捨て駒
悪意に満ちた言葉を吐きながら、蕩けるように笑うシスター・アサを少し睨みながら俺は口を開く。
「カイはいい奴なんで、あんま酷い、からかいとか、して欲しくないんっすけど…」
「あらぁ、今度は親豚が子豚を庇うのぉ?くすくす、私をそんなに笑わせたいのかしらぁ?可愛らしわぁ」
俺の言葉に返ってきた答えはこれである。
分かってはいたが、彼女にまともな対応を期待した自分が悪いのだろうか?
いや、流石に豚さん呼ばわりはダメだろう、俺もカイもそういった趣味は持ちわせていない。
ちゃんと相手の合意を得てから、そういったプレイをして欲しい。
そういう問題じゃない?はい、すみません現実逃避です。
シスター・アサ
普段の彼女の態度は、丁寧で優しく、慈しみに満ちた正に聖母と言える女性だ。
他の12人のシスター達と同じ様に、俺達40人の男子を、まるで主人であると言わんばかりに様付けで呼び、
本当の息子なのでは無いかと思う程に、愛情を注いで日々の暮らしをサポートしてくれている。
俺以外の前ではだ
「ところでぇ…」
そんな事を考えていたら、右耳に触れているんじゃないかと思う距離で甘い囁きが落ちる。シスター・アサがまるで瞬間移動したんじゃないかと思う速度で、いつの間にか俺に密着していた。音も予備動作も全く分からなかった。
「そのケガは何かしらぁ?」
彼女から甘い香りが漂う。押し付けられた、沈み込むのでないかと錯覚する程の柔らかな肢体の感触。
それらを全身で感じながら、俺は…
「カイの前でカッコつけて、ムーンサルトをキメようとしたら、失敗して顔面から着地しました!」
堂々と嘘をついた。
「………そう」
少し気温が下がったんじゃないかと感じるほど、冷たい声でシスター・アサは応え、俺から離れてくれた。
危ねえ…事前に嘘を考えといてよかったわ。
そりゃ、この人なら俺がケガをした事など一発で気付くわな。本当に観察眼が恐ろしい程に鋭いという事を、俺は嫌というくらい身にしみて分からせられている。
今も俺がカイとアイツらを庇って嘘をついた事を当然見抜いただろう。
だけど、俺の感情を汲んで、踏み込まず、引いてくれた事に少しだけ彼女の優しさを感じた。
「それじゃあ、豚、ゲームの補習を始めるわよぉ、さっさと準備しないと、その股間に付いてる、ちっちゃいの去勢しちゃうぞぉ」
前言撤回、やっぱり最悪だよ、この女。
俺達の「教室」の義務授業にはゲームと呼ばれる授業が含まれている。
その内容は、まんまSRPGそのものだ。SRPGが分からなかったら、将棋やチェスをさらに複雑にしたものと考えてくれれば問題ない。
1ゲームごとにクリア目標が定められ、プレイヤーには決まった動きをする駒が定められた数配られる。
その駒を随時プレイヤーが動かしながら、クリアを目指すのがゲームの大まかな内容だ。
「エクスカリバー起動」
俺の言葉と同時に、右手に血管のように光の流れが生まれ。それが一際強く光ったかと思った瞬間には、俺とシスター・アサを取り囲む様に光のドームが完成していた。
「それじゃあ、私にもリンクお願いできるかしらぁ?」
「…了解、リンク、シスター・アサ」
「んっ!」
先程と同じ様に俺の言葉と同時に、周囲の光のドームから粒子の様な粒がシスター・アサに向かって糸のように流れていく。
それらと繋がると、ぴくんっとシスター・アサの身体が甘く小さな喘ぎと共に官能的に震えた。
この円形ドーム型リアルタイム情報統合表示システム
通称「エクスカリバー」は場所や時間を問わず展開できるが、表示される情報は、展開した男子にしか視認する事はできず、他の人間が共に確認するためには、その都度、要望者の要請と、展開者の許可が必須となる。
なので、今シスター・アサがリンクの要請を出し、その要請を許可した俺によって、彼女は初めてエクスカリバーが展開されているのを視認できたことになる。
構成されているのは、俺の身体で生成された星力を使用した、ナノマシンを使ったうんちゃらかんちゃらの応用らしいよ、よく知らんけど。俺以外の男子も普通に使えているので無問題だろう。不思議科学万歳!
