第26話 夜這いをしてくる妹のような幼馴染
「ねえ、お兄、くっついていい?」
と、僕が良いか駄目かを言うよりも前に背中にくっついてきた。
戌子のぬくもりを背中で感じる。
「熱いからやだ」
「は? またギャン泣くよ。キャンキャン泣いてやるよ?」
「どんな脅しだよ」
どうやら元気は戻ったようだ。
「ねえお兄、くっつくのがだめならこっち向いてよ」
「それもちょっと」
「今更じゃん。さんざんこれまで顔を見合わせて寝てきたのに」
「それはお前が勝手にしてきただけじゃないか」
「いいからこっち向いて」
ちょっと強めに言われ、僕は仕方なく体の向きを反転させた。そこには自分の腕を枕にした戌子が、恥ずかしそうな表情でこちらを見つめていた。
電球は白色の小玉だが、薄暗い中で戌子の表情はよく見える。
「枕は?」
「だから、独り占めは嫌だって」
「使ってもいいのに」
「あたしが嫌だ」
「ああ、臭いから?」
「臭くない、むしろ良い匂い」
「ええ……」
「引くな」
顔が近い。わざわざベッドの端に寄ったのに、それでも甘い吐息がかかる。
こいつ、こんなに可愛かったっけ。意識するほど、見え方が変わってくる。
変な気持ちになる。僕は今まで戌子のことは、お転婆な妹のように思っていたはずだ。女性としては意識していなかったつもりだった。なのに、急にこんなに可愛く見えてしまった。
いや、別に戌子は昔から可愛かった。でもそれを再認識して、ドキドキしてしまう。
暗い部屋に光る戌子の丸い瞳は、こちらをジッと見つめる。愛おしそうに、恥ずかしそうにしながら。
「お兄、あんまり見ないで……」
「なんだよ、こっち向けって言ったのはお前だろ」
「うっさい……」
照れ隠しで、手で顔を隠す。その様子が愛らしい。
僕は目を閉じた。このまま見つめては気持ちが落ち着かない。
「……なあ、戌子」
「……なに?」
「お前、ラバーズってことは、もらったのか? メシアとかいう男に、宝石を」
「うん。もらったし、いろいろ話も聞いた」
「あのうさん臭い話を信じたのか?」
「信じたよ。だって、ためしにお兄のことを想って宝石を握ったら、変身したから。変身できたからには、とりあえず信じるべきだと思った」
変身してしまったのか。
「そうか。……じゃあ、戦わなくちゃいけないって、わかってるんだよな」
「わかってるよ……」
「あのさ、僕は、お前に戦ってほしくはないのだけれど」
「心配してくれるの?」
「そりゃするよ、というか、殺し合いなんて誰にもしてほしくない」
「……でも、あたしたちが何もしなかったら、世界は滅んじゃうんだよね」
戌子もすべてかどうかはわからないが説明はされている。だから、状況をわかっている。
「僕は、できることなら、殺し合わない解決策を探したいんだよ。それに、まだ世界が滅ぶなんて、わからないし」
「でも、その時になってからじゃあ、もう遅いんだよ……」
それはそうなんだけれど、でも……
「でも、お兄が殺し合いをしてほしくないって言うなら、あたしはしない。あたしは、お兄が嫌がることをしたくないから」
「ありがとう……」
「でも、あたしが約束を守らなかったら……」
「守らなかったら?」
「……やっぱり何でもない」
なんだか、その言葉の続きをちゃんと聞かないといけない気がした。
しかし、僕は疲れに飲み込まれてしまい、そのまま眠りについてしまった。
◇◇◇
「お兄……お兄……」
闇の中で、甘く呼びかけられる。
やわらかくて、生暖かくて、ねっとりとしたものが、鎖骨のあたりから喉元を伝っている。そしてそれは首筋から、耳元までのぼってきて。
グチュッ……グチュッ……
左耳の中で水音を立ててうごめく。そこには熱い空気が混ざり、「ハァ、ハァ……」と荒い息遣いが、気持ちいい。
戌子の匂いがする。けれど、ミルクっぽい柔らかい匂いの中に、どこか官能的な匂いが混ざっている。
暗闇の中ですぐに気が付いた。戌子に首を舐められていた。耳を舐められている。
寝ているところを襲われている!!
な、何もしないって、襲ったりしないって言っていたじゃないか。
「お兄、しょっぱい……」
ぺろぺろと、それはまるで動物が愛情を表現するように耳を舐め続ける。
意識は覚醒しているが、目を開けられない。ここで起きていることがバレると、なんだか気まずくて。
しかし、これはさすがにやめるように言った方がいいだろうか。
「お兄、あたしはいやだよ。お兄があたし以外のものになるなんていやだよ」
小声が熱い。くすぐったくて、背筋がゾクゾクする。
「お兄の匂い、好き」
スウーと、耳元の匂いを吸い込まれた。すると、そこから少し移動して、胸元に顔をくっつけて、続けて匂いを吸い込んでくる。
「お兄の匂いが汗と混ざって、最っ高のフェロモンになって、お腹の奥がジンジンする」
囁くように、ものすごいことをつぶやく。
服がめくられる感覚。お腹の痣があるところを指で、優しくさすった。
「本当にひどい。お兄はあたしのものなのに、傷跡なんてつけやがって。上塗りマーキングしてやる。あたしの匂いをお兄にくっつけて、あたしのものだって主張してやる」
そして触っていた部分に、生暖かいそれ、舌がくっついた。
ゆっくりと、上下に、まるでキャンディを舐めるように、舌が動く。
くすぐったくて、ゾワゾワする、変な感覚。でも気持ち良くて、足がピクピクする。
獣っぽいけれど、心に来る匂い。それが僕の気分を昂らせようとする。
「えへ、おいひい、お兄おいひいよ」
それは戌子からは聞いたことのない、変態的にとろけた声。
「お兄、好き。美味しいくて好き。いい匂いで好き。優しくて、大好き」
そう呟きながら、お腹のあちらこちらを舐めて、舐めて、舐めて。
そして……
ズボンに手をかけられて……
「ゴクリ……」
大きな生唾を飲み込む音。
……それ以上は、ダメだ。
「えへへ、お兄の、匂いの濃いところを……」
「や、やめて……」
それ以上はいけない。
それをはっきりと認識して、僕は拒否をした。
「え、な、なんで……」
ゆっくりと目を見開くと、仰向けになる僕の隣で、戌子は驚いたような表情をして、こちらを覗く。
「い、戌子……」
ちゃんと否定しなければいけない。僕は日和さん以外に体を許せない。
「……夢だよ」
「え?」
「これは夢だよ、お兄」
なんて言って、顔を近づけてくる。
「ゆ、夢?」
「うん、夢なの」
なんて今の状況に無理のある言い訳をしながら……
チュッ……
「ん!?」
つやつやな唇を、重ねてきた。
キスをされてしまった。
優しいキスだ。
途端に、瞼が重くなり、頭がボーっとしてくる。
「ごめんなさい、お兄。お休み」
その表情は、なぜか悲しそうだった。
「い、戌子……」
僕は戌子の方へ手を伸ばすも、すぐに意識が遠のいてしまった。




