第13話 カフェデート?
なぜかお通夜のようになってしまったお昼を終えて、僕は待ち合わせのカフェに出かけた。
彼女とのデートだ。一応これからについてお話をしようという名目のため、向こう的にはそんなつもりはないかもしれないが、初めてできた彼女と、お店に行くわけだ。僕からしたら立派なデートである。
そんなわけで一軍の服を着てカフェに向かった。SNSで見つけた派手過ぎないシャツとスラックスによるコーデ。ちょっとシンプルすぎるかもしれないが僕にはちょうど良い。
栗村さんより先にチェーン店のカフェに到着し、僕は席について待っていた。お店の前で待っていた方が良いかなとも考えたが、既に結構な人がいたため、先に席を取っておこうと思った。
お水を飲みながら、緊張を、胸の高鳴りを抑える。
これから彼女が来る。彼女が、来るのだ。昨日あれだけ濃密なキスをしていながらも、まだ付き合って昨日の今日なわけであって、ドキドキする。
ソワソワしていると『ついたよ』とスマホに連絡が入る。
僕は席の場所を伝えて、彼女が来るのを待った。
「木野くーん」
入り口を入ってすぐに僕と目が合い、大きすぎない声で手を小振りしながら、彼女がこちらへやってくる。
癖のないサラサラな黒髪をなびかせる。薄紫のトップス、白のロングスカートと清楚的で大人びたコーデが超素敵だ。
めっちゃ麗しい。
首元にはペンダントのチェーンが見えた。トップスの内側にあのペンダントがしまわれているようだ。
「大丈夫だった? ここに来るまでの間、変な女に追いかけられたりしなかった?」
「大丈夫ですって、そんな白昼堂々してくる人なんていないですよ」
テーブルの向かい側に栗村さんが座ると、店員さんがやってきて、注文を聞かれた。僕はブレンドコーヒーを、彼女はストレートティーを頼んだ。
「ここのスイーツ美味しいけれど、まだお昼がお腹に残ってのよね」
「僕も、まだお腹いっぱい」
「そういえば君、今日は朝昼兼ねたご飯だったでしょ」
「そうだけど、なんで分かるの?」
「昼過ぎにおはようって返されたら、昼頃まで寝てたんだなって思うよ。というかむしろ、連絡が帰ってこなかった午前中は君の身に何か起きてないか心配になって、家に行ってみようかとも思ったし」
「ごめん、休みの日は結構寝ちゃうんだよね」
「大丈夫、私もこんなことを言っておきながら、全然お昼まで寝ちゃう日あるし」
アハハハ、なんて二人で笑う。
そうなんだ、栗村さんでもお昼まで寝るんだ。
「じゃあ、本題に入ろうか。これから付き合っていく上で、ちゃんと決めておきたいことがあってね」
恋人同士で決めておきたいこと。それは、例えばこんなことはしないでほしい、といったような、円満に付き合っていくための約束だろうか。
「これから先、ラバーズの争いがたくさん起こると思う。私たちは学校も違うから、例えば君が大学で他のラバーズに襲われても、私は駆け付けることができない。だから、君が他の人に狙われないように、そして何かあったときに対処できるように、いろいろなことを決めておきたいの」
いや、そんな浮かれた話ではなかった。
そうだ、僕はラバーズなんて常識の外にいる能力者に想われていて、狙われている。彼女たちの力の前には、僕は何もできない。捕まってしまったらもう好きなようにされてしまう。栗村さんを悲しませてしまう。だから、そうならないために対策をしなくてはいけない。
「でもその前に、まずはお互いの呼び方を決めておきたいなって思ってるわ」
なんて考えていたら、恋人らしい話が始まった。
「え、呼び方?」
呼び方と言えば、僕らは今、お互いに名字で呼び合っている。
「マイハニー?」
「そんなコテコテな呼び方じゃなくてさ、下の名前で呼び合いたいなと」
「し、下の名前で?」
「駄目かな?」
「い、いいけれど……」
なんか、ずっと名字で呼んでたから、急に下の名前で呼ぶのは恥ずかしい。
「じゃあ、私から。よろしくね、星也くん」
と、堂々と僕の名前を呼んでくれた。それはより親密に思ってくれている気がして、胸が躍る。
名前で呼んでもらえる、うれしいな。
「ひ、日和さん、よろしく……」
対して僕はモジモジとしながら返してしまう。
ただ下の名前で呼ぶなんて、これまで友人相手にもたくさんしてきていることなのに。いざ意識すると、恥ずかしいものだ。
「はあ、ご満悦」
日和さんは、なんだか満足そうな表情をした。
そんなところに注文したドリンクが届いた。「ありがとうございます」とコーヒーを受け取ると、すぐに飲んで心を落ち着かせる。
「星也くん、ブラックで飲むんだ」
「うん、まあ」
