第17話 お酒とタバコの似合うお姉さん
外の空気は程よく涼しくて快適だ。雲はなく、上弦というにはまだ足りない月が綺麗に夜空で輝いている。
コンビニから歩いて五分くらいのところに、少し広めの公園がある。すぐ横を電車が走るこの場所は、土手を挟んで少し大きな川が流れている。そして五十メートルを走ることができる広さのグラウンド、他にはちょっと難易度の高いアスレチック遊具や、屋根付きの柵の中に展示されている機関車が設置されている。
遊歩道は並木に覆われており、春には桜のトンネルが出来上がるため、毎年散歩しに来ている。
グラウンドの隣には野外ステージがある。床がレンガになっており、灯りは少なくちょっと暗い。ステージ上には背もたれのない木製のベンチが複数置かれている。
他の明るい場所にもベンチはたくさんあるが、わざわざそのうちの一つに鬼頭さんは腰を下ろした。僕はその隣に少し距離を置いて座ったが、「もっと近くに寄りなよ」と距離を詰めてきた。
制汗剤の柑橘系の匂いがする。けれど、その奥から彼女に染みついたタバコの匂いが漂う。大人な苦い香りだ。
目のやり場に困ってしまう。真隣にある、大きな胸、ベンチにつぶされるお尻、割れた腹筋。
良いな……
「お酒は飲める?」
ビニール袋からストロング缶を取り出して差し出してきた。
「ちょっと度数が高いので……」
「そっか、じゃあ」
と言って度数が低い缶チューハイを取り出した。
そういえばレジで精算していたとき、珍しく今日は度数の低いお酒を飲むんだなと思ったけれど、このために用意していたのか。
「遠慮せず飲んで。付き合ってもらうお礼だから」
「じゃあ、いただきます」
正直お酒は得意ではないけれど、まあいいか。この間のサワーに比べたら多分大丈夫だろう。
二人でプシュッと鳴らすと、「カンパーイ」なんて缶を合わせて、二ゴクゴクと音を立てて喉に流しこむ。
「プハ~生き返る!」
そして鬼頭さんはタバコを取り出して、火をつけては「ハア~」と気持ちよさそうに煙を吐いた。
「こんな良いもの吸わねーなんて、勿体ねーぞ」
「タバコって、そんなに良いものですか?」
「ああ、肺が汚れていく感覚がたまんねーんだ」
「そ、そうなんですか」
僕にはわからない感覚だ。
「タバコを吸ってみたことは一度もないですけれど、でも煙を吸う感覚は自分には合わないような気がして」
なんて言うと、鬼頭さんはおもむろにこっちを向いて、煙草を大きく吸って。
そして――
プハ~、と大量の煙をこちらに吹っ掛けた。
鼻を伝い、喉に大量の煙が入ってくる。それに身体が拒絶反応を起こしてしまう。
「ゴホッゴホッ!」
そして大きく咳込んでしまう。
頭の中まで煙が犯すような感覚だ。アルコールも回って、なんだかくらくらする。
一瞬身体がフワッとして、倒れそうになってしまった。
「ああ、悪い。ダイジョブか?」
けれど鬼頭さんがサッと手を差し伸べて支えてくれて、僕は正気に戻った
「は、はいなんとか」
その時の僕を覗く顔があまりにも強くて、思わずドキドキしてしまう。
「ちょっと刺激が強かったか」
ポケット灰皿を取り出すと、灰をそこに捨てる。そして食っていいぞと、鬼頭さんはスティックポテトを二人の間に置いた。
と、そのままこちらに手を伸ばして。
「ひゃっ!?」
お尻を撫でられた。
「な、何するんですか!?」
急なセクハラだ。
「ああ、冗談だ、気にしないでくれ」
冗談って、そんなこと言われても。
確かに僕のお尻を触ったところで儲けものにはならないだろうが、初めて女の人にお尻を触られたのだ、ちょっと驚いた。
座っていたため、お尻の上の方を横に撫でるように、優しく触られた。とてもゾワゾワっとした。
それから少し、ポテトをつまみながら、静かにタバコを吸う鬼頭さんを眺めていた。夜の闇の中、わずかな光に当たりながら煙を吐く彼女は、あまりにかっこよくて、美しくて、見とれてしまう。
そしてタバコが結構短くなったところで。
「で、本題なんだが」
「あ、はい」
本題に入る。
それは鬼頭さんの悩み事だ。正直僕なんかが大人の悩みを聞いてなにになるのかはわからないが、それでも聞くことで鬼頭さんの助けになるのであれば、ちゃんと聞いてあげたい。
僕は副流煙をしながら話に耳を傾ける。
「その、実はな、知っての通りオレって週六回、朝から晩まで仕事をしてるだろ?」
「はい、本当ご苦労様で」
「で、まあ、最近は特に、オレって何をしているのだろうって、思う日があってな」
鬼頭さんは吸い切ったタバコを灰皿に捨てる。
「休日が一日しかなければ自分の時間も全然とれねーし、だから趣味が消えていって。それに、ダチと遊ぶ時間もなければ、彼氏を作る余裕すらもない。ただただ一日仕事をして、休みの日は疲れ切って今日みたいに、昼過ぎまで寝ちまう。一体オレは何のために生きてるのかわからなくってきてさ。まるで仕事をするために生きてるような感じで」
ガタンゴトンと流れるキラキラした電車を眺めながら、鬼頭さんはお酒を飲む。
「仕事はストレスもすっげー溜まるし、週に一回、ジムで発散するしかなくってさ!」
早くも飲み干したロングの缶を片手でグシャッと潰した。
声に力がこもっている。
「このまま、何もせずに日々を消費するのは悔しいって、思って!」
缶をベンチに押し付けて、そして声を大きく荒げた。その刹那だ。
「なあ、木野くん!」
おもむろに立ち上がると、僕の正面に立ってこちらを見下ろした。そして僕の両肩をガシッと力強くつかんだ。
「き、鬼頭さん?」
な、なんだ?
たじろぐ僕を、その手は離そうとしない。
覚悟の決まった、その本気の目は嫌な予感を覚える。
「あ、あのな、オレと……オレと!」
ま、まさかこれって……
「い、一緒に暮らしてくれ!」
「えっ」
「オレの夫として、生きる希望になってくれ!」
「ええええ!?」




