第27話 犬の遠吠え
目を覚ますと、隣に戌子の姿はなかった。
スマホで時刻を確認する。ただ今の時刻は朝九時。
月曜日、今日は大学のある日だ。
じゃあ、遅刻じゃないか!?
今週は一限目からの予定だったのに。
いけない、と急いで、僕はベットから飛び上がる。
戌子は先に起きて学校に行ってしまったのか。起こしてくれてもよかったのに。
そういえば日和さんに、おはようの連絡を返さないと。
僕は着替えながらメッセージアプリを開いた。
「あれ?」
ズボンを脱いだタイミングで気が付いた。
パンツがない。僕の履いていた黒色無地のパンツが消えている。
「な、なぜ?」
このとき、昨晩の夢を思い出した。戌子が、僕の匂いを堪能していた夢。
まさか、な……
そんなことを考えながら日和さんとのやり取りを開く。
『おはよう。怪我の具合は大丈夫?』
先に日和さんから送られてきていたメッセージに、「おはよう。あまり痛みは感じないよ」と返した。
さて、急いで学校に向かわなくてはいけない。
髪型のセットと朝ご飯を済ませて、バスに乗らなくてはいけない。もう一限目の講義には出られないけれど、次の講義には間に合うだろうか。
と、朝の支度をしながらスマホを覗いていると。
日和さんとお互いの位置情報を把握するためにダウンロードしたGPSのアプリ。その通知のマークがタスクバーに表示されていた。
僕はそれを開いてみると、「位置報が共有されました」と、日和さんの居場所がマップ上に表示される。
日和さんが自分の居場所を通知したのだ。
いったい何なのだろう、と確認すると。
「は?」
彼女のいる場所に声を出して驚いた。
日和さんは、なぜかここから近くにいる。
場所は、国道の真ん中? いや、国道の下に通っている短いトンネルだ。
なんでこんなところに日和さんがいるのだろう。
「……まさか」
でも、わざわざ位置情報を共有してきたのだ。このアプリは別に、いつ何時でも開けば相手の居場所が分かるのだが、共有したということは、ここにいるということを僕に知らせたかったのかもしれない。
胸騒ぎがする。
嫌な予感がする。
「行かなきゃ」
僕は支度の手を止めて、家を飛び出した。
◇◇◇
すぐに自宅を飛び出し、坂だらけの住宅街をかけ上がる。
空は曇り、生暖かい風が素肌にあたる。息がすぐに上がり、速攻汗ばんでしまうが、休んでいる暇はない。
日和さんはおそらく戦っているだろう。いや、確実に戦っている。だって、あんな人の気のなさそうな、用事のなさそうなところにいるのはおかしい。おかしすぎる。
じゃあ、誰と戦っているのだ。
そこで思い浮かんだのは。
戌子――
家から近い場所だから、という理由だけで考えるには安易だが、しかし昨日の夜のやり取りを思い返せば、そのような気がしてならない。
とにかく、急いでそこに行かくては。
彼女たちをを止めなくちゃいけない。僕はあの二人に戦ってほしくない。大切な二人に殺し合いをしてほしくない。
五分ほど走り続け、何とかトンネルの手前辺りまでたどり着いた。
足を緩めて、両膝に両手をついて、やっと息を少し整のえた。
国道の下を通る、短いトンネル。横幅は狭く、車のすれ違いはできないほど。入り口の真上には三メートル制限の標識が付いている。
外から見ると、トンネルの中は暗闇になっているようだ。
あそこに、二人がいるのか。
トンネルから強い風が流れ出てくる。周りの木や草は揺れていない。まるでトンネルの中から風が発生しているみたいだ。
「なんで!!」
聞きなじみのある怒鳴り声が反響して聞こえてきた。
「こ、この声は……」
戌子の声だ。やっぱり、戌子と日和さんがそこにいる。
焦り、僕はすぐにトンネル内へ入る。
そして、そこで見た光景は――
夏用の学生服を着た戌子が、鎧姿の日和さんを壁に押し付けていた。
日和さんは剣を握っている。
しかし戌子の、ブラウン色の毛を生やした両手は、その剣を日和さんの胴体に押し込むるようにして、壁へ押しつけていた。
戌子のスカートから出る両足も、獣のようなブラウン色の毛を生やし、足裏を地面に踏ん張るようにくっつけている。
鼻が黒くなっている。頭から三角の耳を生やしている。そしてモフモフの尻尾を腰から垂らしている。
その戌子の姿は、まさに犬のようで。
猫俣さんの犬バージョン。ファンタジー作品に出てくる、犬獣人を思い起こす。
「なんで、本気を出さない! なんで本気で殺り合わない!」
戌子は威嚇するように声を荒げている。
「戌子ちゃん。私は君と戦いたくない。私は……」
「だから……」
言いかけたところで、黒い鼻を動かし、クンクンと匂いを嗅ぐ仕草をした。
そしてこちら側、トンネルの入り口に戌子は顔を向ける。
「お兄……」
戌子の驚く表情。
「なんでいるの。まさかあんた、お兄に居場所を教えたのか!」
「ち、違う戌子。スマホのGPSのアプリで位置情報を共有してるから、今どこにいるのかなって確認したら、なぜかここにいて」
本当は日和さんから知らされたのだけれど。
「お兄には見られたくなかったな……フンッ!!」
戌子は日和さんを壁に引きずるようにしながらトンネル内の向こう側へ投げた。日和さんは転がりながらも立ち上がり体制を整える。
「もう、ここまで来たら、引き返せない……」
戌子は両手を地面につけ、お尻をこちらに向ける。中のスパッツが見えているが気にせず、腰辺りから出る尻尾をピンッと張った。
ガルルルと喉を鳴らす。
本気の威嚇をしている。
「や、やめろ戌子」
僕はそこへ駆け寄ろうとしたが。
「来るな!!」
目つきを鋭くし、牙を見せた厳しい表情をこちらに向けた。それはまさに猛犬のようで。その威圧に足がすくんでしまった。
とても、僕が知っている戌子とは違う印象。本当に殺り合おうとしている雰囲気。覚悟の決まった目。
「喉元を噛みちぎってやる!」




