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307話目【4千年の歩み(上)】

放課後の学校、化学室、

遠くから運動部の掛け声が聞こえている。


「肉声を除いた最初期の情報伝達は狼煙、旗、警鐘や警笛など、

 いずれも伝達距離は限定的であり、1度で得られる情報量は基本的に1つ、

 それも事前に決められていた内容に限られる、

 視覚や聴覚を通じて直接伝わるため伝達速度は速いが、

 天候や遮蔽物、騒音などの影響を受けるため安定性に欠ける。


 次に広まったのが文字を用いた手紙だ、

 書き手の意思をそのまま反映させられるため情報量は多い、

 無事に届く保証はないが人の手を介して伝わるため

 伝達距離は大幅に増える、但し、伝達速度は非常に遅い、

 この点に絞れば狼煙や警鐘の方が優秀だ、

 一応、鳩に運ばせる方法もあるが今回は除外しておく。


 これらは長らく活用されていたが、

 後の時代に現れた天才達により新たな伝達方法が確立される。


 単音と長音の2つの音で文字や数字を伝えるモールス信号だ、

 信号を学んだ限られた人しか扱えなかったが、

 長距離間の即時伝達を実現し、有線から無線に切り替わると

 船のように移動している相手との交信も可能となった。


 ここから技術の進化は加速する。


 次に登場した電話は信号ではなく誰もが扱える言葉を、

 そして写真の転送技術は言葉では伝えきれなかった

 視覚的な情報の伝達を可能とした。


 その2つの特徴を合わせたのが映像技術、つまりはテレビだ、

 一場面を切り取るだけだった写真は一連の流れを納めた映像へと変わり、

 言葉と環境音が合わさることで情報の量と質が著しく向上した。

 

 やがてモノクロだった映像に色が加わると

 受け手側に想像力は必要なくなった、

 想像しなくともありのままの情報が伝わるからな。

 

 離れた場所に精度の高い情報を時間差なく伝えられる、

 情報伝達としてはこの時点で完成したといって良い。


 たが現在の技術は更に先へと進んでいる、

 そう、パソコン、携帯、そしてインターネトの普及だ。

 

 大掛かりな装置を使わなくとも誰でも簡単に

 不特定多数に向けて情報を発信できるようになり、

 今ではインターネット上に無数の情報が溢れている。

 

 その結果、情報は送る側から伝達されるだけでなく、

 受け取る側が自ら選んで取得するものとなった。

 

 以上が情報伝達の歴史だ」




モニターに写し出された資料を操作していた男子生徒は

マウスから手を放し満足そうな顔で眼鏡の位置を直した。


「ふ~ん…で? 勉君は結局何が言いたいの?」


机に伏せた女子生徒が退屈そうに尋ねると勉は溜息を付いた。


「はぁ…技術の進化は凄いということだ、

 私達が当たり前に使っているこのパソコンや携帯も

 世界中の偉大な技術者達のお陰で存在しているんだぞ」

「へ~そうなんだ」

「南先輩興味なさそうですね…」

「うん、私そういうのあまり好きじゃないし」

「(えぇ…ハッキリ言うなぁこの人…)」


サラッと言ってのける南に隣に座っていた幼さの残る男子生徒は困惑した。


「まぁ、南君の反応は予想通りとして、荒川君はどうだった? 

 敢えて情報伝達に絞って説明したが、

 私達の周りには技術の進化を体感できる物が沢山ある、

 少しは面白いと思って貰えたかな?」

「はい、凄く面白かったです、冷蔵庫とか電子レンジ、

 エアコンもそうですし車とか飛行機とか、

 全部昔は無かった物ばかりですもんね」

「その通り、技術の進化によって世の中はどんどん発展している、

 それ等を支えているのは化学であり研究者であり技術者なんだ、

 私は将来世の中を支える技術者になりたい!」

「おぉ~流石は部長、志が高い、

 僕はどちらかというと研究者になりたいです」

「なれるとも! この科学部で一緒に知識を深めればな」

「ははは…(重い…)」


肩に乗せられた手から感じる重みと期待感に荒川は苦笑いした。

 



