第106話 ケチャップでラタトゥイユ
「えっと、確かラタトゥイユには、ズッキーニを使うんでしたよね。それと……あっ」
「え?」
冷蔵庫の戸を開けたまま、成美さんは硬直してしまった。
どうしたのだろう。冷気が寒くて固まったてしまったのか?
「ど、どうしましょう……」
成美さんは、まるでこの世の終わりに立ち会ったかのように、悲劇的な表情を浮かべてこちらを振り向いた。
「な、何かあったんですか?」
「ないんです……ラタトゥイユに使おうとしていた、ズッキーニとかパプリカとか、トマト缶も。具材を買うの忘れてました!!」
ああ~……と悲嘆の声をあげながら、成美さんは頭を抱えて、その場にしゃがみ込んでしまった。
「あーっもうっ! もうっ! わたし彼女失格です! わたし、いつもこう。楽しみにしていた挙句妄想の中でやった気になって、現実でスッポ抜けちゃう。もうっ! もうっ! 肝心なときに!」
野菜を買い忘れただけのことに、卑屈が発動してかなり取り乱してしまった。
「だ、大丈夫ですよそれくらいのこと。違うものを作ればいいじゃないですか」
「うう……がっかりさせてごめんなさい……」
グスッと鼻をすする。泣くほどことではないのに。それだけ僕とラタトゥイユを作ることを楽しみにしていたのか?
「えっと、野菜、何があるのか見てもいいですか?」
僕は野菜室を覗いてみる。
入っていたのは、カット大根と、ニンジンと、ジャガイモ、そしてモヤシ。
そして冷蔵庫の戸の裏側に並ぶ調味料も見てみると、新品のケチャップが置いてあることを確認した。
「なんだ、作れるじゃないですか、ラタトゥイユ」
「え?」
僕は成美さんの肩を優しく叩いて促す。
「一緒に作りましょう、ラタトゥイユを」
ラタトゥイユといえば、ウリ系の野菜を使うことがメジャーである。ズッキーニやパプリカ、もっとありきたりなものだとピーマンにナスなどを使用する。
しかし今回の材料はほとんどが根菜だ。
それでいけるのか?
もちろんいける。
だってラタトゥイユは、野菜のトマト煮込みなのだから。
まず僕は、野菜たちを適当な大きさに切り分けた。大根はいちょう切りに、ニンジンは輪切りに、そしてジャガイモは乱切りだ。
野菜を切り終えると、フライパンにオリーブオイルをひいて温める。温まってきたらニンニクチューブを少しだけ垂らして溶かしておく。
そうしたら、切った野菜をフライパンへ投入。
僕が野菜を放り込み、成美さんが野菜を炒める。
全ての野菜をフライパンに投入したら、僕は冷蔵庫から取り出しておいたウィンナーを、全て半分に切って放り込む。ウィンナーも野菜と一緒に炒めてしまう。
そして野菜たちとウィンナーに油がまとわったら。
ケチャップをドバっとかけて、水もほんの少し注ぐ。コンソメキューブも落としたら、しっかりと混ぜ合わせていく。
でもって、全体が混ざったら味見をしてみて、味が薄ければ、めんつゆやコショウを足していく。
味見を繰り返していい感じになれば、そこから蓋をして十分に煮ていって……
「ラタトゥイユ! 完成です!」
「や、やったわ!!」
見事に、家庭的なラタトゥイユが出来上がった。
こいつを大皿に盛ってテーブルの中央に持ってくる。普段僕が家で作るラタトゥイユと比べると、あまりどろっとしていないな。
そして二人分のお椀によそったお米と、卵とコンソメのスープを用意して。
ディナーが整った。
「や、やった、星也くんのラタトゥイユだ」
成美さんは嬉しそうに、頬を押さえていた。
「それじゃあ、いただきましょう」
二人で手を合わせて、「いただきます」と合唱をしてから、ご飯へ手をつけた。
「うう、美味しいですよぉ」
成美さんは一口ジャガイモを口に入れただけで、安心したように泣き出してしまった。
「美味しすぎる。幸せですぅ」
「あははっ、大袈裟ですよ」
「君の手料理が食べられたのだもの、それだけで大満足ですよ」
「僕の手料理じゃなくて、僕ら二人で作った料理でしょ?」
「あ、そうでしたね。この家で、二人で初めての共同作業をして、作った料理ですものね」
成美さんは綻びながら、ラタトゥイユを次から次へと口に運んでいく。
「え、初めてだっけ……」
しかし僕は、成美さんの言葉になにか引っかかった。
二人暮らしをしていたら、共同作業なんて別に、ザラにありそうな気もするが。
いや、しかし思い返してみても、成美さんと何かをこの家で一緒に行った記憶がないような。
……あれ?
「……ねえ、成美さん」
「は、はい」
「僕って、いつからここにいましたっけ」
「えっ! なんで!?」
「な、なんでって……」
素朴な疑問を問いかけただけなのに、ものすごく驚いている。
「そ、そんなのいつからでもいいでしょ。思い出せないくらい、わたしたちの暮らしは長くて自然なものなんです」
なぜか少し焦った様子でおかしい。
「そ、そんなことよりも。本当、このラタトゥイユ、美味しすぎて、わたし幸せです」
そしてわかりやすく話を反らされてしまった。
「……ですね。ケチャップでラタトゥイユを作るのは初めてでしたけど、酸味がいい感じに残っていて良いです」
「な、なんだか、家庭の味って感じで、素敵」
そう、何もおしゃれに作ることはない。若干トマトの色が薄かったり、酸味があったりするが、これも家庭料理としてのラタトゥイユの特徴だ、とても美味しい。




