第109話 ダークゾーン
「なんで、そんなこと言われなくちゃいけないの。わかってるよ、あの鳩島さんには敵わないって。でも、だからわたしは友達として、君といっしょにいることを願ったのに。鳩島さんの親衛隊の知らない女の人たちが図書室にやってきて、散々に言ってきて……挙句、恥ずかしい写真も撮られてしまいました……」
「そ、そんな……」
そうだ、僕だけに限らず、僕と一緒にいた猫俣さんだって、トイレの様子を盗撮されたのだ。だったら大井さんも、相当な嫌がらせを受けていてもおかしくはない。
「わたしは我慢してきたのに、なんでこんな思いをしなくちゃいけなかったの。こんなつらい思いをするくらいなら、君が合コンに行くって話をしたときに、止めておけば良かった。勇気を出して、行かないでって言えばよかった……」
顔をしわしわにして、遅い後悔した。大井さんの頬に、大粒の涙が伝う。
「でも、もうここまでやってしまったら、もとには戻れませんよね……」
大井さんはゆっくりと、唇を寄せてくる。
「だったら、無理やりわたしのものにします」
「何言って……」
チュッと、首筋にキスをされた。そのまま首で吐息を浴びながら、唇は僕の喉仏をペロッと舐める。
「んっ」
「くすぐったいですか? 可愛い声」
大井さんの表情はとても艶っぽくて、色っぽい。
「星也くん。今から、既成事実を、作ります……」
「きせっ、それは駄目ですよ」
「うん。星也くんにも多大な迷惑をかけちゃいますね。でも、もう君をわたしのものにするには、それしかないんです」
「か、考えなおしましょ……」
ブチュッと、僕の反論を口でふさがれる。そのまま、まるで触手のように長い舌が僕の口内を舐めまわった。
ンンンッ! と息が漏れる。
口の中で、大井さんの舌が暴れる。まるで日和さんにはかなわないキスだけれど、それでもくすぐったくて、気持ちが良いと感じてしまう。大井さんの必死さと、劣情が強く伝わってきた。
「ふう……君は、何も悪くないです。悪いのは全部わたしです。なにもかも、わたしが悪いんです。君を拉致したことも、これから襲うことも」
ネグリジェをはだけさせ、今にも大井さんの大切な部分が見えてしまいそうだ。
「わたし、自分に自信がなかったんです。でも、君はわたしをたくさん褒めてくれる。ネットに書き込んできた人たちと違って、君はわたしを美人だなんて言ってくる。わたしみたいな陰キャに、積極的に話しかけてくれる。だからわたしは、そんな君を好きになっちゃった」
大井さんの火照ったとろける表情。若干渋い、けれど甘い、抹茶のパフェみたいな女性の香り。ハァ……ハァ……と白い息を漏らし、触れる手が汗でベトベトになっている。
「わたしの初めて、もらってください。一緒に気持ちよくなりましょう?」
拒んでも絶対に辞めない。血走った目がそう訴えてくる。まるで理性を失ってしまったよう。
催眠が身体に残っているのか、ずっと手足が動こうとしない。
このままでは、大井さんのなすがまま。
絶体絶命のピンチだ。
けれど、そこまで焦りを感じなかった。
こんな状況何度目だ。だから、感覚がバグってしまったのだろうか。
いや、僕は信じているのだ。今までだってそうだったように、彼女が来てくれることを、信じているのだ。
そのとき――
「……させるかーーっ!!」
パリーンッ!! と豪快に寝室の窓ガラスが割れた。
何かが、飛び込んできたのだ。
僕はそれが、すぐに誰なのか気がつく。
「日和さんっ!!」
日和さんだ。騎士姿へ変身した日和さんが、助けに来てくれたのだ。
「……な、なんで、なんでここが分かったの」
日和さんはガラスの破片が飛び散った床に立ち、怒りのこもった表情を浮かべていた。
「朝起きたら星也君がいなくなっていて。星也くんが携帯を持っていなかっただから、GPSで見つけることもできなかったし、とにかく一日中探し回ったわ」
つまり、気合で僕のことを見つけだしたということか? 日和さんって、昨日の、睡眠薬を盛られたにもかかわらず必死に起きて僕のことを助けに来てくれたことも併せて、かなり意思が強いのだな。
「そう……バレちゃったら、仕方がないです」
大井さんは僕に全体重を乗せるように覆いかぶさってきた。
「うあっ」
肉付きのいい胸が顔に乗せられる。プニプニで心地のよく、肌がペタペテとした、スクイーズのような感触だ。
「離れなさい!」
大井さんを引き剥がそうと、日和さんは手を伸ばしたが。
「絶対に、渡しません!」
大井さんは片手に、手帳型のカバーをしたスマホを取り出した。そのカバーには、深緑の宝石のキーホルダーが垂れている。
「ダークゾーン」
大井さんがつぶやいた。すると宝石が輝き出した。
ラバーズの宝石だ。それはすぐに気がついた。
しかし、他の人の宝石と違い、煌びやかに輝いておらず、なんだか暗い光だった。
その刹那、身体がふわっとした。まるで飛んだように錯覚した。
いや、実際には落ちていた。ベッドの上にいた僕らは、瞬きをする間に現れた謎の暗い空間に、落ちていったのだ。