・『杉本すぎもと つとむ』   3年生であり部長

・『みなみ 亜希あき』     唯一の女子部員、高校2年生

・『荒川昭文あらかわ あきふみ』  ピカピカの高校1年生


以上の3人が科学部の全部員であり、

6月の後半という中途半端な時期に入部してきた荒川は待望の新人だった。


化学室を使用しており科学部と銘打っているが、

大学のように予算と設備があるわけではないので殆ど実験は行わない。


部員達が興味のある内容をネットで調べて共有したり、

家にあった何かを持ち寄り分解して内部構造を調べたり、

先人達によって溜め込まれた品々を使って何かを作ったりと、

化学というより機械工学や電子工学の色が強い、

与えられる課題や目標などはなく自主性のみで成り立っている。



「2人共頑張れ~私はそういうの興味ないから応援してる」

「まったく…これ程興味深いものはないだろうに、

 私達は人類の長い歴史の中で最も優れた時代を生きているんだぞ」

「へ~そうなんだ」

「素朴な疑問なんですけど、南先輩ってなんで科学部に入ったんですか?」

「それはね、キラキラが好きだから」

「キラキラ?」

「キラキラはキラキラだよ、久保先生の授業真面目に受けてないでしょ」

「え~と…」

「南さん、あの実験を見せるのは後期ですから荒川君はまだ知りませんよ」

「そうだったっけ? ごめんごめん、今のなしで」


少し離れた場所から声を掛けたのは科学部の顧問。




・『久保くぼ 喜代子きよこ


3人の子を持つ母で年齢は53歳、科学の授業を担当している、

教師になる前は大学で研究員をしていた経歴もあり、

科学部の科学要素は彼女が大半を占めていると言っても過言ではない。



「君がこの部に押しかけて来たのも去年の10月だっただろう」

「よく覚えてるね勉君」

「待望の後輩だったんだ、当然だろう、

 まぁ、蓋を開けてみたら只のキラキラ好きだったわけだが」

「いいじゃん別に、可愛い後輩には変わりないんだし」

「敬語も使えない後輩は可愛くなどない、

 私は先輩方のように同じ趣味や志を持つ者同士で話がしたいんだ、

 というわけで荒川君、君とは気が合いそうで嬉しいよ」

「き、期待に応えられるように頑張ります…」

「先生~早く今日のキラキラ見たいんですけど~」

「では準備しましょうか」




隣の準備室からゲージの付きの透明な容器と小型の電動ポンプ、

エアホースと年季の入った木箱が運ばれて来て机の上に並んだ。


「先生、これって真空装置ですよね?」

「そうです、よく分かりましたね荒川君」

「動画で見たことがあるので」

「ふふふ、マシュマロですか?」

「マシュマロだろ」

「絶対マシュマロ膨らませるやつだ」

「まぁ、はい…(皆見たことあるんだ、なんか恥ずかしい…)」

「内部に電気を流せる造りになってますから

 普通の真空装置とは少し違います、そして中に入れるのはこれ」


木箱を開けると中は5×6に仕切られており、

1~30の番号が振られたマスには透明な球体が並んでいた。


「ガラスですか?」

「いいえ、水晶です」

「荒川君、それから離れた方がいいぞ」

「え? 何か危ないんですか?」

「お金が危ない、凄く高いから壊したら弁償できないよ」

「そうなんですか先生?」

「まぁ、そうですね、高くなってしまった、と言った方が正しいですけど」


杉本と南の距離感が冗談ではないこと示すように、

事実として水晶の値段はここ数年で高騰していた。


30個セットの水晶は久保が研究員時代に実験用として特注したもので、

当時の価格は20万円程だった、

内訳は素材代が10万円、加工代が10万円、

純度そこそこで特に希少というわけでもない。


数年前でも30万円もあれば購入できたのだが、

水晶価格高騰後の現在価格は素材代だけで約300万円、

たった数年で価値が30倍近くに跳ね上がっていた。




「300万ってことはこれ1個10万円…」


血の気の引いた荒川はスルスルと距離を取り杉本と南の横に並んだ。


「部長、水晶って装飾品とかパワーストーン以外に何か使われてましたっけ?」

「時計、パソコン、携帯、電子回路、光学部品などだ」

「勉君物知りじゃん」

「技術者を目指す者として当然だ、因みに南君には資料を使って1度説明している」

「覚えてないなぁ」

「部長、それ今度僕にも見せて下さい、興味があります」


