最終話「生きたがりのおっちゃんと、生きたがりのお嬢ちゃん」
あれから瞬く間に三日が過ぎ、おっちゃんと一緒に死ぬという約束をした日曜になった。
あの日、おっちゃんに靴を貸してもらい家に帰ってからは、シャワーを浴びて電話線を引っこ抜き、ベッドに潜った。もちろん学校はサボって今にいたる。食欲もなく、水を飲む以外、何も食べていないが不思議と空腹感もなかった。
おっちゃんに言われたとおり身辺整理をしてみたが、元から自分以外に何もないこの家では一日もかからずに終わってしまい、なら遺書でも書こうと思ったが、どうせ伝える相手もいないのだとやめてしまった。
おっちゃんが言っていたような生きたくなる気なんて欠片も起きず、結局、ただ死体のようにベッドの上で横になってこの日を待っていただけだった。
三日目の朝、起きて布団から出るとシャワーを浴びて顔を洗い、せめて最後は、キレイな体で、良い思い出を胸に秘めて死にたかったから、生前、ダッドとマムに褒められたとっておきの服とコートをクローゼットから出し、服を着て、コートは外に出てから羽織ろうと腕にかけながら玄関へ向かって歩いた。
そしてリビングを通るとき、机の上に立てかけてあったダッドとマムとワタシで撮った三人の写真が入った写真立てが目に入った。ワタシは、玄関は向かっていた足を止めてリビングに入り、その写真立てを手に取った。すると、自然と涙が零れてきた。
「Sorry……Dad……Mom……」
どうしてこうなってしまったのだろう?
最初は、ニホンに来るときは、とっても楽しいことになると思っていた。だけど、ダッドとマムが事故で死んで、気付けばワタシ一人になってしまった。
学校も最初はみんなと仲良くできていると思ったのに、この土地の有力者を両親にもつクラスメートに目をつけられてしまい、その取り巻き二人を含めた三人に酷いことをされるようになってしまった。
教師もクラスのみんなも、両親の仕事上、この土地に生きる都合上、その娘に強くでることはできなかった。ワタシがその娘に何か気に障ることをしてしまったのだろうか?
もう、どうでもいいことだけど……。と、そう思いながらその家族三人で写った、最後の思い出の写真を伏せ置こうとした時に、手が滑り写真立てを落としてしまった。
「あっ……!」
落ちた写真立てがテレビのリモコンに当たって、その拍子にテレビが点いた。
「もう……」
落ちた写真立てを拾って傷がついていないか確認し、無事なことにほっとして、テレビを消そうとリモコンを持って何気なくテレビを見ると、そのテレビに映った映像を見て、驚愕で手が止まった。
「え……?」
そこに映っていたのはなんてことはない朝のニュース番組だったのだが、そこで緊急速報として流れている内容が、あまりにも身近なこと過ぎたのだ。
「只今、昨日に発生した県内の名門女子校、無垢居女学校女子生徒三人同時刺殺事件についての速報が入りました。本日未明、事件の犯人と思われる男の焼死体が近くの然様楢川で発見されました。男は事件の後、焼身自殺を図ったと見られており、遺体の近くには、女子生徒を殺害時に使用した凶器らしき刃物と「殺した女子生徒の親には仕事上の怨みがあった」と書かれた遺書らしきものが残されており、警察もこの男が犯人の可能性が高い、として捜査を続ける方針とのことです」
無垢居高校……? そこはワタシが通っている高校だ。そんなところで殺人事件が? しかも昨日……?
ワタシは混乱する頭で食い入るようにそのニュースを見た。
「事件の被害者は同高校に通う、一年生の女子生徒、業突張保見さん、取牧下種さん、金魚野粉さんの三名で、三人は下校中、校門の前を歩いていたところを、犯人と思われる目だし帽を被った男に襲われ、三名とも刃渡り三十cm程の刃物で心臓を一突きにされ、全員搬送先の病院で死亡が確認されました。男は三人を刺した後逃走し、警察が行方を追っていました」
「う……そ……」
事件で殺害されたという三人は、まさに自分をイジメていた主犯格とその取り巻き二人だった。嫌な不安な胸をよぎる。
「ここで新たな情報が入りました。焼身自殺をした男は、同高校の近くに住んでいる、居能太郎容疑者、三十五歳、無職、とのことです。遺体は損傷が激しく身元の判別ができませんでしたが、歯形と、その場に残されていた遺書の筆跡、そして犯行で使用されたと思われる刃物から、犯人であると断定されたようです」
そこで犯人とされている男の写真が映し出された。男は三十五歳といわれているが、その写真は高校生のときの卒業写真らしきものが使われていた。その顔はシュっとした細い目鼻立ちの整った端整な顔立ちをしていた――
「居能容疑者は事件の前日、内定していた会社へ目深にフードを被った格好で現れ、内定を辞退すること、そして自身が提出した履歴書の返還を強い口調で求めたとの……」
お嬢ちゃんは腕にかけていたコートを投げ捨て、テレビを消すのも、家に鍵をかけることも忘れ、あの廃ビルに向かって走り出した――
「違うよな……? おっちゃんじゃないよな……?」
走りながら頭をよぎる不安を声に出してかき消そうとする。
「そうだ! 絶対ちがう……! おっちゃんはハゲでデブだし……、まだ二十代だって言ってた……!」
溢れてくる涙で視界がぼやける。それでもお嬢ちゃんは足を止めなかった。
