ルワーダの死
「あ、ああ……」
他に何と言えばいいのかわからない。
ハラセキは後ろに下がらせているしぶっちゃけた話見た事のない風景でもなかったが、正直目と胃に来る。
「一昨日、先ほど通った道の端っこで彼がこうなっているのが発見された」
生首ひとつしか残っていない、ルワーダ。
死に顔は嫌にきれいであり、それがむしろ悲しい。
「首から下は」
「なくなっている。誰かが回収したのか、それとも何物かに喰われたか……まあおそらく誰かが持って行ったんだろうが、その意味がとんと分からん」
魔物を征討した際に首を持ち込んで来る事はよくある。そしてそれは盗賊団を始めとして悪人連中でも同じであり、武器や防具などの実用品で通るのはそれこそかなり名の通った存在でしかない。逆に首から下を持って行くだなんて話がどこにあると言うのか。
「まあ、いずれにしてもキミたちが思っている通りヅケース様の手配書については少々おかしいと言える。貴族様がそれこそ滅茶苦茶な報酬額を書いていざ達成して報酬を受け取ろうとした所で、そんな事は知らぬと身内の暗殺者を使って相手に死を贈ると言う話は少なくない」
「卑劣な…!」
「貴族の闇の部分を請け負う暗殺者だ。
冒険者の中には貴族に雇われてその配下になる人間も多いが、その内数分の一はそちらの道へと進む事になる。表向きには一般の冒険者を装い、特定の貴族の依頼を受けてそういう後ろ暗い事をする、文字通り闇の仕事をする存在だ。
もちろんどこにも付かず、金のためだけに仕事をする存在もいる。この前死亡が確認されたノシップのように。まったく、冒険者ギルドに平穏もないもんだが、あまりにもいろいろ起きすぎだ」
そのノシップと言う冒険者、と言うか暗殺者は体中にため込んだ毒を使いあちこちで人を殺し、戦争まで巻き起こしたらしい。
そんな存在があまりにもあっけなく死亡が確認された事に衝撃が走っていた所にルワーダの死、そして俺とハラセキの手配書。もういろいろありすぎて困っているらしい。
「まあはっきり言おう。依頼を出すのは勝手だがそれを受けるか否かは個々人の勝手だ。
だが私は此度、正直ヅケース家に対して不信を抱いた。本人の目の前で言うのも何だがたかがランクのない冒険者とメイド一人を捕縛する程度の依頼に金貨一万枚など常軌を逸している。報酬の安すぎる依頼人も信用されないが高すぎる依頼人も信用されない。だいたい貴族と言えど金貨一万枚も蓄財できているものか」
「それこそ全財産だって言うんですか」
「ああ、一般的なメイドの給与が食費住居費など込みで金貨四十枚だ。それこそ従者を全員クビにでもしなければ金貨一万枚など払えるとは思えん。従者も民もいない貴族などただの穀潰しだからな」
一般家庭の労働者の収入が貨幣に直すとだいたい金貨三十枚、より詳しく言えば金貨三十枚と銀貨三枚と銅貨七十四枚ぐらいだ。金貨一万枚など庶民三百人以上を放り出さなければ捻出できない。
「ですが俺やハラセキを殺して何の意味があるんですか」
「まったくその通りだ」
「じゃあなんでそんな額を」
「おそらくツヌーク様を王家に嫁がせて家を発展させたかったのだろうがそれが破綻した、その責任を負って元通りになるのであれば金貨一万枚など軽く取り返せると見ているのか、あるいは…」
「あるいは?」
「クロミールの私怨かもしれん」
「うわぁ…」
俺が出してあのお嬢様に食わせたチーズは「本来の姿」を取り戻す程度のそれであり、元より美しくするチーズではない。
ハラセキが本来こんなに可愛くてきれいだったのになぜあんなにくたびれていたのかはともかく、あのお嬢様がああなったのは俺のせいではない。ましてやハラセキにはまったく責任などない。
「私はそんなに奥方様にとって不愉快だったんでしょうか…」
「不愉快だって!ったく、そんなもんで…!」
「不愉快、か。それこそかなり厄介な感情だ」
っつーか不愉快で人を殺そうだなんて野蛮すぎる。
それこそ貴族様のする事じゃなくて俺のような奴が、と思っているとコトシさんが俺の頭にゆっくりと手のひらを乗せた。もちろんまったく重たさはなく、どこか可愛がられている感じだ。
「理屈の上で好き嫌いと言う感情を処理するのが理性的な判断だが、感情の上に理屈が乗っかると面倒だ。
感情を何とかするために都合の良い事実を探し求め、使おうとする。だがそんな代物はない事が多く、あったとしても傍から見ればつぎはぎだらけのお粗末なそれであり、真っ当な、と言うか全く知らない者が見たらハァ?となる事がほとんどだ」
「ギビキの最期もそんなでした」
「ほう」
そうして気分が落ち着いたせいか、俺は一人の幼馴染の最期を思い返せた。
「彼女は俺が自分の物だと信じて疑わなくて、私が声をかけているのだからノージは素直に従うべきだ、さもなくば多くの犠牲者が産まれると叫んでオカマゴ村に攻撃をかけたんです」
「それでそれが失敗して捕縛されたのか」
「いいえ、完全におかしくなっていました。どうして、どうして、どうして言う事を聞かないのって」
「一人でもその程度の事はできる。それが個人的な力だけでなく、権力を持ってしまったとなると……」
ヅケース家の当主様がどんな人間なのか、俺はあまり知らない。ハラセキからも威厳がある人とか少し怒りっぽいけど悪い人ではないとかそんなあいまいな話しか聞けない。と言うよりなぜかあまり関わらせてくれなかったらしい。
でもクロミールって人はよく知ってる。根拠もないのにハラセキにやたらつらく当たり、いかにも自分が偉いんですと言わんばかりにしている。ミナレさんが王女様だとわかっても恐れると言うより悔しがる感じで、最後の最後までボロカスに言いくさしていた。
「これからどうするのです」
「……ヅケース殿に会おう。そして、此度の依頼の真相を聞くとしよう」
どうやら、コトシさんも味方に付いてくれたようだ。
「それならばこれを」
その味方に対し、俺はチーズを渡した。




