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第18話 汗の匂いを押し付けるお姉さん

 告白だ。告白をされてしまった。なんならプロポーズである。

 じゃあこの人は、僕のことが……好き!?

 

 ということは、もしやラバーズなのか?


「この間、彼女いないって言ってただろ?」


 確かに、雑談の中でそんなことを言った気がする。


「その、自分で言うのもなんだが、男勝りなとこもあるかも知れねーけど、でも胸も尻も大きくて、良いだろ?」


 確かに、ヒップラインもブラから強調される谷間も良いし、太ももの太さも際立つが。


「腹筋も、悪いもんじゃねーだろ? さっきもじろじろ見てたし、結構良いだろ? それに、オレ昔は結構男にモテてたんだぞ。どうだ? オレ、結構優良物件じゃねーか?」


 不器用で、必死さを感じるアピールだ。そんなところを、正直にかわいいと思ってしまうが。


 女の人に告白をされてしまった。それも、ただ、バイト先にお客さんとして来てくださるだけの人、ただの店員とお客さんというだけの関係の人に。


「というか、本当はお前もオレのこと好きだろ?」

「えっと、何を言って?」

「とぼけなくていい。いつも仕事終わりにコンビニに寄れば、オレのことを労わってくれて、気遣ってくれただろ」


 そ、そりゃ労わりはするけれど。


「目つきの悪いようなオレに、怖がられるオレに、お前は毎回優しく話しかけてくれたよな。それだけのことが本当にうれしくて、冷めた心がお前と話すたびに温かくなるって実感してさ」


 この人、僕とコンビニで会うだけのことにそれだけの感情を持ったのか。


「オレはさあ、お前にお帰りって言ってほしいんだ。オレのことを、優しく慰めてしてほしい。オレの寂しさを癒してほしい。その代わりに、オレはお前のしたいことを何でもさせてやる!」

「な、何でも?」 

「ああ、何でもだ。男子大学生の抱く劣情、何でも受け止めてやる。どんなプレイでも受け入れてやる。どうだ、なあ!!」


 鬼気迫る表情だ。告白をしてきた割には威圧的な聞き方に、怖いと思う。

 僕が気を使ったことで、僕のことを好きになってしまったよう? なのだが。


 でも、正直、悪くないなと思ってしまった。大人な女性に、男勝りなかっこいい女の人に、告白をされて。男心としては、嬉しいのだけれど。


 それでも……


 僕は肩をつかむ鬼頭さんの腕を下ろすと、ベンチから立ち上がった。

 そして……


「ごめんなさい!」


 大きく頭を下げて、その想いを断った。


「僕、今は彼女がいるので、ごめんなさい」


 そう、僕には日和さんがいるから、付き合えない。


「え? うそ、だってつい二週間前は、彼女いねーって言ってたじゃんか」

「その、つい一昨日にできました」

「は? そんな……ほんの二日前に……」


 大きくショックを受けたのか。たじろぎ、頭を抱え、後ろずさる。


 目をうつろにして、口を震わせていた。


「なんで……なんで……」

「その、ごめんなさい……」


 鬼頭さんは目を赤くし、涙を流していた。


「お前は……オレの心の支えだったのに」


 それだけ、日々のストレスに追い込まれていたのか。それだけ、生きることをつらく思ていたのか。


 心が苦しくなってしまう。でも、ここであきらめてもらわなくてはいけない。

 それは鬼頭さんためでもある。僕は鬼頭さんとは付き合えないんだ。


 それにもし、この人がラバーズだったとしても、宝石の能力を使わせなければいい。ちゃんと話し合って、認めてもらえばいい。そうすれば、一昨日のような戦いに発展することは、日和さんに苦労をかけさせることはない。


「でも、僕でよければ、これからも話し相手にはなります。むしろ、話し相手しかできないけれど、でも困ったことがあったら言ってください。僕は鬼頭さんの力に……」

「……いやだ!」


 え?


「いやだ、オレは認めねえ!」


 認めない、なんて言われても。


「僕はあなたとは付き合えないんです。だから、本当、ごめんな……」


 ガシッ!!


 一瞬にして、鬼頭さんは僕をベンチに押し付け、座らせられた。

 

「な、なにを!?」 

  

 驚くその刹那――


 視界が柔らかいものに覆われた。

 

 ギュッ!!


「んん!?」


 胸だ。胸を押しつけられている!

