第15話 コンビニに来るお姉さん
コンビニの手前で日和さんと別れると、僕はさっと裏側で制服に着替えて、レジに出た。
夕方は忙しい時間だ。夕飯の時間帯でもあるためか、絶えずお客さんがやってくる。コンビニバイトを始めて一年近くは経つが、一番ピークの時間帯は五時から七時にかけての間だと思う。
常に手を動かし続ける。商品のバーコードをスキャンしてお会計をする。支払い用紙やハガキにハンコを打つ。そして宅配の荷物を預かる。
コンビニと言えば誰でもできるバイトといった印象があるが、結構やることは多く、たまにこんがらがりそうになる。金額はあっているっけ? となったり、ハンコを正しい位置に打ったっけ? となったり、集中力が切れていく。
それでも耐えて続け、時刻は七時半を超えると、客足は一気に落ち着いた。
立ちっぱなしで足が疲れて、軽く足首を伸ばしてみながら、裏側で水分を取る。もう一人いるバイトさんは裏側で飲料の補充に移り、僕は店頭で商品の補充をした。そしてお客さんが来たら僕が対応するが。
「よ! お疲れ様!」
カゴを持った、作業着姿の女性のお客が話しかけてくる。
「あ、お疲れ様です」
その人はよくこのコンビニを利用しており、お互い顔見知りの仲になった、お姉さん。
確か、鬼頭さんといったっけ。
僕よりも高身長で、僕が一七〇センチであるのに対し見下ろされてしまうほど。ショートヘアで一人称を「オレ」と言うように男性的な部分がある。鳩島さんよりも態度は男っぽいが、それでもこの人にも、作業着の胸元には大きなふくらみがある。険しい目つきをしているがそれでも僕には優しい笑顔を向ける、肌黒で、男性的な雰囲気もある、大人のお姉さん。
「今日もお仕事だったんですか?」
「そうなんだよ、土曜日だって言うのによー、ほんとブラックで疲れるわー」
「つまり週六勤務、ご苦労様です」
なんて話しながらレジまで移動した。
一見威圧的な風貌もあるが、話してみれば結構フレンドリーな人だ。
他にお客さんはいないので、ゆっくりと話しながら会計を済まそう。
「あ、いつものお願い」
「はい、一二四番ですね」
背後の棚から煙草を一箱抜き取り、バーコードをスキャンする。そしてカゴの中からストロングのロング缶のお酒を二本、カップ麺とスルメを取り出す。
「健康に気を付けてくださいね」
「心配してくれるのか? あんがとな。でも、カップ麺は疲れた体でも簡単に作れるし、酒も飲まねーと大人はやってられねーんだ」
なんて、疲れきった顔で言う。
「その、僕には無責任なことしか言えませんが、でも本当、無理しないでくださいね」
と、労わると。
「うっ!」
急に腰をかがめた。
「だ、大丈夫ですか!?」
どこか調子が悪いのだろうか。仕事続きで体調を崩してしまったのっだろうか。
「い、いや、大丈夫。気にしないでくれ」
しかし何事もなかったかのようにスンと立ち上がった。
「なあ、木野くんよ」
「はい、なんでしょうか」
制服の胸に名札がつているため、鬼頭さんは僕の名字を知っている。ちなみに僕が鬼頭さんの名前を知っているのは、雑談を交わす中で本人に教えてもらったからだ。
「いや、実はな……」
鬼頭さんらしからぬ様子、モジモジとしている。
何を言おうとしているのだろうか。
「その、オレさ……」
とそのとき、自動ドアが開いた。お客さんが来た。
「いらっしゃいませー」
僕は反射で声を出すと。
「......いや、今言うことじゃないな。悪い、何でもないんだ、忘れてくれ」
なんて現金決済をさっさと済ませ、「じゃあ」と手を振って行ってしまった。
何を言おうとしたのだろうか。なんて考えているもつかの間。
「あら?」
レジにやって来たのは、見覚えのある人。
「木野星也さんじゃないですか」
