第114話 敗北の邪神
日和さんは僕を抱えて直ぐにその場を離れた。
「駄目、逃がさない!!」
大井さんは血走った目を向け、触手をこちらに伸ばす。だが、意識を猫俣さんから反らしてしまったことにより。
「今だにゃああああああああああ!!」
猫俣さんは喉がかすれそうなほどに声を大きく吐き出して、力をふり絞り、光の爪による斬撃が拡大し、強固になる。
必死に、大井さんは触手の壁で防ぎ続けるが。
「じゃ、邪魔しないでーーー!!」
そのとき、猫俣さんの足元にダークゾーンが生成される。
「ニャッ!?」
スッッ!!
まるで穴に落ちたように、猫俣さんはダークゾーンへ落下してしまった。
「うそにゃ、もう少しだったのにーー!!」
ダークゾーンの中で猫俣さんの声が遠のいていく。
「せ、星也くん!!」
猫俣さんが消え、大井さんの手が空いた。けれど、そのときにはもう遅い。
「ワンコキックッ!!」
戌子が自前の犬の脚力と、ブラウン色の光のエネルギーを全身にまとい、流星のような速度のダッシュで勢いをつけて――
重たいキックをお見舞いした。
戌子の脚が大井さんの腹部に命中する。
大井さんはゴフッ!! と大きく声を漏らす。そして思い切り吹き飛び、大井さんの身体は工場の壁へ突っ込んだ。
ドシャーンと硬いものが砕けるような音を立てて、瓦礫が弾けるように飛んでくる。その衝撃に建物は揺れ、ガシャガシャとトタンの壁が悲鳴を上げる。天井から蓄積したほこりが雪のように振り注いだ。
「お、大井さん!!」
飛び散ったチリは煙のように舞っている。
大井さんはコンクリートの壁に、張り付けのような耐性でめり込んでしまった。
「……とどめよ」
バチバチッと、大気にプラズが発生する。
日和さんは剣を天井に向けて掲げた。剣は紫の発光をまとい、そのオーラは肥大化していく。眩しくて直視できない、縦に大きく伸びた剣の光は、天井を突き破った。
日和さんの怒りを感じる。空気がドッと重たくなり、頭が痛くなる
工場の中は彼女の光で照らされる。この場の支配権を、日和さんが握った。本気の、日和さんの斬撃がお見舞いされようとしている。
「待って、日和さん!!」
けれど僕は、僕は日和さんの前に駆けて出て、停止を呼びかけた。
「せ、星也くん?」
日和さんは驚いた表情で、剣のエネルギーを弱める。
「な、なんで?」
「だって、もう大井さん、戦意喪失してる!」
「え?」
そう、さっきの戌子の蹴りにより壁にめり込んだ大井さんは、壁から出てくると、身体から闇のエネルギーを放出して、もとのネグリジェの姿に戻っていたのだ。
「そ、そう……頭に血がのぼっちゃって、気が付かなかった……」
日和さんの剣からエネルギーが消える。そのまま身体を光に包んで、変身を解いた。
近くにいた戌子と、いつのまにかダークゾーンから出てきたかりんさんも、ラバーズの姿を解いて、大井さんの周りに集まる。
「……見ないでください」
大井さんは、はだけたネグリジェを気にせず、その場にしゃがみこんで、体育座りで顔を突っ伏して隠した。
「大胆な恰好をしてるね……」
戌子は大井さんの服装を見てつぶやいた。
「お、大井さん……」
僕は直ぐに大井さんのもとへ駆け寄った。
「ちょっと待って」
だが大井さんを警戒して、僕の後ろをみんながついてくる。
「……こんなに、君には味方がいるんだね」
大井さんは顔を突っ伏したまま、こもった声で言った。
「……そう、私たちは、みんな星也くんのことが好き」
「悔しいけどね……」
戌子は猫俣さんの方をみて言った。
「大井さん……大丈夫ですか?」
「……うん」
大井さんはゆっくりと立ち上がった。露出の多い肌には、目立つ擦り傷が複数確認できた。
「わたし……負けちゃいました……」
足が震えている。肩がビクビクしている。表情は曇っていて、なんだか怖がっている様子だ。
「ご、ごめんなさい……わたし、最後まで君には迷惑しかかなかった……」
おびえたように、声を震わせる。
「まあ、家に忍び込んで誘拐されたのは迷惑でしたけれど……」
「どっかの忍も、家の中までは入ってこなかったぞ」
なんて戌子が野次を飛ばすが。
「戌子ちゃんが言えたことではないでしょ」
と日和さんがツッコミを入れた。確かに、戌子だって僕の部屋によく忍び込んできていたな。
「あたしは、幼馴染なんだから当然の権利なの」
戌子はハハハと笑った。
「……あの、殺さないんですか、わたしのこと」
「え?」
「いや、殺さないのかって、聞いてるんです……」
おびえながらも不思議そうな表情で大井さんは聞いてきた。
「そんなこと、しませんよ」
日和さんが答える。
「……なんで、みんな協力してるんですか」
力のこもった声で、大井さんが聞いてくる。
「それってどういう……」
「だって、わたしたちラバーズは、殺し合わなくちゃいけない定めなんですよ!!」
いきなり激昂して、大井さんは進める。
「わたしは、星也くんを自分の彼にできなかったら、殺される覚悟でした。三人も星也くんを守りに来て……そして幼馴染の戌子さんのキックを食らったとき、わたしは人生を諦めたつもりでした」
負けを認めて、殺される覚悟をした、ということか。