 僕は抱きつかれてしまった。それも、僕の頭を抱えるように、力強く。


「は、離して……うっ」


 さらにきつく抱きしめられる。

 顔に感じるとにかく柔らかい感触。そこから香る制汗剤のレモンと、ヤニと、そして汗の匂い。肌に、ブラに染みつく汗の匂い、それが僕の頭の中に侵入して、脳の機能を止めようとする。

 臭い、というのとも違う不思議な匂い。汗の匂いではあるけれど、なんだか刺激される。華やかな匂いのなかにツンとしたものがあり、でも心が刺激される。

 これは、フェロモンによるものなのだろうか。


 頭がボーっとしてきて、とたんに身体へビクビクと震えるような快感が押し寄せる。


 力強い抱擁は、僕の呼吸を制御する。離れようにもびくともしない、鍛えられた力強さ。無理をして息を吸えば、そのフェロモンが強制的に脳を犯しにくる。


「オレと付き合うって言うまで、オレに堕ちるまで離してやんないからな」


 なんて、意地悪なことを言う。


「む、むみでむ!」


 無理です、となんとか口に出すが。


「きゃっ、くすぐったい」


 女の子っぽい声で恥ずかしがりながら、さらに締め付けられる。


「うぐぐぐ……」

「どうだ? 女の胸を押しつける感覚は。こんなこと、彼女にはしてもらえねーだろ?」


 この人、女の武器を使って僕を堕とそうとしている。


 というか、もう息を吸い込むこともできないほどに胸を押し付けられる。


 もがく。普通に苦しくてもがく。

 本気で息ができない。もう、口と鼻から何も入ってこない。


 力強くお腹を押すが、その固い腹筋はびくともしない。


「ばばじで!」


 これだと、鬼頭さんに堕ちる前に、鬼頭さんに落とされてしまう。窒息してしまう。


「だから、付き合うって言うまで離さないって」

「むごごっ」

「ああ、これじゃどっちみち答えられないか」

 と、やっと頭を離してくれた。


 その瞬間に、僕は大きく息を吸ってのけぞるが。


「うわっ!」


 そのまま、ベンチには背もたれがないから、背中からレンガの地面にドテッと落ちてしまった。


「痛い……」

 

 すぐに起き上がって背中を痛がるが、そんなことは気にせず鬼頭さんはベンチをまたいで、こちらに近づいてくる。


 やばい。

 

 僕はすぐさま走り去ろうとするも。


「逃げるな!」


 腕をつかまれ、力強く引っ張られた。


「は、離して!」

「離さねーよ!」


 僕の片腕を痛いほどに握りしめる。すごい握力だ。


「今度は、こっちなんてどうだ?」


 そして今度は、パーカーを脱ぎ捨てて、ブラと短パンだけの状態になり……

 


 腋だ。

 すべすべの腋を見せつけられられた。



「な、何をしようと……」

「好きだろ? 男って、女の腋の匂い」

「し、知りませんよ!」

「じゃあ、今から知れ!」

「なぜ!?」


 と謎に強要して、脇を押しつけてこようとする。

 こんなの、この人がそういう性癖を持っているだけだろ!


 ぶっちゃけ、運動した後の女性の腋の匂いなんて、童貞の男としては興味しかない。本心としては嗅ぎたいに決まっているじゃないか。胸元の汗のニオイだってすごくそそったというのに。


 スケベ心が沸いてしまうが。けれど、ここでこんな変態的な誘惑に負けるわけがない。


「や、やめてください!」


 近づく腋を無理やり押し退けた。つかむ腕も、乱暴だがもう片手でたたいて引きはがした。


 この人は僕のことが好き、つまりラバーズかもしれないというのに、このままここにいるのはまずい。

 だから今度こそ逃げようとするも。


「何すんじゃ!!」


 ガシッと思い切り髪をつかまれた。


「うっ!」


 痛い!

 頭皮が乱暴に引っ張られる。


「髪つかめば、無理に逃げることはできねーよな」


 な、なんてひどいことをしてくるんだ。 


 低い声で、威圧的で、怖い。


「な、なんでこんなことを!? 匂い責めとか特殊過ぎるし、こんな痛いことも……」

「誘惑に決まってんだろ」


 なんて暴力的な誘惑だ。


「さあ、言え、オレと付き合うって。今付き合ってるやつと別れて、オレのものになるって、言え!」


 髪を引っ張られ、顔の前に近づけて、恫喝される。

 血走った目を大きく見開いて覗き込む。

 まるで、般若の様だ。


「言わねーと、今度は匂いの誘惑じゃねえ。ぐーで殴るからな」


 すると次は拳をかまえて訴えかけてくる。


 もうそんなの、愛とか関係ない、恐怖の支配ではないか。


「い、いやだ、そんなこと言われても、僕は答えられない」


 それに、好きだという相手に対して、そんな暴挙に出ることはさすがにないだろ。


 そう認識して、僕は拒否の姿勢を続ける。

 でも――


「どうしても、オレのものにはなってくれねーと?」

「ええ、そうです。絶対に、僕は彼女と別れません。僕は、あなたのものにはなれません!」

「そっか。じゃあしゃーねぇ」


 鬼頭さんが髪から手を離した瞬間。


「オラッ!」

「――!?」


 僕のみぞおちに、重たい一発が入った。

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