確かに様々なものに利用されてはいるが、

その多くは安定して高い透明度を実現できる人工水晶である。


価格が高騰しているのは品質にばらつきがあり、

産業用に向かないとされている天然水晶で、

用途は主に装飾品やパワーストーン。


久保が調べた限りでは大手資産家達が高止まりした金の代わりに

天然水晶を投資対象とする意志を示したことで、

市場の資金が過度に流入した『短期間的なバブル状態』

が最も有力な説とされていたらしい。


「2年前にロシナンテ(国名)で天然水晶の巨大鉱脈が見つかったことで

 バブルは終わると言われていたのですが…」


一時的に下がりはしたものの、

その後も天然水晶の価値は上がり続け連日高値を更新、

何処を探しても説得力のある理由は見つからないらしい。


「資産家達が意図的に市場を操作するのはよくあることです、

 それだけという話なら特に気にすることではないのですが…」

「「「 ? 」」」


久保が見せた浮かない顔に3人は首を傾げた。







科学室の暗幕を締め真空装置の中に水晶を入れ減圧、

ゲージの針が0に到達したら証明を消し準備が完了。


「それでは行きますよ」


久保が通電スイッチを押すと水晶からキラキラした何かが放出された。


「凄い…」

「でしょ荒川君、これがキラキラ」

「なぜ南君が自慢げなんだ」

「勉君、細かいことを気にしてたらモテないよ」

「んんっ…」

「先生、この光は何なんですか?」

「エネルギーだと考えていますが詳しいことはわかりません、

 私もその答えをずっと探しています」


最初に発見したとされているのは約200年の自称錬金術師、

彼の死後70年、約130年前に秘密の地下室が発見され、

回収された資料を解析した結果、

水晶から発せられる謎のキラキラに関する記述が見つかった。


当時の研究者達が再現を試みたが成功せず、

錬金術と同様にオカルトとして処理されたが、

約50年前にとある国の開示された軍事資料の中に

再現方が記載されていることが発見されキラキラ再現ブームが到来。


各地で成功報告が相次ぎ、真空、水晶、微弱な通電の

3要素が再現の条件として確立、

キラキラを取り出した水晶を暫く放置すると

再びキラキラが取り出せるようになることも判明。


「この大きさであれば約1ヶ月で再使用可能になります、

 30個あるのは毎日観察するためです、

 キラキラの取得量と再使用できるようにんるまでの時間は

 水晶の体積に比例、同じ体積でも透明度が高い方が優れています」

「「「 へ~ 」」」


その後、キラキラにはミステリーアストロイドという名前が付けられ、

再生可能な自然エネルギーとして各国が本腰を入れ始めた。


「それも長くは続きませんでした」

「何故ですか?」

「誰も活用方法を確立できなかったからです、

 水晶から取り出したキラキラは真空でなければ存在できません、このように」

「なるほど」

「ぁぁ…私のキラキラ…」

「君のではないと思うぞ」


真空措置のバルブを緩めるとキラキラは儚く消えた、

南はとても名残惜しそうにしていた。


「真空でなければ存在できず、再度取り出すのに時間を要するとなれば

 代替エネルギーとしては不適切、研究する価値がないと判断されたわけです」

「なら先生は何故研究を続けているんですか?」

「それはですね、荒川君」

「はい」

「私が研究者だからです」

「はぁ…」


未熟な荒川は久保の言葉の意味を正しく理解できなかった。


「杉本君は先程最も優れた時代を生きていると言っていましたが、

 今も世の中は発展し続けていると感じますか?」

「勿論です」

「南さんはどうですか?」

「まぁ…たぶん? 新しいゲーム機発売されたし」

「荒川君は?」

「僕も発展してると思います」

「私も同じ意見ですがz、ある意味では全く発展していないと感じます」


常に新しい技術は登場している、

だが、車は未だに空を飛ばず、

モニターから浮き出る立体映像も、

空間を操作するデバイスも実現せずにいる。


「携帯電話が分かり易い例ですね、

 毎年のように新しいモデルが発売されますが

 変わっているのは画質、処理速度、画面サイズ、

 稀に形状が変化しますが基本的な機能は何も変わらない、

 既存の延長、性能面も頭打ち感があり大きな変化はありません」

 