「おっちゃんの名前は七篠権兵衛って言ってた!」
違うとは思っていても、その犯人の写真の、優しげな瞳が、どうにもおっちゃんの優しい瞳と同じに見えてしまったから、それが無性に不安を掻き立てる。
「そうだ……! 今日おっちゃんはあそこに居るんだ! 約束したんだ! ワタシと一緒に死んでくれるって……! ワタシに何も伝えずに居なくなったりしないって……!」
お嬢ちゃんは転びながらも、足をもつれさせながらも必死であの廃ビルを目指した。廃ビルに着き、いつもの階段を一段飛ばしで駆け上がった――
そして――
「おっちゃん!!」
バァン――と、屋上へと繋がる扉を吹き飛ばすような勢いで開けると、そこには誰もいなかった。ただ、きれいな青空が、どこまでも広がっているだけであった――
「おっちゃん……? おっちゃん! おっちゃんどこだ?!」
必死で声を張り上げ屋上中を探すが、誰もいない。
お嬢ちゃんは必死でおっちゃんを探した。屋上中を探し、ビルの中も、一階から屋上まで全て探した。けれどもおっちゃんはいない。その瞳にじわりじわりと涙が滲む。
「おっちゃん……。おっちゃぁああん……」
お嬢ちゃんは屋上へと戻ってくると、この広い世界に一人ぼっちにされてしまったような不安感と寂しさで、ついに泣き出してしまった。その場にへたり込み、大声をあげて泣き続けた。その時ふと、いつもおっちゃんが座っていた場所に何かが置いてあったのを発見し、お嬢ちゃんはすぐさまそこへ近付いた。
そこには「お嬢ちゃんへ」と書かれた、白い封筒と、その上にピンクのリボンでラッピングされた小箱が置いてあった。
「なんだ……これは……?」
その封筒を取って中を開けると、そこにはお世辞にも上手とは言えないような汚い字で、一行目にまた「お嬢ちゃんへ」と書かれていた。
--------------------------------
お嬢ちゃんへ
お嬢ちゃん、一緒に死んであげると約束したけれど、あれはウソだよ。
おっちゃんは、お嬢ちゃんとは一緒に死んであげられないんだ。ごめんよ。
お嬢ちゃんには、これで二つウソをついたことになるね。
がっかりしたかい? だから言っただろう? おっちゃんはロクな人間じゃないんだよ。
おっちゃんは新しい仕事がみつかってね、その職場がここから遠くはなれた場所にあるんだ。お嬢ちゃんがこの手紙を読んでいる今日が仕事始めなんだ。
結局、お互い連絡先も交換してないから、もう連絡もとりようがないんだ。ごめんよ。
話は変わるけど、おっちゃんはお嬢ちゃんの笑っている顔が好きだよ。そのキレイな顔も目も髪も、無邪気さも、たまにでる口の悪さも全部が好きだ。
おっちゃんは、お嬢ちゃんの全部が好きだ。
ダッドみたいっていわれて本当にうれしかった。おっちゃんもお嬢ちゃんのこと本当の娘みたいだと思ってた。
お嬢ちゃんのおかげで、おっちゃんは生きていきたくなったし、人を好きになるってことが、人を愛するってことが、どういうことかもわかった気がする。
全部お嬢ちゃんのおかげだよ。本当にありがとう。
お嬢ちゃん、まだ死にたいのかい?
本当に死にたいのだったら、おっちゃんは止めない。
だけど、ちょっとでも、少しでも生きたいって気持ちがあるのなら、生きていて欲しい。
お嬢ちゃんには明るい未来が待っているよ、とか、お嬢ちゃんにはこの先きっと良いことが待っているよ、とか、そんな無責任なことは言えないけど、お嬢ちゃんの生きていく未来がそうでありますようにって、おっちゃんは祈ってるし、そうなるって信じてる。
お嬢ちゃんみたいな子が死んじゃいけないよ。死んでほしくない。
お嬢ちゃん、もしも、もしも、死にたくなくなったのなら、生きていたくなったのなら、そこから、大きな声で生きていたいって、おっちゃんがいつも座っている場所に向かって言ってくれないかな? きっとその声は、おっちゃんにも届くと思うから。
おっちゃんは今、誰よりも幸せだよ。
ありがとうお嬢ちゃん。おっちゃんがお嬢ちゃんにしてあげられることは、何もないけれど、お嬢ちゃんの幸せを何よりも願ってる。
この手紙の上に置いてあるのはお嬢ちゃんへのプレゼントだよ。受け取ってくれるとうれしいな。
さようならお嬢ちゃん。
お嬢ちゃんと過ごした日々は、おっちゃんの人生の中で、ずっと続けばいいと思うほど、一番幸福な時間だったよ。
--------------------------------
手紙の上にあった小箱を開けると、向日葵の形をしたキレイな髪留めが入ってた。
「おっちゃん…………」
お嬢ちゃんは、それをそっと取り出し、ゆっくりと髪につけた。
「どうだ……? 似合ってるかおっちゃん……?」
頬に伝う涙を拭い、寂しげな笑みを浮かべたお嬢ちゃんは、少しの間そうしていると、パンっと両頬を叩き、凛とした、いつもの元気な表情を浮かべ、いつもおっちゃんが座っていた場所の、遥か空のほうを向いて声を張り上げた。
「おっちゃーーーーん!! ワタシは生きたいぞーーーー!!!! 生きてやるぞーーーーーー!!!!」
その声は下から吹き上がる風に乗って、遠く、高く、空の上まで響き渡った――
そして、それに答えるかのように、一際大きな風が、お嬢ちゃんの頬や髪を撫でるように、大空へと吹き上がっていった――