「ま、鞠井さん……」
黒いワンピース姿で来店したのは、鞠井姫先輩だ。良い噂のない、多くの男と体を重ねてきたと言われている、お嬢様という立場、気品のある身なりからは想像できないほどの遊び人。
僕はこの人に昨日、襲われそうになった。個室のトイレに連れ込まれ、エッチなことをされそうになった。
そうだ、エッチなことをされそうになったのだ。
もしかして、僕はこの人に好意を持たれている可能性はないだろうか。ラバーズという、僕のことが好きだという人達。この人も、その内の一人だという可能性があるかもしれない。
「あなた、ここでアルバイトをされてるのね」
そう言いながら彼女がレジに持ってきたのは。
ゴムの箱と、二本の水。
そうか……
なんか、生々しいな。
これからそういう予定があるのだろう。そんな人が、僕に好意を持つわけがないよな。
あまり気にしないでおこう。
僕はさっと清算を済ませようとする。
「お会計が一二四三円になります」
「カードでお願いします」
クレジットカードで購入を済ませ、「ありがとうございました」とすぐに退店してもらおうとした。
しかし。
「ねえ、木野くん、少しいいかしら?」
レジの前から動こうとしない。
「は、はい、なんでしょうか」
「わたくし、この通りこれから男の人と遊ぶ予定ですの」
そんな生々しいこと目の前で言わないでくれよ。
「でもね……」
レジ越しに顔を近づけ、耳打ちをする。
どこかセクシーな匂いが漂う。
「もし、あなたがイエスと言えば、わたくしはその予定をキャンセルして、あなたのためだけに身体を使わせてあげてもいいのですよ」
「なっ!?」
なんてすごいことを言うんだこの人は!?
鞠井さんはいたずらな笑顔を浮かべている。
「なんてね。ごめんなさい、お仕事の邪魔をしてしまって。頑張ってね」
なんて手を振ると、ヒールの音を立てて去ってしまった。
汚らわしい。彼女に対して正直にそう思っていた。もちろん見た目はすごく美しいのだけれど、その内側は、僕には生理的に受け付けない部分がある。
だというのに、彼女のあの言葉には胸がドキッとしてしまったのだ。
もしや、本当に僕のことが好きなのでは。
なんて勘違い男子のようなことを思うけれど、でもこれからあの人は男の人と遊ぶのだよなと認識すれば、からかわれただけか、とすぐに落ち着く。
そんなこんなで、その後は通常通り業務を終えて、時刻は終了時間の十時を回る。
勤務が終わると、僕はまっすぐ家に帰った。
帰宅するときは日和さんに連絡をすることになっている。それも今日決めたことの一つで、何事もなく帰られたことを報告した。
外出する際も毎回報告するようになっている。どこへ行くのか、誰と会うのか、そしてちゃんと帰って来たのか。こと細かく説明するのは若干面倒くさいし、それはまるで束縛されてるような感覚にもなるが。別に悪い気はしないし、それに実際必要な報告なのだから仕方がない。
立ち仕事に足を痛め、くたくたになって家に着くと、僕は冷蔵庫から取り出したお米と、阿奈さんにいただいた作り置きの煮物を温めてお腹を満たした。
そうして、何事もなくいつものように夜の時間を過ごす。
夜の時間はこれまでと変わらない。一人静かな部屋で寝支度を済ませる。
でもただ一つ、就寝前に彼女に「おやすみ」と連絡を入れる。これは僕の新しい生活上のルーティーンとなる。
「ああ、本当に僕って彼女がいるんだなあ」
悦に浸りながら眠りにつく。なんて言っても今日は昼頃まで寝ていたから、簡単には眠りにつけなかった。それに、日和さんと名前で呼び合う仲になったことや、デートをしたことを思い返すと、嬉しくなってしまい、眠気が消えてしまった。
だから、適当な動画を流して眠たくなるのを待った。




