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汚れと浄化



「ああ。……ここには、やるべきことがあったから。実家だし」



蓮は麦茶のグラスを指でなぞりながら、由紀の質問に短く答える。


彼の言葉には、執着も情熱もない。ただ、淡々とした事実がそこにあるだけだ。


由紀は、蓮の横顔を見つめた。



真っ直ぐに前を見つめるその瞳には、自分という存在すら、景色の一部として処理されているような疎外感がある。



だが、それがいい。



彼が他の誰にでもなく、自分を単なる「物体」としてしか認識していないからこそ、自分はもっと彼に近づける気がする。



由紀は、そっと蓮の右手に視線を落とす。


工藤を浄化した時、あるいは自分が彼に触れた時……その手が何を触れ、何を拭い去ってきたのか。


彼女の指先が、蓮の無造作に置かれた手に、まるで這い寄るようにして触れる。


「……暑いね」


由紀は独り言のように呟きながら、そのまま蓮の指の隙間に、自分の指を滑り込ませた。


蓮の指先は驚くほど冷たい。


彼女の身体は、先ほどの情事で火照っているというのに、彼に触れた瞬間に背筋がゾクリと冷える。


蓮は、指を絡められても振り払わない。


ただ、少しだけ眉をひそめ、由紀の方へ視線を向けた。


「掃除の邪魔だ」


彼はそう言って、ゆっくりと指を解こうとする。


その拒絶は、由紀には「もっと強く縋れ」という合図のように聞こえた。


彼女は蓮の腕に、自分の身体を預けるようにして体重をかける。


縁側の静寂の中、蝉の声だけが爆音のように響いている。


 誰もいない、この閉ざされた空間。



彼女は、彼という「毒」の真ん中に、もっと深く入り込んでいく。



「邪魔じゃないよ。……ねえ、掃除屋くん。私のこと、ここで『掃除』してくれない?」



彼女は蓮の耳元で、甘く、それでいて狂気を含んだ声で囁いた。


学校のアイドル・桜木由紀の仮面など、とっくに溶けて消えかけている。


そこにあるのは、蓮にすべてを剥ぎ取ってほしいと願う、一人の剥き出しの少女だけだった。


「……掃除屋くん。私のこと、ここで『掃除』してくれない?」


由紀の声は甘く、それでいて、何かに飢えた獣のような響きを孕んでいた。



彼女は蓮の拒絶を意に介さない。


それどころか、蓮の右手を無理やり掴み取ると、自分の熱を帯びた鎖骨のあたりへと、強引に導いた。



彼女の肌は、先ほどの自慰で火照り、汗ばんでいる。

 


そこへ、蓮の冷え切った指先が触れる。その温度差が、由紀の背筋を電流のように駆け抜けた。


「……何をしている」



蓮の問いかけに、由紀はクスクスと喉を鳴らして笑う。



その瞳には、アイドルとしての光はなく、ただ蓮という存在を捕食しようとする黒い濁りだけがあった。


「だって、暑いんだもん。……このままじゃ、私、おかしくなっちゃう。あんたの手は冷たいから、触れててほしいの」



由紀はさらに蓮の手を引く。



今度は、蓮の手が自分の胸元から、より深い場所――さっきまで自分の指で弄んでいた、熱と蜜に汚れた場所の近くへと滑り込むように。



蓮は、眉一つ動かさない。


彼の目には、由紀がどのような羞恥にまみれているかなど、一目瞭然だったはずだ。


しかし、彼は彼女を避けることも、軽蔑することもしない。


ただ、淡々と――本当に「掃除」を行うかのように、彼女の存在を観察している。


蝉時雨が、境内の外の世界を完全に遮断していた。



ここは、この寺の縁側は、もはや神聖な場所ではなく、由紀の妄執と蓮の無機質が混ざり合う密室だ。



「……汚れているな」



蓮が初めて、口を開く。




その言葉は、由紀が望んでいた「愛の言葉」ではなかった。




けれど、彼女にとっては、それこそが何よりも甘美な肯定だった。自分という存在を、蓮というフィルターを通して「浄化」しようとしている。



「……そうだよ。汚れてるの。……だから、綺麗にして?」




由紀は蓮の手のひらを、自分の指先で優しくなぞる。



蓮の指が、由紀の火照った肌をゆっくりと滑り、彼女が自分自身で汚したその場所を確かめるように――。

 


蓮の瞳に、わずかな光が宿る。



彼にとって、これは除霊でも、接触でもない。ただ、眼前に転がっている「穢れ」を、淡々と処理しようとする、彼なりの向き合い方だった。



由紀は蓮の瞳を見つめ返し、呼吸を乱す。


彼の手が動くたび、彼女の理性が崩れていく。壊してしまえばいい。




このまま、彼の手によって、自分という存在を粉々に、あるいは空っぽにされてしまえばいい。



夏がまた深くなる。



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