飛行機が世界を小さくしたように、

インターネットが万人に英知を授けたように、

世界が一変するような革新的な技術は久しく登場していない。


「人類はここにきて行き詰っているのだと思います、

 こういう時こそ新しい何かが求められます、

 それを見つけるのは杉本君なのか、南さんなのか、荒川君なのか、

 もしかしたら私が研究しているキラキラがそうなのかもしれません」

「私はちょと無いかなぁ」

「諦めるな南君、君も興味を持てばきっと立派な技術者になれる」

「いや、なりたくないから」

「なら研究者だ、な、荒川君」

「そ、そうですね…」

「興味ないって、私はキラキラが好きなだけなの」


久保が感じている閉塞感は技術面だけの話ではない、

技術とは産業、産業とは経済、

経済的優位性は各国のパワーバランスに直結している。


この時代、世界経済を牽引する大国達は、

一早く見えない天井を打ち壊し、

他国を出し抜こうと躍起になっていた。


「「「 先生さようなら~ 」」」

「気を付けて帰って下さい」




3人が去った後、使い古された研究ノートを開き久保は眉を潜めた。


「(前回の使用から26日、また1日早まっている、

  杞憂であれば良いのですが…)」


…それから2ヶ月後、久保の懸念は最悪の形で表面化することとなる。







発端は西の大国ロシナンテの軍事施設から鳴り響いた緊急アラートだった。


4分後、キラキラと輝く光の渦に包まれ軍事施設が壊滅。


周囲を破壊しながら渦は拡大し、17分後に水晶鉱脈に到達、

強い光と共に衝撃波が発生、国土の3割が更地と化し

首都を含む複数の都市が消滅、ロシナンテが事実上の消滅。



熱を発しない水爆と表現され各国間で情報が錯綜、

その間もキラキラは増加し続け、渦は速度を落としつつも更に拡大。


52分後、ロシナンテの隣国2つで同様の渦が発生、

呼応するかのように世界各地で次々と渦が発生、

通信施設の消失により衛星通信の一部を除き全ての情報網が断絶。


1時間21分後、ロシナンテで発生した渦と隣国の渦が接触、

再び強い光を発し2度目の衝撃波が発生、

更に隣国の渦と接触し立て続けに3度目の衝撃波が発生、

ロシナンテに続き2国が消滅、全世界へ破壊の連鎖が加速度的に波及。


約10時間後、西大陸と東大陸間の海上上空に黄金の竜が出現、

渦を構成していたキラキラが竜の元へと集まり、

8個の光へと収縮した後に何処かへと飛散、

少し間を空けて更に4つの小さな光が出現し東大陸へと降下、

竜は徐々に姿が薄れ空に溶けるように消失。


人類生活圏の92%が消滅、または壊滅、

世界総人口の99.4%が死亡。


この日、既存の世界は滅亡した。








窓の外を見て喜ぶ南さんの顔を覚えている、

杉本君と荒川君は古いラジオを分解して構造を確かめていた、

突然窓が割れ、キラキラと輝く光が見えて、そして壁が…


携帯の電波が一斉に途絶えた時点で胸騒ぎがしていた、

あの輝きを、大気中では存在し得ない筈の光を目にした時、

私は全てを察した…瞬間的に浮かんだ家族の姿は走馬灯だったのだと思う。


次に気が付いた時、私達は光の中にいて、

高い場所から壊れてゆく世界を見下ろしていた。


人類は行き詰っていた、発展しきっていた、

何も不自由はなかった筈なのに、

子供の頃に比べたら何もかもが便利になっていたのに、

私達は現状に満足できず傲慢にもその先を求めてしまった。


イカロスが太陽に近づき過ぎて命を落としたように、

思いあがった人類は過度な野心から禁忌に触れてしまったのだろう、

私もその愚か者の内の1人、だから神が裁きを下したのだと思った。


8つの光が遠くへと飛び去った後、

私達の前にドーラと名乗る赤い瞳の女性が現れて語った。


彼女曰く、キラキラと輝く光はマナであり、

彼女等はマナそのものである。


世界を形造る理としてはるか昔から存在しており、

近年の急速な周知と強制的な活性化が彼女等に自我と形を与えた。


それが事実なら神は捌きを下してなどいない、

パンドラの箱を開けたのは私達だった…


これから先の世界はマナと新たに誕生した理により大きく変化する、

人類はその流れに付いて行けず絶滅する可能性が高いそうだ。


彼女はそれも変化の内だと言った、

そして私達が望むなら導き手となることも可能だと付け加えた。


技術の再建、マナの探求、死への恐怖、贖罪、

私達はそれぞれの想いを胸に使命と2度目の生を受け入れた。







「え? 三つ子?」

「その声、南君か?」

「じゃぁ貴方は部長ですか?」

「予想はしていましたが皆同じ道を選んだのですね」

「ってことは久保先生!? いや流れ的にそうなんでしょうけど…」

「若いですね」

「いやだから、3人共同じ見た目なんだって」

「君もだぞ南君」

「私もなの!?」


巨大なクレーターに降り立った私達の姿は以前とは異なっていた、

赤い瞳、黒い髪、少し明るい色の肌、幼さは感じない、20代の中頃辺り、

ドーラさんの特徴を受け継いでいるのは明らかだった。


「あ、一応付いてます」

「私は無い、胸も無いけど、女ってことでいいのかな?」


性別は男女に分かれていたが容姿と体形は全員同じ、

声と額の模様だけは異なっていた。


「あの、ずっと気になってたんですけど…

 全然お腹空かなくないですか? 喉も別に…」

「はい、全く」

「怪我も直ぐに治るし、やっぱり普通じゃないよ」

「まぁ、全員見た目が同じ時点でな…」


生存者を探して歩き回り3日が経過した頃、

私達は人間でないことを受け入れた。





2週間程掛けてクレーターから抜け出し瓦礫の残る場所へと移ると、

空からでは分からなかった現実を目の当たりにすることになった。


『 … 』


瓦礫にこびりついた肉片と体が拒絶する程の腐臭、

一度飛び始めれば視界を黒く染めるハエの大群、

これだけの数が一体どうやって生き延びたのか?