今俺達が向かい合って立っている場所は、施設内にあるゲーム室と名付けられた部屋になる。
部屋となっているが、実際は窓のない小さな体育館だ。駄々広く薄暗い殺風景な場所である。
そこで俺を中心として、キラキラと光るドームに囲まれながら俺達は立っていた。
「それでぇ、今日のゲームの内容はぁ…」
「…教室の総合案内に接続、ゲーム授業にスキップ、過去のミッション選択、0407A、ステータス開示」
その言葉と共に、周囲の光のドームに沢山の情報が画像、グラフ、数字と共に映し出される。それらをフリックしたり、タップしたりして、シスター・アサは俺のデータを細かく確認していく。
「山岳地帯に展開したモンスターの殲滅ねぇ、モンスターの構成と数は不明で、味方のユニットは10人、構成は戦士、魔法使い、僧侶、狩人、盗賊、がそれぞれ2人、制限時間は3時間かぁ」
「………」
「そしてぇ、豚のクリアタイムはぁ、…2時間45分!?えっ!?やだ!?遅いぃ!」
「………」
「他の豚達は、1時間くらいでクリアしちゃってるよぉ?途中で、ぽんぽんでも、痛くなっちゃったのぉ?かわいそぉ」
「ぐぅっ!」
耐えろ俺!相手は言葉遣いはどうあれ、ありのままの事実を語っているんだ。キレちゃダメよ俺!どうやっても目の前の美女には、物理的にも精神的にも勝てないの!
いや、待て!そもそもアナタ、エクスカリバーで確認するまでもなく、俺の成績知ってたでしょ!ゲーム授業は、教室とリンクしてるんだから!カイに散々だったって仰ってましたよねぇ!ただの嫌がらせじゃねぇか!畜生め!
それからしばらくシスター・アサの罵倒に、ただただ耐える時間が続いた。
…昼飯抜きで、なんでこんなパワハラを受けなきゃならんのだ、労基に訴えるぞゴラァ。
「くすくす、それでぇ?豚はどうして、こんなに時間がかかったのか自分で把握してるぅ?」
「…モンスターの数と構成を調べるのに、時間を取られ過ぎました」
「ふぅん…」
俺の嘘は言っていないだけの答えに、シスター・アサの視線が少し熱を帯びたように俺は感じた。あっ、これ、ヤバい…
ダァン!!!
そう思った瞬間には、もう、遅すぎた。
前触れもなく自分の視界が一瞬でぐるりと回転し、背中に強かな衝撃と音が響く。光のドームの天井部分が見えたと思ったら、
目の前に、さらさらして、甘く香り、薄く桃色に輝く、絹糸のような髪がゆっくりと降り注ぐ。
その甘い髪が目に入ってしまうのが怖くて、反射的に顔を背けた俺の耳に、まるで熱い蜜を垂らすかのように、潤い濡れた唇を近づかせて、シスター・アサは囁く。
「臆病者」
「………」
「これは、ただのゲームよ、誰かが死んだりすることはないわ」
「………」
「時間をかけすぎた?違うでしょ?貴方は捨て駒を選べなかったの、臆病だからね?」
「………」
「臆病で可哀想なヤマト…貴方が何度目を逸らしたって、私が何度だって言ってあげるわ…」
「………」
「犠牲を受け入れなさい」
優しく、温く、慈しむように、愛する人に捧げる睦言のように、
彼女は俺に求める、その求めに対して俺は…
「絶対に嫌だ」
普通に断った。
俺の身体に覆いかぶさる様に纏わりつく、蕩けるような柔らかな肢体と、ともすれば目を閉じて、安らかに眠ってしまいそうになる甘い香りを全身に感じながら、
俺は顔を彼女の方へ向けて、その目を睨みつけながら、もう一度、いや、何度だろうと俺は言ってやるのだ、
「犠牲なんか無い方が良いに決まってる」
その言葉を聞いた時のシスター・アサの表情は
迷子になって今にも泣き出してしまいそうな少女の顔にしか、俺には見えなかった。
我慢出来ずに書いてしまいました。どうしよう…とりあえず、ぼちぼちやってみます