ブラックで飲むんだ。友人にこう言われるときは、かっこつけてるな、と伴って口にされるが。
「苦くない?」
日和さんはミルクを注いだ紅茶にシュガーも入れている。そういえば日和さんは甘党だったな。単純に、苦いコーヒーを飲んでいることに感心されているようだ。
「苦いは苦いけれど、でもそれを楽しんでるかな」
「すごいね。私コーヒーはまったくダメで、星也くんは大人だね」
「年齢的には大人だよ」
でも、中身は子供のままだけれど。
そんな苦い、と言っても結構すっきりしているコーヒーを、もう一口含む。 ぶっちゃけそんなにコーヒーのおいしさは分からないけれど、酸味がなくて、後味があまり残らないコーヒーが僕は好きだ。
目の前では、髪をかき上げながら紅茶を飲む日和さんの姿。美しすぎる。カフェのおしゃれで落ち着いた雰囲気に合っていて、心打たれる。
本当にこんな美人な人と付き合っているのだな。
実感するほど全然心が落ち着かない。彼女のしぐさ一つ一つにドキッとする。
目元に垂れる前髪を横に流すしぐさ。口元をハンカチで拭う仕草。どれもおしとやかで、愛おしい。
「じゃあ、呼び方も決めたことだし、さっきの話に戻そうか」
と、日和さんがが話を続けようとしたとき。
「あら?」
僕達のいるテーブルに、誰かが近づいてきた。
「君たち、もしかして木野くんと、栗村さんじゃない?」
女性の声。どこかで聞き覚えのある、というかよく聞いていた声だ。
すぐに誰なのか想い出せなかったが、しかしそこに来たその人の顔を見上げたとき、懐かしい感情と一緒に思い返した。
「って先生?」
日和さんが驚く。
そこにいたのは、高校生時代の先生。かつて僕らが三年生のころ、担任を持ってくれた人。
「弥先生じゃん」
「久しぶりじゃない、二人とも!」
興奮気味に挨拶をする尊弥先生。昔と変わらず、すごく美人な教師で、高校生男子の憧れの的。
休日だが学校に用があったのか、ブラウスにロングスカートと昔と変わらない女教師スタイルだ。
「卒業ぶりだから、二年ぶり?」
ふわふわな長い髪を揺らす。髪型も変わらず、セミロングの髪を後ろに、白色の髪飾りで結んでいる。
卒業ぶりに出会うけれど、確か年齢はもう三十歳になったんだっけか。いや、まだギリギリ二十代だったよな。
しかし懐かしい。相も変わらず大人な女性の魅力が出ている。ブラウスに誇張される大きな胸が、はちきれないのか心配になる。目が自然と胸に吸い寄せられてしまう。
「どう、大学生の生活は順調?」
「私たちは元気に過ごしてますけれど……」
だが、先生には気になることがある。
「先生、大丈夫?」
日和さんが心配そうに聞く。
「え、何が?」
「いや、ちょっと調子悪そうで」
先生の目の下にはクマがあった。メイクで隠し切れないほどに浮き出ている濃いクマだ。
「大丈夫だよ。先生元気元気!」
なんて言うが、様子からも疲れを感じる。猫背気味で、肌が憔悴しているように白い。教え子だった僕らだから察知できるほど、昔の元気な雰囲気が薄れていて、今が空元気であることが見て取れる。
「それより、君ら卒業してからも仲良くしてたんだね」
「うん、私たち付き合っているの」
「え……」
「え?」
なぜか無言でこちらをじっと見つめてくる先生。
「ど、どうしました先生?」
「……」
そして無言のままうつむく。
なんだか、不穏な雰囲気を漂わせる。
「まさか、先生……」
日和さんの目が怖くなる。
一瞬で殺気をまとう。
先生を敵視している。
まさか、先生が僕のことを好きだと、ラバーズだと思っているのか?
それは早計ではないか。
僕のことが好きだから、僕が付き合っていることに怒っているのかもしれない、なんて考えはよぎったが。しかし、さすがに十個近く年の離れた高校制時代の先生が僕のことを好きになる、なんてことがあるのだろうか。
「……先生は、忙しくて彼氏どころじゃないのに」
「え?」
「いいよなあ学生って!」
テーブルにのしかかるように両手をついた。
表情は笑顔なのだが、しかし眉間にしわを寄せている。
「先生は、出会いをする暇すらないのにさあ。卒業生に出くわしたと思って話しかけたら、付き合っているなんて……」
そうか。この人、妬んでいるんだ。若い二人のカップルをうらやましがってるんだ。
なんだ、そんなことか。先生的にはそんなこと、ではないかもしれないけれど。
「邪魔しちゃったわね。お若い二人、デートを楽しんで!」
先生は手を振って足早に去っていった。
日和さんも警戒を解いて、上がった肩を下ろした。
「なんだか、先生って大変そうだなって」
「そうね……」