そんな疑問が浮かんだのはずっと後のことで、

死が身近で無い環境で生きていた私達にとって、

その光景はあまりにも残酷でおぞましいく受け入れ難いものだった。


だがそれも直ぐに見慣れた、

人に限らず死体は星の数ほどあった。


「うっ…」

「…もう少し離れましょう」


ただ、不快感を煮詰めたような匂いだけは

何時まで経っても慣れることはなかった。





「先生これって…」

「まだ腐敗が進んでいませんので最近亡くなられたようです」

「折角生き残ったのに…」

「何故もう少し待っていてくれなかったんだ…くそっ…」


倒壊した建物の鉄骨を利用して4人が首を括っていた、

外側の2人は成人の男女で内側の2人は子供、

恐らくは家族だったのだろう。


子供の足元には靴が綺麗に揃えられており、

鞄と共に汚れた縫いぐるみと水筒が置かれていた、

両親は靴を履いたままで足元には少し崩れた瓦礫の山、

それらからは葛藤と愛情が読み取れた。


杉本君は憤っていたが私はどこか納得していた、

立場が違えば同じ選択をしたかもしれない、

ここに救いはなく、あるのは非常な現実だけ、

あてのない希望にすがり長く苦しませるよりは幾分か救いがある。


それに、例え間に合っていたとしても結果は変わらなかっただろう、

私達は何も救う手立てを持ち合わせていなかったのだから。




「…僕達のいた場所ってどうなっていると思いますか?」

「ここと同じだ、マナの渦に飲み込まれて無事な筈がない」

「やっぱり皆死んじゃったのかな…」


その日の夜、初めてこの話題に触れた、

家族や友人のことを忘れていたわけではない。


前を向くのに必死で皆余裕がなかった、

正直に言えば受け入れがたい事実から目を逸らしていた部分もある。


人ではなくなったとはいえ彼等は10代の若者だ、

親しい人との別れや、心の整理の仕方はまだ知らないだろう、

私も正解を知るわけではないが年を重ねた分彼等よりは経験がある。


「都会の方でしたし、残念ですが助かった人は殆どいないでしょう、

 確認に行きたくても海を渡らないといけませんから何年先になるか…

 何十年先かもしれません、生きていれば何処かへ移動しているでしょうし、

 亡くなっていればその頃にはもう判別できる状態ではありません」

「「「 … 」」」

「一瞬でしたから苦しくはなかった筈です、実際に私達がそうでしたからね」

「まぁ、確かに」

「うん…」

「結果を曖昧に出来て良かった、死に様を見ずに済んで良かった、

 知らないからこそ綺麗な思い出として心に留めておける、

 都合の良い解釈ですが私はそう考えるようにしています、

 よければ参考にして下さい」

「はい」

「綺麗な思い出か…」

「先生ありがとう、ちょと楽になったかも」


それ以上の会話はなく静かに夜は更けていった。





翌日、私達はこの場所から離れることを決め、

旅に必要な物と生存者の助けになる物を集めることにした。


「早いね杉本君、なんか良いものあった?」

「見ておの通りスコップとハンマー、斧とドライバーだ、

 武器にもなるし今後の役に立つと思う、南君は?」

「包丁と鍋とそこそこ綺麗なタオルが何枚か、

 洗えば十分使えるでしょ、あとこれ、石鹸」

「石鹸か、確かに生存に直結するな、見つけたら積極的に集めよう」

「缶詰もあったけど重くなるから置いて来ちゃった、

 場所は覚えてるから必要なら取りに行けるよ」


この頃になると額の模様や声を頼りにしなくても

感覚的にお互いが誰なのか判別できるようになっていた。


「あまり荷物が増えても大変だしなぁ、

 先生達の意見も聞いてから考えよう」

「丁度戻って来そうだしね」


物資捜索で初めて別行動をとった際に気が付いたのだが、

どうやら私達は互いの存在を感じ取れるらしい。


方向と感覚の強弱程度だが、近付くと強く、

