第30話 彼女と幼馴染
「おい、いつまでくっつくんだよ」
戌子に抱きつかれてからもう五分は経過している。しかし戌子は一向に僕から離れようとせず、ずっと僕の首元の匂いをスーハースーハーしていた。
「だって、お兄の匂いを嗅いでると安心するんだもん」
「いや、いい加減熱くなってきたから」
「そのまま火照って汗かいてよ。お兄の汗の匂いも堪能したい」
なんて、まるで吹っ切れたのか、自分の欲望に正直になってしまっている。
「……そういえば、お前」
「んー、なに」
匂いといえばで、思い出したことがある。
「僕のパンツはどうした?」
「……なんのことでしょう」
と、戌子は顔を合わせづらいのかそっぽを向いた。
「いや、お前盗ったんだろ僕のパンツ」
と、抱きつかれてることをいいことに僕は顔を見合わせて問いただす。
「……だって、死んでもいいつもりだったんだよ、日和さんとの決闘」
そういえばさっきの戦いは決闘だったのか。
「だから、冥土の土産になるように、盗りました……」
「返してくれ」
流石に一晩履いたパンツが盗られるのは恥ずかしい。
「いやだ。もう盗ったんだから、あたしの宝物にするの」
「パンツは一線越えてないか?」
「別に、本番じゃなければ何してもいいでしょ」
「いやよくねーよ。どこまでする気だったんだよ」
「どこまでって、ペロペロくらいはしたいけれど」
「ペロペロって……」
ペロペロ。この単語を聞いて、昨晩見た夢を思い出した。戌子に身体中を舐られた記憶だ。
「……お前それ、もしかして昨日の夜もしてなかったか?」
「……してない」
またバツが悪そうにそっぽを向く。
「夢じゃないよな、アレ」
「夢ですよ」
「いや、夢にしてはリアルすぎる」
「そんな夢だってあるよ」
と、認めようとはしない。
「……まあ、夢ということにしておくから、もう離れてくれ。いつまでも日和さんをリビングに待たせてるわけにはいかないし」
「……今はあたしのことを考えてほしーな。せっかくあたしらいい感じなのに」
いい感じなのか? 一方的にベタベタされてる気がするが。
「ずっと抱きつかれるのもだるくなってきたって」
「いやだ、離れたくない!」
と、駄々をこねる。
「頼むって、今日まだ一回もトイレに行ってないんだよ」
「お兄のなら、汚されてもいいよ」
「よくねーよ!」
もう吹っ切れすぎてただの変態になっていないか。
「いい加減怒るぞ」
僕は無理矢理戌子を押して剥がそうとするも。
戌子は意地になって、僕の後ろで手を組んでいるのかしっかりホールドされてしまい、離れそうにない。
「お兄……」
と、必死に引き剥がそうとする僕の頬に、戌子は顔を近づけてきて……
ペロッと一舐めされた。
「な、なにすんだよ!」
「今なら舐め放題だもの」
と、また物欲しそうな犬のように舌を出して、舐めようとしてくる。
「舐めるのはライン越えだ!」
「そんなの前もって聞いてないもん。ずるいから無効だ!」
と続けて、もはやただの犬のように舐めてくる。
「や、やめろー!!」
僕が拒否の声をあげると。
「どうしたの星也くん!」
僕の声を聞きつけて、日和さんが部屋に駆け寄ってきた。
そして今の光景を見て。
「っ!?」
空気を飲んだ刹那。
日和さんはこちらへ走り寄り、僕に抱きつく戌子の襟をつかんで、思い切り引っ張った。
「グエッ!?」
僕が戌子の胴体を押していたこともあり、二人がかりの力で戌子は引き剥がされた。
ドテッと戌子はベッドの上に倒れ込む。
「の、喉が……」
襟が引っ張られたことにより喉が締め付けられたため、戌子は苦しそうにしていた。
「大丈夫星也くん?」
僕を案ずるように日和さんは舐められた頬を撫でてくるが。
そんな日和さんを、戌子は嫉妬の目で睨みつけていた。
◇◇◇
飲み物を入れたマグカップを三つ用意した。一つはミルク、一つは砂糖入りの紅茶、一つはインスタントのブラックコーヒー。どれもアイスで作っている。
我が家のリビングには丸形のローテーブルを置いている。壁際にテレビ、向かいにはソファ、その間にテーブルがある。
僕ら三人はそのテーブルを囲んで、大事な話をした。
「腕を傷つけてしまって、申し訳ございませんでした」
戌子は謝罪をしっかりと行って、日和さんも「大丈夫だよ」とそれを認めていた。
「それはいいけれど、さあ……」
だが日和さんは不満な様子で、テーブルの向かい側から僕……の真隣に居座る戌子を見つめた。
「距離近すぎないかな?」
「そりゃあたし達は兄妹みたいなものなんだもん。これくらいくっついてもおかしくないの」
戌子は日和さんを煽るように、僕にしなだれかかってくる。
「ねー、お兄」
「いやベタベタしすぎだぞ」
「んー、じゃあ彼女さんのいないとこで、またイチャイチャしようね」
なんて調子に乗って、僕の頬に唇を寄せてきて……
カッ――
その瞬間、日和さんから紫色の閃光が発した。
そして光をまとったそれは、ブオッと風を斬りながら僕の頬すれすれを通り、戌子との間に入り込む。
「……やめなさい」
怒りに満ちた日和さんの声に慄く。
日和さんは姿を変えずに剣だけ発生させ、僕ら二人の間に突き刺したのだ。
「あはは、冗談だって……」
と、戌子は不満そうに僕から離れ。
「星也くんも、甘やかしすぎ」
と、怒られてしまった。
「す、すいません」
僕が謝ると、日和さんは剣を消して座りなおす。
そして紅茶を飲んで、落ち着いたところで。
「……日和さん」
戌子は切り出した。
「お兄が日和さんと付き合ってること、認めるよ。でも、日和さんのことはまだ認めてない」
言葉には力が入っている。しかし、喧嘩腰というわけではない。
「それにあたしだってお兄をあきらめてない。だから、あたしはお兄を何としても振り向かせる。あんたよりもあたしの方がいいって思わせる。もちろん、ラバーズの力で戦ってあんたから奪っても、性的な方法で既成事実を作っても、それじゃお兄の気持ちは振り向いてくれない。だから正々堂々、あたし自身のアプローチで、お兄をあんた以上に惚れさせるから!」
それは宣戦布告というのか、しかし暴力的ではない強気な戌子の意思表明。
対して日和さんは特に動揺も見せず、いつものようにおちついて凛とした様子だった。
「戌子ちゃん。君が星也くんと過ごした時間は私なんかよりも膨大で、かけがえのないもだと思うわ。長い時間を彼と過ごしているから、思い出の数には負けちゃう。でもね……」
日和さんの目つきが鋭くなる。
「私の気持ちは負けないわ。私も、星也くんが大好きなのだから」
そして、僕が恥ずかしくなるようなことを平然と言ってしまう。
少しだけ微笑むように見つめあう二人。まるでライバル的な関係性にでも落ち着いたのだろうか。




