来訪者と欲情
七月も半ば。
学園が夏休みに入り、境内は耳を塞ぐような蝉時雨に包まれていた。
木漏れ日が砂利の上に斑点模様を描く中、蓮は縁側に腰を下ろし、冷えた麦茶を喉に流し込んでいた。
古刹の静寂だけが、この異常な暑さをかろうじて遮っている。
掃除を終えた後の、平穏な時間だった。
その静寂が、不自然なほど静かな足音で破られた。
山門をくぐり抜けてきたのは、場違いなほど仕立ての良いダークスーツの男だった。
この湿気の中でも額に汗一つ浮かべていない。
男は本堂の前で立ち止まると、住職を探すでもなく、参拝するでもなく、ただ空中に視線を彷徨わせていた。
まるで、この寺の「構造」を透視しているかのように。
男がゆっくりと蓮の方へ歩み寄る。
蓮はグラスを置き、背筋を伸ばした。
警戒心というよりも、肌が粟立つような予感が背骨を走ったからだ。
男は蓮の前で立ち止まると、言葉を交わすよりも先に、右手をゆっくりと持ち上げた。
指先を、空中の何もない一点に向けて軽く弾く。
――瞬間、境内の空気が鋭く波打った。
蓮が普段、寺の結界として張り巡らせている「気」の膜を、男は指先だけで強引に押し込んだのだ。
それは暴力ではなく、卓越した技術による「力量の測定」だった。
(――結界の核を、的確に……)
蓮が反射的にその圧力を押し返す。
男の指先と、蓮が放った気配が境内の中心で拮抗し、一瞬だけ蝉の声が止んだ。
男はふっと、どこか愉悦を滲ませた笑みを浮かべる。
その瞳には、蓮という存在がただの住職の息子ではなく、自分と同じ「視界」を持つ者だと確信した色が宿っていた。
男は何も言わず、懐から簡素な名刺を一枚取り出した。
名刺は風に乗り、蓮の足元の縁側に、吸い込まれるように落ちる。
そこには『凪』の文字と、連絡先だけが記されていた。
男は一瞬、名刺を見下ろす蓮に視線を固定した。
感情の読めない瞳だが、蓮の力量を確かに見定めたという冷徹な確信がそこに宿っている。
「また来ます」
短い宣告だけを境内に残し、男は踵を返した。
来た時と同じく、砂利一つ鳴らさぬ静かな足取りで、男は門の外へと消えていった。
蓮は、縁側に舞い落ちた名刺を無言で見下ろす。
その紙片からは、男が去った後も、不穏で冷ややかな気配が消えずに漂っていた。
同じ頃、街の反対側にある桜木由紀の自宅。
冷房の効いた涼しい自室で、由紀は天井を見つめていた。
学園という共通の箱庭を離れ、蓮という存在が日常から消えたことで、彼女の執着は病的なまでに膨れ上がっていた。
ふとした瞬間に、蓮の手の温度を思い出す。
教室でのあの接触、廊下ですれ違った時の無機質な視線。
それらを反芻するたび、全身が熱を帯び、言いようのない苛立ちが募る。
彼は今、何をしているのだろうか。
自分以外の誰かを、あの手で、あの口で「掃除」しているのではないか。
「……ずるい。私だけ、こんなに……」
由紀はベッドの上で身体を丸め、蓮の制服の匂いを嗅いだような錯覚に浸る。
由紀は激しい鼓動を抑えるように、喉元に手を当てる。
かつていじめられっことして見下し、蔑んでいた男に、感情を支配されている事に気づいてなんとも複雑な心境に至る。
ふと、自分の秘部から蜂蜜のようにトロトロした液体が溢れ出るのを感じる。
とめられなかった。
蓮の唇の感覚、舌の感触を想い出しては、また蜜が溢れ出てくる。
彼女は自分の膣をどうしようもない手つきで弄り、吐息を漏らす。
「あぁ……もう、限界。……蓮、レン……っ、そこ……っ、だめ、あぁっ……!」
「……っはぁ、はぁ……。……もっと。もっと……」
「……ねえ、返事してよ。……あぁ……ごめんなさい、私……壊れちゃったみたい」
背徳の時間だった。
それでも次々と溢れ出てくる蜜は止まらず、
膣を弄る切ない手の動きも辞められなかった。
ベッドのシーツをびっしょり濡らし、彼女は独りの情事を終えた。
夏休み前に連絡先を交換しなかった自分が情けなくなり、また舌の感触を想い出しては天井を見つめていた。