離れると弱くなるためある程度距離感が分かる。


恐らく互いの反応が干渉しているためだと思われるが、

大体1キロ以内に近付くと互いの存在が感じ取れなくなるため、

その場合は1キロ以内にいることになる。


奇妙な能力だが旅をする上で逸れる心配がなくなるのは大きな利点だった。



「先生、荒川君、何かあった?」

「僕はコンパスと双眼鏡、あと世界地図とロープです」

「私は未開封のパスタと水筒、石鹸、

 あとは食べられる植物が記載された図鑑を見つけました」

「やはり石鹸か、水を運べる容器も重要だな」

「うげっ…英語じゃん、先生この本読めるの?」

「はい、読めますし話せますよ」


世界は大きく分けて5つの大陸が存在する、

北極大陸、南極大陸、西大陸、東大陸、南大陸、

北極と南極は殆どの生物には適さず、

人が住んでいたのは西、東、南の3大陸。


私達が元々いた場所は西大陸に連なる島国だ、

飛行機であれば1日も掛からないだろうが徒歩では果てしなく遠い、

それを可能にした技術者達の偉大さが身に染みる。


現在地は落ちていた看板などから東大陸の内陸部だと判明した、

被害の傾向と空から見た情報を元に

大都市から離れた過疎地の方が生存者がいる可能性が高いと予想し、

食料確保に有利な海沿いを目指して南下することにした。







200日程移動に費やしようやく海沿いに到着、

道中に2つの都市を経由したが生存者はおらず物資だけが増えた。


そこから西へと40日程移動し目的地の港町へ到着、

予想通り内陸部よりは被害が少なく倒壊を免れた建物が幾つか存在していた。


バリケードで仕切られた場所を覗き込むと15人程が生活しており、

声を掛けると険しい顔をした代表者が現れた。


「持っている物資を全て渡せば中にいれてやる、

 但し、ここでは俺がルールだ、従えないなら死んで貰う、

 この町にも居座らせないし廃材の1つも渡さない」


彼の横には猟銃と斧を持った人達が控えていた。


物資を差し出し服従しろというのは随分と傲慢に感じられるが、

いきなり身ぐるみを剥がさずに

選択肢を与えてくれるだけ彼等は友好的だった。


崩壊した世界にかつての秩序は存在しない、

誰かが統率を取らなければ力だけが支配する世界になってしまう、

私達の甘さを改めて認識させられた。


コンパスと地図は手放せないため

持っていた食料と引き換えに情報交換を行った。


「変化に付いて行けずに絶滅か…

 具体的にはマナと新しい理とやらで何が変わる?」

「分かりません、私達がお伝え出来るのはこれだけです」

「…折角の忠告だ、心に留めておく」

「突拍子もない話ですが信じるのですか?」

「俺達もあの光を見てるからな、それにアンタ等の話を信じなければ

 同じ見た目の人間が4人もいる説明が付かん、次は約束通りこっちの話だ」


魚が取れるのでなんとか飢えずに済んでいるが、

飲み水は雨水を溜めて凌いでおり天候次第、

海水を蒸発させて水を集めることも可能だが

火を焚くための廃材に限りがあるので実行してはいない、

飲み水の安定確保が現在の課題だという。


食料と水の兼ね合いがあるため人口増加は好ましくないが、

助けを求めて来た者は可能な限り受け入れる方針、

猟銃を持っていた人は元々山で生活をしていた猟師で

家族と共に車で避難してきた人だった。


「ここに来る道中で動く地面を見た、その場で急に盛り上ったんだ、

 もしかしたらアンタ等の言ってる理の影響かもしれねぇ」


壊れていない車とガソリンは貴重なため

私達が歩いて確認しに行くことにした。






目的の山を目指して1日程進むと妙な感覚を覚えた、

私達が離れた時の感覚に似ているが遥かに強い、

警戒しつつ更に半日程進み山林に入ったところで反応が消えた、

感覚の主が範囲に入ったことを示していた。


消える前の感覚を頼りに3時間程歩いていると、

