?」
衝撃的な事実に戦慄する。今まで僕の知らないところで、忍者がストーカーしていたのか。
「家の中には多分入ってきてはいない。家の中からはそいつの臭いがしないから。でも、いつ侵入されてもおかしくないし、何をしてくるかも分からない。話しかけても何もしゃべらないし、何を考えてるのかも分からない。だから、あたしは毎晩そいつのことを警戒していた」
だから寝不足の日があったのか。
「そいつがいた日は、あたしは変身して、隣のベランダから威嚇してた。そうしたら大体引いてくれたから。それに、最近はあたしが警戒してたからか、来なくなったよ」
「とはいえ、ここも安全ではないのね」
怖ろしい。ここはマンションでも四階にあるというのに、ラバーズなら容易にベランダに入ってこれる。戌子が気にしてくれなかったら、どんなことをされていたのか。
「……でも、昨日そいつと初めて会話した。向こうが話しかけてきたから」
何も話してこなかった忍者が、いきなり話しかけてきた?
「リビングの窓の向こうから話しかけてきて。なんでも、拙者の話を聞いてほしいと、聞いてくれたらもうここに忍び込むようなことはしないって、言ってきて」
「拙者?」
「キャラ作ってるのね」
「で、耳を傾けたら。日和さんとお兄の、高校時代の出来事を教えられたの」
そうか。だから戌子はあの出来事を知っていたのか。
「話を聞いたとたん、あたしは日和さんに対して頭にきた。その忍者には日和さんの電話番号も教えてもらったから、今朝、呼び出したの。お兄のことが大切なら、あたしに会いに来いって」
「ごめんなさい星也くん。私は戌子ちゃんと話をするつもりだったのだけれど。会話だけには収まらなくなってしまって」
「それは過ぎたことだからいいけれど。それ以上にその忍者が日和さんの個人情報も得てることが心配だ」
電話番号を知っていたとすれば、そうとう僕らのことを知っている相手とみる。
「それだけ、その忍者はあたしたちのことを調べたのかしら。それとも、もともと知っている人だったりするのかしら」
「後者だったら、高校時代の知り合いの可能性もあるのか」
でも、あの件を知ってるのは、僕の高校の知り合いだと三人しかいないぞ。賢と、賢の彼女の遥香と、そして部活動の仲が良かった後輩。そいつとは今でもたまに遊ぶ仲ではあるが、しかしそいつは男だし。
いや、まだいたな。拓志という因縁の男、その事件の当人の一人が。
「知り合いがほかの人に話してれば、まあ知っていてもおかしくはないわね」
たしかに、四人の内の誰かが他言すれば、他の人が知っている可能性もあるが。
「何にしても、その忍者がもう来ないなんて確証はないわよね」
「そうだよ、普通に嘘をついている可能性もある。でも、心配しなくても大丈夫だよ。これまで通り、あたしは警戒しておくから」
何やら余裕そうな表情を見せる戌子。
「それに、何かあればあたしが駆けつけられるからね。合鍵を持ってる立場として」
と、どうやら日和さんにマウントを取ったようで、ドヤ顔をキメている。
「なんなら、しばらく泊まってもいいんだよ」
「いやお前は真隣に住んでるし、合鍵ですぐに来れるんだから、泊まる必要はないだろ。というか、よく僕のベッドに忍び込んで寝てるじゃないか。今さら泊まるような感覚もない」
それに、その忍者よりも、今のこいつの方が危ない気がするし、いろいろと。
「……戌子ちゃん、今までそんなことしてたの」
「そりゃ、幼馴染で、兄妹なんだから。普通に、ベッドに入り込むくらいするよ」
「ふ、普通はしないんじゃないかな……」
と、さっきからマウントを取られまくっているからか、日和さんの顔に苛立ちが見えた。
そして、何やら一人でうーんと唸ると。
「……決めたわ」
「決めた?」
日和さんは何かを決心したように、紅茶を飲み干してから口にした。
「私、しばらくここに泊まることにするわ」




