第16話 腹筋の割れたお姉さん
日曜日は昼一時からの出勤だ。朝というには遅めの十時には起床して、身なりを整えながら、録画しておいた日曜の朝に放送する女児アニメや特撮ものを見ていた。
日和さんは八時から花屋のバイトのようで、早めの時間に「おはよう」とメッセージが来ている。
僕は遅めの連絡を返した。
朝兼昼ごはんを済ませると、グレーの開襟シャツを着てバイト先へ向かう。
そしていつもどおりのコンビニバイトを進め、忙しい時間帯も乗り越えて、時刻は本日の退勤時刻である八時を回ろうとしていた。
長い労働を乗り越え、もう少しで上がりの時間だ。現在は来客もおらず、早く退勤時刻にならないかと、ソワソワしながら時計を見ていた。
すると自動ドアが開き、お客さんが来てしまう。
「いらっしゃいませー」
「おっす」
やって来たのは鬼頭さんだった。
休日にも鬼頭さんはよくコンビニへやってくる。普段はラフな身なりの彼女を見るが。
今日の彼女は、露出の多いトレーニングウェアを着ていた。
そういえば、ジムに通っているって前に言っていたっけ。
首には紅色の宝石が付いたかっこいいチョーカー。見せるタイプの黒いスポーツブラのトップスに、短いパンツ。上から薄手の赤いパーカーを着ているが、前を開いているため露出が多くて、艶やかで美しい。
何より、だ。
「タバコ、いつものおねがい」
腹筋が割れている。褐色のボディが引き締まっていて、素敵だ。
「は、はい……」
腕も、ふくらはぎも、筋肉のふくらみがある。体格も結構がっちりしている。
大きな胸と、太い太もももが強い。露出部がちょっと多くないかと不安になるが、しかし大事なところは隠されているから大丈夫なのだろう。
いや、あまり女性の身体をジロジロ見てはいけない。
そう思って目を反らすように清算を済ませるが。
「わかりやすく目反らして、笑える」
僕の童貞の部分が出過ぎてしまったようで、気づかれてしまった。
「いや、その、すいません」
「ダイジョブダイジョブ、見られてもいい装いだから」
なんて言いながら、鬼頭さんは自身の腹筋をゆっくり撫でた。
「どう? いいだろ、オレの腹筋」
「は、はい。えっと、板チョコみたいに割れてて、すごく良いです」
「は? 何それ」
真顔で返されてしまう。
「い、いや、筋肉って、こういう感じに褒めた方が良いものかと思って」
「いやオレ、ボディビルダーじゃねーし」
なんてハハハと笑った。
そのうちに退勤時間になり、精算を済ませた鬼頭さんが「じゃ」と去っていくと、僕は夜勤の人と交代して、さっと着替えてコンビニを出た。
夜ごはん、今日はどこかで食べて帰ろうか。
八時になると近場の飲食店はもう閉まってしまうため、行けるお店は限られてくる。
しかし、外食はお金かかるしなあ。
素直に家に帰ってカップ麺でも食べようか、なんて考えていると。
「お、今上がりか?」
喫煙場所から鬼頭さんが、煙を吐きながらこちらに手を振った。
「あ、はい」
僕は喫煙場所まで近づく。
「そっか。じゃあ、ちょっと話付き合ってくれ!」
とタバコの箱をこちらに差し向ける。
「いえ、僕は吸わないので」
「だよな」
冗談だと、わかって鬼頭さんはタバコを差し出した。
僕らが仕事後に、こうして話すことは珍しくはない。たまに、上がったタイミングで喫煙中の鬼頭さんと出会っては、こう雑談することがあるのだ。
僕はトートバックからペットボトルのお茶を取り出した。
「お前、コンビニで働いてるのに、スーパーの安いお茶飲むよな」
「こっちの方がコンビニの半分の値段で買えますから」
金欠大学生だ。一応食費は親にもらっているのだが、そんなにたくさんあるわけではないので、こうして節約している。
「そっか、そうなんだ、ふーん」
なんだか意味深な反応をしながら、深くタバコを吸いこんだ。
「なあ、良かったら今から、少し付き合ってくれねーか?」
「付き合う?」
「ああ。いや実はな、恥ずかしい話、最近悩み事があってな。誰かに相談しようにも話せる相手がなかなかいなくてだな。だけど、お前なら話してもいいかなってさ」
仕事の悩みだろうか。普段もこうやって話すときには、仕事の愚痴を聞くことがある。運動後だからかすべすべした表情をしているが、普段の仕事後なんてだいぶやつれたような顔をしているし、かなり溜まっているのだろう。
「僕なんかでいいんですか? だって、ただのコンビニのバイトですよ」
「いや、オレらは客と定員の関係だが、だからこそ話しやすいっていうか……」
そうか。僕とはちょっとした関係性でしかないから、自身の身の周りのことをよく知らない相手だからこそ、話しやすいのか。
それならば。
「いいですよ。僕なんかでよければ、いくらでも相談に乗ります」
女性と二人きりになるのは、彼女がいる身としてはいただけない状況だろう。いや、そもそも日和さんには、女の人と二人きりにならないように釘を刺されている。
でも、顔なじみの人が困っていたら、とても見過ごせない。普段から疲れた様子を見ているからこそ心配になる部分がある。それに、こんな大人の人が僕なんかに恋愛感情を持つかと思えば、さすがにないよな。
社会人が、貧乏大学生を気になるわけがないし、僕らの関係性はやはりコンビニの店員とお客さんで、それ以上がないのだ。
「ありがと。じゃあ、ここで話すのもなんだし、近くの公園で座って話さないか?」
そう言うと鬼頭さんは、タバコを吸い殻入れへ捨てた。