メキメキと木を軋ませながら急に地面が隆起し始め、

上に乗っていた1メートル程の岩がこちらに向かって転がって来た。


『 !? 』


岩が眼前に迫り押し潰されるかと思った矢先、

重力を無視したあり得ない角度で制止した。


『 ??? 』

「…ふむ」

『 !? 』

「人の子ではないが精霊とも少し違う気がする、おかしな存在だな君達は」

『 … 』

「どうした? こうして折角会えたんだ、話をしようじゃないか」

「話…」

「え? え? どういうこと?」

「あの…」

「もしかして岩ですか?」

「岩だが岩ではない、サーフェス、私の名前はサーフェスだ」


口がないのに話せる岩はサーフェス、隆起した地面はノーム、

新たに誕生した理である精霊とその従者だった。



サーフェス曰く、彼等はマナの集合体あり、

マナを消費することで岩を浮かせたり、

地面を隆起させたりと超常的な現象を引き起こせるらしい。


「ほれ」

『 へ~ 』


目の前で自際に起きているので疑う余地はない、

やり方さえ分れば人間や動物も同じことが可能らしい。


「どうですが杉本君?」

「出来ません、南君と荒川君はどうだ?」

「僕も無理です」

「全然分かんないんですけど~」

「まぁ、君達はそうだろう、私達に近い存在だからな、

 試したいなら人の子を連れて来るといい」


1度戻って代表者と猟師を連れてきた。


「砂が浮いている…」

「まるで魔法みてぇだ…」


私の知る限り人類で最初の魔法使いが誕生した。


「凄~い! キラキラだ! 先生もっと見せて!」

「大気中でこんなにハッキリと…大丈夫なのですかこれは?」

「そんなのは扱い方次第に決まってるだろう、

 何度も言っているが君達は私達と大して変わらない、

 この大地を吹き飛ばす程度のマナはある」


一方で私達はサーフェス助言によりマナが扱えるようになった。


「ねぇサーフェス、それってさ、マナを上手く扱えたら

 私達も凄い力が出せるってことだよね」

「南さんそれは…」

「出せるだろうな、君達次第だが」

「なら皆で頑張って扱えるようになろうよ、

 誰かが熊とかに襲われてても助けられるかもしれないし」


世界を滅ぼしたマナを扱うというのは複雑だったが、

南さんの考えも正しいと思い受け入れることにした。







それから先の旅では水の精霊の捜索が最優先となった、

魔法で水を操れるなら生存者の助けになると考えたからだ。


だがこの広い世界に8体しかいない精霊を探すのは

砂漠に落ちた砂金を探すようなもので、

5年が過ぎても新しい精霊に関する情報すら見つけられなかった。


一方で、生存者は予想していたよりも多く存在していた、

3年目に立ち寄った北部の永久凍土に存在する都市は

驚くことにマナの渦の影響を受けておらず10万人程が生活していた。


話によると元々は30万人程が生活していたが、

インフラ、医療品、暖房用の化学燃料が途絶えた結果、

1年で15万人が亡くなり、僅か3年で10万人にまで減少したそうだ。


主な死因は病死と凍死、温暖な地域への移住を考えていたようだが、

周辺地域の状況を伝えると住民の意見は割れた、

半数が都市を去る決断をし多くの高齢者は留まった。


そして7年目に再度訪れたると人口は1万人にまで減少していた、

労働力は少なく新な命は誕生しない、静かに滅び行く閉ざされた都市、

当人達が変化を拒む以上、私達にできることはなかった。







「デッカ! 深っか!」

「南さんあまり覗き込むと落ちますよ、

 怪我の治りが早いとは言え死ぬかもしれません」

「部長これってロケットですか?」

「いや、たぶん…核ミサイルだ…」


西部の人里離れた軍事施設跡地、

その地下に眠っていたのは旧時代の負の遺産だった。


国家機密であったが故に詳細な情報を知る者はいない、

廃棄したくとも機材と知識が不足しているため放置するしかなく、

