第19話 暴力を振るうお姉さん
保育園のころに、同級生に遊びで腹部を殴られたことがある。あの頃はすごく痛くて泣いた。その時の記憶がフラッシュバックした。
しかし、あのころとは比べ物にはならない、このやり慣れたパンチは、ただただ痛いだけにとどまらない。
内臓がつぶされたような感覚。奥の方まで拳が届き、体の内側からズキズキとした苦痛を走らせる。
おさえたところで痛みが和らぐわけでもないのに、両手でお腹の中枢部をおさえて、その場にうずくまってしまう。
あまりに辛くて、息が荒くなる。途端に身体が震えて、せき込んでしまう。
「まさか、本気で殴られるとは思わなかったか?」
鬼頭さんは目の前にしゃがみ、悪魔のような笑みを浮かべる。
「普段からジムでパンチングしてっから、殴るのには慣れてんだ。どうだ、重たかったろ? お前みたいなへなちょこじゃあ、こんなの耐えられるわけないよなぁ」
そしてタバコを取り出し、火をつけて口にくわえると、怖い笑みでまた問う。
「な、痛いのはいやだろ?」
肩に片手をポンと置いた。
「じゃ、言え。オレものになるって」
本物の痛みで支配しようとしている。しかし。
「……いやだ」
「あ?」
「そんな卑劣な行為に、屈するわけがない!!」
「そうか」
パシンッ!!
叩かれる音が響いた。
顔の右側に痛みが張り付く。耳がキーンと響いて、視界がチカチカとした。
「オレは、お前が彼女を諦めてくれるまで、続けるからな」
僕は臆さず首を振る。
するともう片頬にも平手打ちを食らった。
顎が外れてしまいそうだ。
「オレのもんになれよ」
痛くて首が硬直してしまう。顔はもう振れない。
「いやだ」
だから声にして拒否をした。
そのとたんに、胸ぐらをつかまれた。
「なあ、オレもお前の綺麗な顔や身体に、あんま傷をつけたくねーんだ。だからよぉ、いい加減諦めろ。簡単なことだろ?」
苦い、タバコの煙が吹きかかる。
「な、何度も言うけれど、いやだ。僕はずっと好きだった人と付き合えたんだ。こんな非人道的な、想いの見えない暴力で諦めるわけがないだろ!」
その瞬間、目の前に拳があった。
正面から顔面を殴られた。
今度は視界が真っ暗になった。けれど頭の中は真っ白になる。
絶対に顔が凹んだ。鼻の骨が折れたかもしれない。
気が付けば仰向けになっていて、ステージの天井裏が見える。
鼻から血が垂れてる感覚がある。口の中も切ったようで鉄の味がした。
涙が出てしまう。
とにかく痛い。両頬へのビンタとは比べられない硬い拳の痛み。けれど、顔を押さえる気力が湧かない。
「あーあ、男が涙流してやんの」
そう煽る鬼頭さんは、なんだか恍惚としているように見える。
「ああ、いいなぁ……」
それは欲しいものを前にしてよだれを垂らす子供のように、物欲しそうな顔。
「その顔、涙なんか垂らした弱々しい顔。情欲が、嗜虐心が、そそられる……」
それはとても変態的な発言で、この状態にそそられている事態が、鬼のように怖い。
腰が抜けてしまった。起き上がる力が沸かない。
「オレさ、お前を好きになった理由、まだあんだよ。オレに優しくしてくれるお前が、コンビニで品出しのときに頭をぶつけて見せた、痛がる弱々しい表情。その顔を見たとき、その表情を、オレの前だけに見せて欲しいって思ったんだ」
やばいことを口にしている。この人は、僕の弱いところをみて、興奮している。
こんな人と、付き合えるわけがない。
「なにも、お前の弱い顔を見る方法は、暴力だけじゃねーんだ」
そう言いながら、鬼頭さんは自身の下腹部に手を当てた。
「あー、ぶち犯してー。さっきから、ここがイライラして仕方がねーんだ。なあ、今ここでその手段をとってもいいんだぞ。いや、むしろその方がお前は良いよな? 痛みよりも、エッチな快楽の方がいいよなぁ!」
「い、いや……」
この人の抱く劣情に、慄いてしまっている。
助けて、助けて……
「日和さん……」
スマホで助けを呼ぼうとした。けれど、スマホはトートバッグの中にあり、バッグはベンチの上に置いたままだ。
いや、そもそも相手は変身もしていない。宝石の能力者、ラバーズだとはまだわからないのに、それで日和さんを呼ぶなんて。そんなの迷惑だし、男として情けがないじゃないか。その能力は、関わりのない人には隠すべきものだとも思うし。
ラバーズだと確信できていない。なら自分で解決するしかない。
「おい、誰だよその女」
覗き込むように鬼頭さんはこちらをにらむ。タバコの灰が顔に降ってきた。
「なあ!」
そして僕の腹部を思い切り踏みつけてきた。
「うっっ!?」
「そいつが、その日和とかいうひよってそうな、弱そうな名前のやつが、お前の付き合ってるあばずれ女か? ああ?」
そして身体を蹴りつけてくる。二発、三発、……
何度も、何度も、蹴りつけてきた。
「やめて……うっ」
「この! この! この!」
立ち上がって逃げようにも今度は勢いよく殴りつけられ、バランスを保てず倒れこんでしまう。
「当てつけか? 目の前で名前を呼びやがって、なあ!」
そしてまたがり、何度も殴ってくる。
痛い、痛い、痛い……
顔に、お腹に、腕に、足に。
怒りのこもった暴力が降り注がれる。
これまで生きてきて、これほどの暴力を振るわれたことはなかった。
全身が痛すぎて、痛がることを忘れる。腕で顔を隠すようにするも、されるがままに、殴られるしかない。
後悔した。女の人と二人きりにならない、その忠告を守っておくべきだった。まさかここまでされるとは思っていなかった。
ラバーズかどうかなんて関係ない、ただただ僕は痛めつけられている。僕よりも強い女の人に、情けなく、暴力を振るわれているのだ。
ごめん、日和さん……




