リンモウ村へ急げ!
「まったく、体が軽い。これほどまでに好調なのは初めてだ」
「一週間ほどで効果消えますので」
「改めて、歓心を禁じ得ぬな」
俺やハラセキはともかく、ミナレさんまで感心していた。
「コトシさんはどうして俺らの味方を」
「ノジロー殿も私も、閃光の英傑の中心はノージだと思っていた。ノージの力がなければ閃光の英傑はこんなに早く強くなる事はないと思っていた。
最低のFランクからAランクになるのに普通なら十年はかかる。たとえ失敗ゼロで行ったとしても七年はくだらない。それを五年で成し遂げる辺りアックーやルワーダ、ギビキが只者ではない事はわかった。だが、その三人がいくら活発であろうともどこか荒削りで、強引だった。その下支えをしているのがノージである事などいささか上から目線ではあるがすぐ見抜けた」
「そうですか」
「私は自分なりにたびたび注意していたつもりだったのだがな。アックーやギビキから言わせればうるさいオッサンだったのだろう。他人を巻き込むつもりもないがノジロー殿もな」
目的の存在にたどりつくまでも冒険であり、目的の存在から帰るまでも冒険だ。
荷物は持てるならば持っておけ。万一の場合、投げるだけでも役に立つ。
逃げる事は恥ではない。逃げられぬのが恥だ。
ドラゴン一匹狩りそこねた冒険者より、コボルト一匹狩れた冒険者の方が偉い。
コトシさんはこんな冒険者の教訓を教えてくれた。
コトシさんはソロだけど閃光の英傑を上回る戦果を出していたし、新参でも古参でも平等だった。ギルドマスターのノジローさん共々しっかりとトウミヤ市の冒険者たちを束ね、不正を許さなかった。
「ノージたちを襲った冒険者は資格剝奪、いやその前にみな自主返上した。ただ賞金首を狩るのは不正ではないが、あまりにも短慮が過ぎたからな」
「やっぱりダメですか」
「ダメだな。
それにしてもヅケース家の焦りと感情の大きさは何なのか、私にも理解が出来ぬ。無論理屈で言えばノージがツヌークに手を出して縁談をぶち壊したとかいう話になるのだろうが、ヅケース殿がノージはともかくハラセキを恨む理由がひとつもわからん。クロミールが恨むのも……」
コトシさんは言葉を濁してしまった。
そう言えばこんなにも立派な人なのに、コトシさんには女性がいない。クロミールがハラセキを恨んでいる可能性はわかっても、そこにたどりつく意味が分からない。
「ノージ。女性はどうしても他人と自分を比べてしまう。私はハラセキを見てあっさりと負けを認めてしまった」
「そんなミナレ様」
「気にするな、ただの自慢だ。クロミールはどうしてもそなたに参ったと言わせたかったのだろう。自分の前でボロ雑巾のようになってひざまずき、誰からも相手にされなくなるような」
「悪趣味な」
「クロミールはハラセキを見た直後、途方もない危機感に支配された。すぐさま殺す事もできたかもしれんが、それでは一瞬で終わる。もっともっと苦しめたくてしょうがないのだろう」
「俺はそこまで誰かを憎んだ事ありませんけど」
ミナレさんは笑う。
そう言えば前もそなたはそれでいいと言われた事もあるけど、俺はそんなに物を知らないんだろうか。まあ実際俺はまともな教育なんか受けていないし自分の力である六つのチーズの名前さえも考えていない程度には頭が良くない。でもギビキと一緒に過ごして女性についていろいろ考える程度の事はできたつもりだったし、他の女性に振り向くような事はなかったはずだ。
「ギビキの時もなんでと言うのが最優先で別に憎しみとかはなかったですけどね」
「もしかするとそれもギビキには不満だったのかもしれんがな。まあ今さら考えてもどうにもなるまいが」
「そうですよね、今は貴族様に…」
「聖女様!」
雑談と共に山道を歩いていた俺達に飛んで来た声。
「皆様!」
「「「「聖女様!我々は聖女様を命を懸けてお守りいたします!」」」」
武器を持った村人たちの声が鳴り響く。
みんな目が輝き、口元が引き締まっている。
「ちょっと!」
そして、何人かがいきなり殴りかかろうとして来た。
「あんた、トウミヤ市のギルドの!」
「コトシ様は味方です!」
「本当かよ、金儲け目当てのギルドの連中が!」
「聖女様!大丈夫なんですね!」
ハラセキが必死に止めるが、それでもコトシさんへの批判やハラセキへの依存の声は止まらない。
「まったく、ギルドも難儀だな。依頼の掲載を拒む事はできぬのか」
「できぬ。冒険者と言うのはその任務を取捨選択するのも技量だからな」
「じゃあなんで断らなかったんだ!」
「そうだそうだ!」
どうやらハラセキを賞金首呼ばわりして害しようとしたヅケース家はもはや敵であり、その依頼を受け入れてしまったギルドもまたしかりらしい。次々と村人たちがコトシさんに襲い掛かろうとしている。
「落ち着いて下さい!ギルドだって万能ではないんです!」
「ですが…!」
「不満があるならば私を殴っていい」
「ずるいな!」
「知っている、そんな事は…!」
—————ったく信仰の反動ってのはこんなもんなのかよああ面倒くさいなと思うと同時に、俺の手が動いていた。
「すみませんつい……!ああ痛くないですか!」
「ノージさん!?」
「すいません、自分勝手で…!」
気が付くと、俺の拳がコトシさんの胴を捉えていた。もちろん鎧は厚いしチーズで強化されているから殴った方が痛いだけだが、少なくとも速度だけは十分だったつもりだ。
「ああすいません!私らの代わりに!ちっとも悪くない人を!」
「申し訳ありません……」
「どうもいけません、ついカーっとなってしまって!ノージさん!」
「いえいえ、こっちこそ出しゃばってしまって」
とにかくこの場を治める事には成功したっぽいが、空気はどうにも重い。
「皆さん、どうかお願いします…!」
そんな所に立ち込める白い空気、「聖女様」が放つ空気。
当てられた村人たちの顔がほころび、俺の気まずさも消えて行く。
「申し訳ありません、聖女様のためにと思いましてつい…!」
「いえいえ、皆様の真剣さはわかっています。皆様が私のために動いてくれて大変うれしく思います。ですけどコトシ様の言う通り、ここで騒乱を起こしていてはいけません。どうか力を合わせてください、お願い申し上げます」
あの数日間滞在していた時、決して聖女様ではなくただのハラセキとして扱われたがっていたハラセキはいない。
聖女様として振る舞い、俺達を導こうとしている。
「すげえ…」
そんな言葉を俺が漏らしたのは、たぶん間違ってないだろう。
俺もあんな小手先だけじゃなく、もっと何とかしなきゃいけない。
「大変だ!」
「どうした!」
「リンモウ村が攻撃を受けている!」
それで……と考えていると、さらにとんでもない報告が飛び込んで来た。
ああわかった、やるしかないって事か!
俺は、俺なりの手を打った。