朽ち果てた末には放射性物質が漏れだす危険性がある。


そもそも魔法が存在する世界でいつまで安定状態を保てるのか…

もはや誰の手にも負えないそれは、

大陸の存亡に関わる潜在的脅威だった。


「皆、このことは私達だけの秘密にしよう、誰にも知られない方がいい」


技術の成れ果てを前に杉本君はとても思い詰めた顔をしていた。


私達は静かに頷き、未来永劫に誰の目にも

触れないことを願いその場を立ち去った。





15年が過ぎると大陸中で植物が大繁栄し、

それに伴い野生生物の数も増加した

間違いなく人が減ったことが要因である。


「う~む、この酸味がなんとも」

「ね、癖になるでしょ」

「食べなくてもいい体だとしても食は生を実感させてくれるな」

「ははは、杉本君ジジイじゃん」

「どうしたんですか先生? もしかしてハズレでした?」

「いえ、この果実なんですが図鑑に載っていないのです、

 以前も何度か見かけているので広く知られている植物だと思うのですが…」

「僕達が食べられるからといて普通の人達が食べても

 大丈夫とは限りませんし、載っていないだけじゃないですか?」

「そうかもしれませんが、見た目的には…」

「まぁ、確かに美味しそうではあります、

 リンゴっぽいですよね、妙に細長いですけど」


この頃になると見慣れない植物が目立つようになってきた、

当初は育ちすぎた野菜みたいなものかと考えていたが、

既存の植物が数を減らすにつれて真相が見えてきた。


この変化こそがドーラさんが忠告の正体、

見慣れない植物はマナと新しい理の影響で

既存の植物が変化したものだった。


30年も経過すれば野生生物にも変化が現れ始めた、

大型化するもの、角が生えるもの、尾が長くなるもの、

体毛に覆われるもの、2足歩行になるもの。


常に自然環境で生き抜いてきた野生生物の適応力は凄まじかった、

特に世代交代のサイクルが早い小型生物は顕著で、

千年単位を要するであろう変化が僅か数十年で成されつつあった。


一方で、自然環境から距離を置く道を選んでいた人類は、

適応力に乏しく脆弱そのもの、感染症、寄生虫に悩まされ、

この頃はまだ人口減少に歯止めをかけるのに必死だった。


そもそも人口を増やそうにも出産には大きなリスクが伴う、

薬や輸血が存在していなかった時代の

出産時における母体の死亡率は10%程、

10人に1人が命を落としていたことになるが、

この頃の現状はもっと悲惨だった。


母体の状態に加え、出産を補助する側の知識と経験不足が

命がけの出産を更に危険にした。


危険を冒して産まれた子供も無事に育つとは限らない、

親の世代が受けていたワクチンや抗生物質など

恩恵は得られず些細な病気が死に直結する、

乳児の3人に1人は1歳の壁を越えられなかった。


事故や病気による成人の減少も相次ぎ、

平均寿命は30代にまで低下、

早期成熟と早期出産を強いられていた。


長期的に考えれば悪いことばかりではない、

過酷な環境を生き残った者が子孫を残すことで

優れた遺伝子が選別されより強い個体へと受け継がれてゆく、

これが人類が成すべき変化、野生生物と同じ進化の道筋なのだ。


だが、それには時間が掛かり過ぎた、

寿命が10年程の生物は1年程で出産が可能になるのに対し、

人間は早期出産の場合でも15年程必要、

1度の出産数も生物が平均4~6匹であるのに対し

人間は基本的には1人で稀に2人。


私達が50年の調査の末に

ノーム以外の精霊が存在しないと結論付けた頃、

環境適応力と増加速度で劣る人間は、

東大陸において野生生物との生存競争に敗れ絶滅した。

1話で終わらそうと思ったら全然収まり切りませんでした、

2話構成になります。

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